前回のブログ『11万年前以前からの球磨人と、超古代からの球磨のおさらい』より続きます。

 

 

2020/11/06 22:45 追記

2020/11/06 18:56投稿の当ブログ、

最下部近くに書いた言葉

科学では証明できない事は 確かに あります の下に

あらためて 私の思いを書かせて頂きました。

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私が球磨から発信するこのブログを御覧頂き ありがとうございます。
お読み下さった皆様方には心から感謝いたしております。
度重なる自然災害、さらに新型コロナウィルスの感染により、
お亡くなりになられたすべての方々のご冥福を心からお祈り申し上げます

世界中で新型コロナウィルス感染が再拡大していますが
この難局を世界中がいち早く乗り切れる日が来ることを心よりお祈りいたします。


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今回のブログは 番外編 と題しました。

 

今回は 皆様方から

どうした!!? ひろっぷ !?

とお思いになられるかもしれない事を書かせて頂きますが、 私は至って普通です・・・

妙な人と思われる方々もいらっしゃるかと 思いますが どうか お付き合いください<m(__)m>

 

前回のブログで、旧石器時代から縄文時代にかけての事を書きました。

何故? そのような 超古代の事が気になるのか・・・

それは、 私が経験する様々な事が この時代と繋がっているのではないのか・・

そう考えているからです。

 

子供の頃に聞いていた、家の一族に伝わる「こびっちゃれ様」のお話は以前、ブログでもご紹介させて頂きました。

 

こびっちゃれ様は小人さんで、今で言う所の妖精のような方々

 

 

※ご覧頂けていらっしゃらない御方々はぜひ 御一読頂ければと願います。

 

 

上記のブログで書いたのですが

家の一族が知る、こびっちゃれ様はアイヌの方々の伝承に登場する小人「コロポックル」様と同様の妖精?さんではないのかな・・??と

何を今回言い出すのか!?と思われた方々もいらっしゃると思いますが、

私は至って真剣です。

現代社会において、あまりにも日本の古からの伝承が薄れてしまった消えてしまったと考えるからです。
「こう言う伝承」等を理解すると、古代の謎も、パズル合わせのように見えてくるのではないか!? と私は思います。

 

と、このブログを書いた当時、私は自分の考えを書いていましたが、今でもその考えは変わってはいません。

 

おそらく・・・超古代 旧石器時代や縄文時代

もちろん神社様は、存在せず、その当時の方々が地球の神様、宇宙の神様を身近に感じ、崇拝していた時代。

その時代の伝承が今の時代にも必ず残っているのだと思います。

 

今朝、空を見上げると 不思議な形の雲が広がっていました。

このような、雲を見上げて、旧石器時代や縄文時代の方々は天空の神々様を崇拝なさっていらしたのではないのかな・・と思いました。

 

 

 

 

実は・・・

今朝、ある地域では、天変地異の前に不思議な光が見えていた・・・

と言うお話が現在まで伝わっている と言う事を 知る事が出来ました。

 

そのお話を伺って、私は、この11か月間ずっと 忘れられない

ある光景が目に浮かびました。

 

その事を本当はもっと早く、多くの方々にお伝えしておかなければいけなかったのではないか・・!!?  私は、何と言う事をしてしまったのだろう・・・

 

そう考えるに至り、今から、今年のお正月に見た事を書かせて頂きます。

科学では証明出来ない事なので、信じて頂けないかもしれませんが

今から書かせて頂く事は、 本当の話です。

どうか お付き合いください。

 

 

今年の正月に見た ある お姿  

 

今年の正月、主人は三が日全て出勤だったので、ようやくお休みが取れた日に二人で初詣に出かけました。(当日のお話はブログでも書いています)

 

買い物等も済ませ、日も暮れた夕方・・・

帰りに ブログでも何度も書いている「神殿原」(こうどんばる)を車で通っている時に

突然、主人が走行車線で車を止めたのです。

 

その時、スマホを見ていた私は、どうしたのかな? と考える間もなく 主人が

「何かいる!」 と

中央線に指をさしました。

 

私もパッとその場を見ると・・・

目の前の白い中央車線の「ある部分」だけが 何かの影で消えていて

明らかに、「何か」がいるのは解るのですが、姿が見えません・・・

 

すると、その「影」がす~っと 道の横に動いたのが解りました。

その時

道のすぐ横に建っているお家の庭に停めてあった車にライトが付き

「影」の方向を明るく照らしました

 

すると、その「影の姿」が綺麗に見えたのですが

そのお姿は

銀色に光る 透明な 小さな小さな馬のようなお姿だったのです

 

車のライトで輪郭だけは解り、さらに・・

そのライトが身体を通して見えました。透明と言う表現をさせて頂く

イメージはお解り頂けますでしょうか・・?

