フォーエバー・フレンズ -102ページ目

2、詩織(4)

日曜日、五反田駅前のバーへ行くと、今日も詩織がピアノを弾いていた。今の直哉にとって一番の楽しみは、トレーニングと詩織に会える事だった。

詩織を見ていると、なぜか心が和み、そして何かにチェレンジする勇気を与えてもらえる。

しかし直哉にとっての詩織は、美人で名門の音大生である。それに比べて自分は3流大学の学生。かつてのように走れる訳でもない。どうしても今の自分と吊りあうとは思えなかった。

優しい眼差しでピアノを弾く詩織。すぐ側にいるものの、何故か遠く感じてしまう。またそれを思えば思うほど、切なくなる。

そしてお店が終わるともう外は夜明け前。二人はいつものように、夜明けの街を、肩を並べて帰路へとつく。そして公園の前に差し掛かると、詩織が「ちょっとブランコ乗ろうよ」と言ってきた。

近くのコンビニエンスストアでホットコーヒーを2本買うと、二人はブランコに乗りながら、夜明けの空を見つめていた。

「そう、練習しだしたんだ」

「うん。どんな形でもいいから、やっぱり走りたいんだ。長野県ナンバーワンの栄冠はもう捨てた」

「ナオって長野出身なの?」

「佐久って街で、軽井沢の近くにあるんだ。いいところだよ。ところで詩織は何処出身なの?」

「私?京都だよ」

「え、関西なの?全然訛ってないじゃん」

「お父さんが転勤族だったからかな。京都と言っても、実際にいたのは生まれてまもない頃と、高校時代の3年間だけ。あとはずっと地方を転々としていた」

「じゃあ今は実家に両親ともいるの?」

「ううん。二人ともいないの」

「え?」

「お母さんは私が小学校の頃に死んで、お父さんは去年死んだの・・・」

「そうだったのか。ごめんなんか変な事聞いて・・・」

「あ、大丈夫だよ。そんな暗い顔しないで」

そして二人はしばらくの間、夜明けの空を見つめ続けた。夜明けの空を見つめる詩織。その瞳はいつものような優しさに満ち溢れた目では無く、どことなく寂しげな瞳だった。

すると「私ね・・・」と言って話し始めた。

「小学校の頃よくイジメられてたんだ。それでいつも泣いて家に帰っていた。落ち込んでどうしようもない時、辛くて耐えられない時、私、いつもピアノを弾いていた・・・ナオがこの間、走れない自分は植物だと言っていたように、私も同じなんだ。私からピアノを取ったら何も残らない・・・」

「・・・」

「でも私は天才じゃない。だから綺麗には生きていけない・・・」そう言う詩織の表情は、いつもより何処となく寂しげに見えた。そしてそんな彼女を見ていると、直哉も何故か耐えられない程に辛くなってしまう。

「綺麗じゃないけど・・・それでもピアノが好きだから・・・」

そう言うと詩織は、頬に一筋の涙を流した。

直哉はその涙の意味が全くわからなかった。

詩織は何故泣いてしまうのか?そんな事を思いながらも、何も言えずにただ黙り込んでいた。

彼女が悲しんでいるのであれば、その悲しみを共有したい。彼女が何かに怯えているのなら、その不安を取り除いてあげたい。

なんとなくそのような事を思うも、今の自分には何も出来なかった。

翌日の午後、都内四谷の某マンションでは、AVの撮影が行われていた。

撮影を前にした女優は、タオル生地のガウンを着て、鏡の前でメイクを施されていた。

メイクを施されるその女性。それはまぎれもなく詩織であった。

そして「ゆりなちゃん。そろそろ始めますよ」スタッフにそう呼ばれると、詩織は「はい」と言って鏡の前を立ち、奥の部屋へと入っていった。

そして奥の部屋に入ると、そこには眩しい程の照明に、複数台のカメラ。数名のスタッフ。

「宜しくお願いします」

詩織はそう言って丁寧に挨拶をすると、羽織っていたガウンを脱ぎ捨て、そのままダブルベッドの方へと歩いて行った。

帝国音楽大学でピアノを専攻する岡本詩織。彼女の夢はプロのピアニストになる事だった。しかし彼女にはもう一つ別の顔があった。

それは今売り出し中のAV女優『美月ゆりな』である。