フォーエバー・フレンズ -105ページ目

2、詩織(1)

直哉はあれからずっと考えていた。詩織の言った言葉がずっと頭から離れなかったのだ。

『どんな形であっても夢を目指す事は大切だと思うの』

詩織の言う通りだった。医師からドクターストップをかけられ、今日までそれを従順に守ってきただけであり、その間、自らもう一度走れるような努力をした事など一度も無かった。

ただただ怪我で走れなくなった悲劇の主人公を演じようとしているにしか過ぎなかった。

惨めな自分を誰にも見せたくない。いつまでも英雄であり続けたい。そんな虚栄心たるものが直哉の脳裏には存在していたのだ。

放課後のキャンパスで、直哉は一人ベンチに座りながら、陸上部の練習風景をぼんやりと見つめていた。すると突然、背後から肩をポンと叩かれた。驚き振り返ると、そこには先日正門前で部員の勧誘をしていた駅伝部のキャプテン、尾崎が立っていた。

「おう」

「あ・・・こんにちは」

直哉が気まずそうに挨拶をすると、尾崎は直哉の横に座った。そして「お前、牧野って言うんだってな?」と聞いてきた。

「はい、そうです」

「3年前の高校総体で優勝した牧野直哉か?」

「はい・・・」

「なんでこんな学校にいるんだよ」

「・・・アキレス腱切ってしまってて・・・」

「そうかあ・・・走れないのか・・・」

尾崎はそう言って天を仰いだ。ひょっとしてと言う期待を込めて声を掛けてはみたが、これではどうしようも無かった。そして「なあ牧野、どうすれば箱根に出れるんだろう?」と聞いてきた。

「予選を通過する事ですね」

「そんな事知っているよ。どうすれば出られるようなチームになれるんだって聞いているんだよ。お前天辺にいたんだから知っているだろ?」

その質問に、直哉はしばらく考え込んだ。そして「出るだけなら簡単に出られます」と言ってのけた。

「?」

「ただ、出場したいだけなら、選手を補強したらよいかと」

「どうやって?」

「社会人でもなんでもいいので、とにかく速い奴を集めて、通信教育課程に入学させるんです。それで駅伝部に入部させて予選会に出ればいいのです」

「社会人なんてだめだろ?」

「箱根駅伝に年齢制限はありません。学生なら60歳でも出場できます。通教でも立派な学生だからいいのでは?」

「そんなズルイ事やるのかよ」

尾崎のその言葉を聞くと、直哉は少し興奮気味に語りだした。

「ズルイ事やってでも出たい。ズルイ事やってでも勝ちたい。みんなそうやって戦っているのじゃないのですか?勝負ってそんなもんじゃないですか?ただ、出場したいと言うだけなら誰でも言えます」

「そりゃあ・・・」

「行けないなら、行く為に何かしようと考えた事ってありますか?無理やり胴上げまでして勧誘したところで、本当に強いチームになるのですか?」

直哉にそんな事を言われると、さすがの尾崎も黙り込んでしまった。直哉の言うとおり、今の東部工業大学駅伝部は、仲良しクラブでしかなく、勝つためのシビアさというものが全くなかった。

そして直哉は、足早にその場を去っていった。尾崎の言っている事が甘く見えて仕方がなく感じた。ただ行きたいと言うのではなく、行く為に何をすればいいのかという答えを彼は持っていなかった。

翌朝、直哉は久しぶりに競技用のシューズを履いた。いつもはGパン姿の直哉だが、今日はジャージを身に付けていた。

夜が明けたばかりの五反田の街。直哉は左足の傷の具合を確かめるようにして歩き出した。

左足のアキレス腱を伸ばすと、やはり痛みが走る。普通に歩くだけなら全く平気なのだが、走るとなるとアキレス腱に負担を掛けてしまう。

時折走ってはみるものの、やはり痛みがあり、長くは走れない。

「ダメだ・・・全然ダメだ・・・」そんな事を言っていると、ふと恵一の言った言葉を思い出す。

『走れなくなったお前なんて、植物と一緒だ』

「違う!」

直哉は心の中でそう叫ぶと、再び小走りで走り続けた。

走りたい。もう一度昔のように走れるようになりたい。

そんな思いが、直哉の頭の中を駆け巡った。

そんな事をしていると、ポケットに入れていた携帯電話が突然バイブの振動を発した。そして携帯を取り出すと、詩織からのメールだった。

『上見て。上』

「え?」直哉はメールの指示通り、上を見てみた。するとワンルームマンションの8Fのベランダから詩織が手を振っていた。

「詩織!」

するとさらにもう一通のメールが、直哉の携帯に届いた。

『ナオがんばれ!』

そのメールを見ると、思わず顔がほころんでしまった。まだ初日だ。全ての結論を出すには早すぎる。それならば少しでも楽しくやっていこう。そして毎日少しずつでもいいから前に進もう。

詩織のメールでなんとなく励まされたような気がした。