身体を通して 光が透けてみえる・・・

その身体には羽が生えているように見えました

 

私と主人は、もう 本当に 驚いて・・・と言うか

ビックリして

あれは なに~!!!

と車内で二人大きな声を出しました。

 

「あれ」 と失礼な書き方をしましたが

その「お姿」は、驚く私達の方を「じっと」見ていらっしゃるように見えました。  すると・・・

す~っ と 消えてしまわれたのです。

 

時間で言うと数分もなかったはずなのですが、私には、主人が車を止めてからの時間が

とても、とても、長く感じました。

 

主人は、車を発進しながら

「こういう事 初めて・・・」

「初めて 見た・・・」

と何度もつぶやくように言いました。

 

私も

「私だって 初めて 見たよ・・・」

と・・・

 

あの お姿は・・・

 

一体 何だったのだろう・・・!?

 

どういうお姿に見えたのか 二人其々で見た通りを言うと

「見えた お姿は 全く 同じ」

でした・・・

 

家に着くまで、繰り返し二人で話し続けたのですが

不思議と全く 怖い という感覚はありませんでした。

 

帰宅して、真っ先に 父に「このお話」をしたのですが

父は、全く動じる事なく

「そうか・・・二人とも見たのか・・・」

「なんでいらしたのかな・・・」

と言いました。

 

翌日・・・

主人と二人で家にいると椎葉のおじが来られました。

椎葉のおじに 「このお話」をすると

椎葉のおじも動じる事はなく

ただ・・・少し考え込んだような表情をして

「何かの”知らせ”だったと思うよ」

と言いました。

 

知らせ・・・?

「何をだろう??」と私が言うと、椎葉のおじは

「おじさんにも 解らない」 と答えます。

 

ただ・・・椎葉のおじは、とても驚いたように、主人に

「ひろ〇(私)だけでなく〇〇ちゃん(主人)も 見たとやね!」

と。

 

私は、最初に気が付いたのは主人である事を伝えると

「やっぱり〇〇ちゃん(主人)はこっちの血統と同じなんやね~」

「おじさんは、〇〇ちゃんに初めて会った時から 解っとったよ」

 

「〇〇ちゃんは ひろ〇(私)より 凄かとかもしれんね(何等かの能力が。。)」

「〇〇ちゃんは 心がとても綺麗やっでバイ!」 (綺麗だからだよ)

と、主人に向かって話ました。

(確かに主人は、私より数倍心が綺麗。清らかな人です )

 

主人は困惑したように・・・

「僕は、こういう経験は生まれて初めてなんですけど・・・」

と。

 

椎葉のおじは

「二人とも見た と 言う事が大事。とても重要な事」

「確かに、お出になられた」

と。

 

何の 知らせ かな・・・

と椎葉のおじは 考え込んでいました。

 

椎葉のおじの言葉は不思議と説得力がありました。

何せ・・椎葉のおじの母は平川家(平河家)の娘 (私の祖母の姉)ですが

椎葉のおじの父方は、代々宮司家を務める

本姓 大神氏

の家系でいらっしゃいます

 

この出来事・・・

人に言ってはいけないのかな・・・??

と思いながら、きっと解ってくれると思う、従弟(叔父の二男)だけには話をしました。

従弟も「何だったのだろうね・・??」 と 言うだけで

でも、私の話を疑う事はありませんでした。

 

知らせ・・・お知らせ・・・・ ???

 

ずっと気になっていた所に、新型コロナウィルス感染が世界中に広がり

日本国内で感染者の方が出始めた頃・・・

怖くなって・・・主人に

「知らせ って もしかした この事だったのかな・・・・」

と言うと 主人は

「解らない・・・」

と答えるだけで・・・でも もしかしたら良い事なのかもしれない と私は 良い方向に物を考える努力をしました。

 

でも・・・・

あの 大災害がおきて しまった・・・・

 

大災害の後、 ずっと お正月に見た あのお姿 が気になって仕方なかったのですが

その事を 誰かに伝える事を とても躊躇しました・・・

きっと 誰も信じて頂けないだろう・・

私は妙な人だと思われるだろう・・・

妙な人だと 思われたくない・・・

私は保身に走っていました・・・

 

だけど・・・

最初に書きましたように

今朝、ある地域では、天変地異の前に不思議な光が見えていた・・・

と言うお話が現在まで伝わっている と言う事を 知る事が出来ました。

 

その時、初めて気が付いたのです!

私は、大きな過ちを犯していたのでは ないのか!?

と言う事を・・・

 

本当は、お正月に 「あのお姿」を見た直後に、信じて頂けないかもしれないけれど 多くの方々に この事を お伝えすべきではなかったのか!?  と・・・

 

もし、そうであれば、 私はとても大切な事をやっていなかった

と言う事になります。

 

どうしたら良いのだろう・・・

凄く考えました

 

でも・・・本当にやるべき事をやっていないのであれば それは 大きな過ちになります。

だから・・・

このブログをお読みになられた方が、ひろっぷは頭がおかしくなったのではないか!?

