2、詩織(3)
恵一は、今日も目黒救急病院で、外来患者を診察していた。
名医なのだが、いかんせん患者への優しい心遣いに欠けるのが彼の欠点であった。
患者が痛いと言っても、全く信じようとはせず、あくまで血液検査等の結果でしか処置しようとしない。いや、「痛みますか?」という言葉自体を発しないのである。
そして詩織は今日も『目黒救急病院』にやってきていた。2週間に6回もの抗がん剤投与をしなければならず、学校の授業の合間合間に病院へ通う日々だった。
「岡本さんどうぞ」と看護婦に呼ばれると、詩織は不安な表情で診察室へと入る。なんと詩織の担当医が、直哉の兄の恵一だったのだ。
「はい、座ってください」
「はい・・・」
「病状はいかがですか?」
恵一にそう聞かれると、詩織は「全く平気です」と答えた。これは嘘ではなく、全く自覚症状というものが無かったのだ。本当に自分が病気である事が信じられなかった。
二ヶ月前、大学で健康診断を受けた時に、レントゲンで『肺に遺影あり』と診断された。この事で癌が発覚したのだが、いまだに食欲もあり、体重も落ちていない。しかし恵一の診断では『肺がん』である。
癌と診断を受けた詩織。
本当に自分の病気が治るのだろうか?
私は死んでしまうのではないか?
そんな事を思うも、怖くてとても聞く事が出来なかった。
すると、恵一が「岡本さん。これからどうされますか?」と聞いてきた。
「どうするって・・・一体何の事ですか?」
「このまま入院されますか?」
『入院』
その言葉が、詩織の不安な心にさらに重くのしかかった。こんな事を医者の方から判断を求めてくるとは一体どういう事なのだろう?
しかし恵一は淡々と話す。
「完治できる可能性はかなり低いと思ってください」
「え?」
「レントゲンで癌を確認できるという事は、かなり進行が進んでいる証拠です。完治するという事はかなり低い確率です」
「そ・・・それって死ぬという事ですか?」
詩織が声を震わしながらそう言うと、恵一は何も言わずに小さく頷いた。
「そんな・・・」
「勿論そうと決まった訳ではありません。医師として最善は尽くすつもりです。ただ、それにはまず、あなたの意思も必要なのです」
詩織はショックのあまり呆然としてしまった。そして「私・・・どうすればいいの」と言って目頭を熱くさせた。
「治療法としては、集中的に抗がん剤を投与する以外にありません」
「助かる確率は?」
「わかりません」
結局詩織は、この日何も結論を出せなかった。
入院して抗がん剤を大量に投与したところで、良くなるとも言ってもらえなかった。
そして、今日も少量の抗がん剤のみを投与して、病院を後にした。