フォーエバー・フレンズ -106ページ目

1、愛されなかった兄(5)

その日の晩、直哉は五反田の居酒屋『春吉』で、いつものようにアルバイトをしていた。都内有数のチェーン店であるこのお店。お客様からの呼び出しブザーが鳴ると、直哉は注文用のハンディー片手に店内を縦横無尽に駆け巡る。このバイトが好きだった。というより忙しいのが好きだったのだ。

忙しいと、今の自分に襲い掛かる閉塞感たるもの全てを忘れる事が出来た。それにずっと体育会系だったせいか、フットワークのよさにも自信があった。

ピンポーン

「はい!お待ちください!」そう言うと、呼び出しブザーの主である、個室席へ向かって歩いていった。そして個室席の前まで来ると、中からお客様の会話が聞こえてきた。

「今年の新人賞は、ゆりなちゃんで絶対決まりだよ」

「そんなあ。無理です無理です」

「そう?だって今月のDVDだって売上枚数NO1だよ」

そんな会話を裂くように、ゆっくりと個室席の引き戸を開けると、するとその部屋の中には、まるで業界人のような男二人と、見覚えのある美しい女性がいた。

その美しい女性は他でもない。詩織だったのだ。

「ナオ!」

「し、詩織!」

業界人の男たちがキョトンとする中、直哉と詩織は顔を見合わせながら驚いてしまった。

ゆりなとは一体誰の事なのだろう?

そしてバイトを終えた直哉は、詩織と一緒に夜の東京湾へとやってきた。目の前には音符のように光を放つレインボーブリッジが、海の向こうお台場までつながっていた。

かつてゴーストタウンとなっていたお台場も、今はその面影すらなく、海の向こうで美しく光を放っていた。

「さっきの人誰?」直哉はおもむろに、聞いてみた。

「ああ、あれね・・・えっと・・・管弦楽団の方」

「え?それってオーケストラに出るって事?凄いじゃん」

「あはは。まだ決まりじゃないよ」

「でも、それって夢に一歩近づいているって事じゃないの?」

「わからないよ」詩織はそう言うと、いつものように少し目を細めながら笑ってみせた。

そして二人はしばらくの間、夜の東京湾の光景をぼんやりと見つめていた。別に何をする訳でもなく、ただ二人で海から吹きそそぐ潮風に当たっていた。すると詩織は突然思い立ったかのように口を開いた。

「ねえナオ。この間、走れなくなった俺に一体何が残っているのかって言っていたじゃない?」

「ああ」

「私ね、最近思うんだ。夢ってどんな形でもいいから大切にしなきゃだめだって」

「夢を大切に?」

「うん。誰にだって夢があると思うの。そして夢の追い方は人それぞれ。天才ならスマートに夢に向かって進むだろうし、そうでない人は這いつくばってでも夢を目指すだろうし。でも、どんな形であっても夢を目指す事は大切だと思うの」

「・・・」

「あ、ごめん。私、生意気言っちゃったかな?」

「そんな事ないよ」

「ナオは私と違って天才だったと思うの。だから走れないとしても、どうすれば走れるか考えてみてもいいと思うんだ。きっと何か答えが見えてくると思う」

「詩織・・・」

「それでも走れなきゃマネージャーでもいいじゃない。何だっていいじゃない。好きな事に携われるなら。何があるにせよ、人生はたった一度しかないの・・・だったら本当に自分がしたい事をするべきだと思う」

詩織の言葉を聞いて、直哉は何も言えずに黙り込んでしまった。