とお思いになられても、妙な人だとお思いになられても

もう 構わないと 

意を決して

経験した事を書く事に決めました。

 

もしかしたら・・・国内の何れかの地に、私と主人が見た お姿に関して何らかの伝承が残っているかもしれない!

と考えたからです。

 

もし、何か御存じの方がいらっしゃいましたら

ぜひ、ご教示を頂きたいと 心からお願い致します。

 

 

実は・・・ブログ『倭人また文身し以って水害(洪水)を厭わす也。魏略より』 よりを書いた時

 

 

ご紹介したサイト様・・・

プロメテウス様 サイト内
蛟龍、虬龍、燭龍、蟠龍、窫窳など様々な龍たち1:中国の神獣、四象、霊獣特集

の中に 私が見たお姿に凄く似たイラストが紹介されていたのですが・・・

 

虬龍(きゅうりゅう 虬龙 qiu2long2 チウロン) 属性:火

イメージのイラストが 何か、凄く似ているような気がして、主人に見てもらったのですが

主人は

違う 似ていない・・・

と答えました。

 

実は、主人。 社会人になり最初は「ある仕事」についていたのですが、夢を叶える為に一生懸命働いて、学費を自分で貯めて専門学校に入学。

卒業後に夢が叶い、今の仕事に就いているのですが、以前の仕事とは 絵の才能を生かした、建物や公園等のイメージ画を描く仕事でした。

ただ、CGでのイメージ画製作に移行するにあたって、手描きでなければ仕事を続ける意味が薄れる・・と辞めてしまったそうです。

だから、物を的確に見て記憶する才能は、私よりもちろん優れています。

 

余談ですが・・・

主人は球磨に来て、球磨人吉周辺やお隣の霧島周辺の南九州の美しい景色に魅せられて

写真を撮り、家でその写真を元に水彩画を描くのが趣味になっています。

主人に叱られるかな・・・内緒でスケッチブックの中から数点ご紹介致します。😊

 

市房ダムの桜

 

 

球磨村の棚田

 

 

青井阿蘇神社 楼門

 

先にも書いたように、

主人は物を的確に見て記憶する才能は、私よりもちろん優れています。

 

その主人が お正月に 見た・・私達の前に 現れた お姿は

小さな小さな だけど 確かに 馬のようだった

と言っているのだから、間違いはない と私は思います・・・

 

小さな小さな馬

大きさは、ポニーよりも小さく、大型犬や小鹿よりは大きい

私には羽が生えていたように見えましたが、主人は小さな羽のような物だった・・・

と言っています。

 

先にも書きましたように

もしかしたら・・・国内の何れかの地に、私と主人が見た お姿に関して

何らかの伝承が残っているかもしれない!

と考えます。

 

もし、何か御存じの方がいらっしゃいましたら

ぜひ、ご教示を頂きたいと 心からお願い致します。

 

もっと、もっと早く、今年の初めにでも

私は多くの方々にお伝えすべきであったのかもしれません。

 

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本当は・・・・

あのお姿を拝見してから ずっと 様々な疑問が胸の中にどんどん どんどん

積み上がっていました

私達がお参りする神社様とは一体・・・

本当は どういう神様をお祀りなのだろう・・

とか・・・

 

本来、旧石器時代や縄文時代に生きた方々は

先に書いたように

もちろん神社様は、存在せず、その当時の方々が地球の神様、宇宙の神様を身近に感じ、

崇拝していた時代であったはずだ・・・

神話に登場する「お名前を持つ神々様」は 元は人でいらしたに違いない・・すると

 

地球の神様、宇宙の神様 と 後世、神社様にお祀りになられた神話に登場なさる「お名前を持つ神々様」とはどのように繋がっていくのだろう・・・  とか・・・

 

歴史を調べて解る「人が生きた証」と 自然崇拝、宇宙崇拝である本来の神々様が 

頭の中で混乱してしまい

 

私達が見た・・いえ お出になられたお姿は 現実に目の前に現れになられたお姿は

「お名前を持つ神々様」とは違う、きっと科学では決して証明する事が出来ないそう・・・旧石器時代や縄文時代に生きた方々ならば

お解りになられるであろう・・・お姿ではなかったのか・・・・

とか・・・

 

本当は 自分が調べている事さえ、よく解らなくなっていたのです・・・

以前は、冷静に、

神話に登場なさる神々様は、日本古来、超古代から崇拝の自然の神様、

宇宙の神様のお名前を受け継がれていらっしゃるのでは・・・と

私は考えている事をブログ内で何度か書いてきましたが・・

 

実際に、「あのお姿を」拝見してからと言うものの・・・

神社様には、本当に「日本古来、超古代から崇拝の自然の神様、宇宙の神様のお名前を受け継がれていらっしゃる 

元、”人”であられた神々様を」お祀りなのであろうか・・・??

と 考えたりもしました。

 

 

しかし、ある御方のお言葉を拝見して、そのモヤモヤした、混乱にも似た感情が落ち着きました。

 

ある御方とは

ブログ 邪馬台国と日本書紀の界隈 の M・ITO様 伊藤先生でいらっしゃいます。

 

伊藤先生のブログ 『なぜ 日本書紀には神々の系譜があるのか?

を拝見して 気持ちが落ち着いたのです。

 

 

※伊藤先生 勝手に引用させて頂きました。 申し訳ございません。

 

伊藤先生がお書きの 以下の お言葉が私のモヤモヤした、混乱にも似た感情を落ち着かせて下さいました。

 

神話に登場する神々にはモデルになった実在の人物がいて、

物語のモチーフとなった実際の出来事があったのではないかと思うのです。

 

私はこのお言葉を拝見して、自分の考えに大きな誤りがあった事に気が付きました。

それは

神話に登場なさる神々様は、日本古来、超古代から崇拝の自然の神様、

宇宙の神様のお名前を受け継がれていらっしゃるのでは・・・ではなく

 

神話に登場する神々様にはモデルになった実在の人物がいて、物語のモチーフとなった実際の出来事があり、その出来事の観点から、日本古来、超古代から崇拝の自然の神様、宇宙の神様の御役割を受け継がれていらっしゃるのではないのか・・・

と いう事です。

 

日本古来、超古代から崇拝の自然の神様、宇宙の神様の御役目を受け継ぐ事が出来る素晴らしい御方々であられた

だからこそ、神となられた・・

 

球磨の・・・「この球磨の地」に住むと、日本古来、超古代から崇拝の自然の神様、

宇宙の神様を身近に感じてしまい、神話とは一体何だったのだろう・・と混乱する事も多々ありますが、私は、

原初的な神々様の御役割を受け継がれた神々様も、もちろん

日本の とても大切な、この国をお守り頂いて下さる 神々様でおありになられる

と・・・ちゃんと、混乱せずに考える事が出来るようになりました。

 

そして・・・

もっと、もっと多くの方々に、日本の超古代 旧石器時代や

縄文時代に思いを馳せて頂きたいと考えて

前回のブログ を書かせて頂きました。

 

 

 

このような理由から、前回ブログ内で

ただ・・・言える事は
日本の歴史は弥生時代に始まったのでは 
な~い!! (ー_ー)!!

と言う事です

 

と 言う言葉を書きました・・・・

 

原初的な超古代に思いを馳せると

もっともっと 多くの方々が 

日本に誇りを感じて頂けるのではないでしょうか。

 

良く考えてみると

現代人が勝手に 旧石器時代とか縄文時代とか 弥生時代とか

「時代に名前を付けた」だけで、当時の方々は、自らが 例えば

自分は縄文時代の人間だ!とか弥生時代の人間だ!とか言われていた訳では

ありませんから。

 

歴史は・・・時間は

現代人が勝手につけた時代 は関係なく

超古代から 流れ続けているのですから・・・

 

 

今回は、不思議な体験をした事 を書かせて頂きました。

その体験を 本当は 多くの方々にもっと早く お伝えすべきではなかったのか!?

と考え、妙な人と思われたくなかった為に持ってしまった保身を深く反省した上で

大変遅くなりましたが、皆様方にお伝えする事に致しました。

 

 

科学では証明できない事は 確かに あります

 

2020/11/06 22:45 追記

もしも 

困難、大難が逃れられない事であれば 

「小難」となるように祈る事はとても大切な事なのだと思います

 

 

最後までご覧頂き ありがとうございました。

 

前回の続きを楽しみにして下さっていた御方がいらっしゃいましたら

お詫び申し上げます。

申し訳ございませんでした。 

 

いえ 心から 皆様

ごめんなさい

 

次回はちゃんと 歴史に関係する 前回の続きを書きます(^^)/ (やっと顔文字が書けました)

 

球磨は霧の季節が到来いたしました。

山の上から見たら 凄く素敵な雲海が広がっているようです。

でも・・・地上は 霧の中での農作業のお手伝いは 少し 大変でございます・・・

もう少ししたら、皆様方のブログをゆっくりと拝見させて頂く時間が取れそうです。

楽しみにしております。

 

今日は、以前もご紹介したSHOP STEPS様の動画

人吉球磨の情景 をご紹介させて頂きます。

 

 

 

愛する球磨の地より ひろっぷ でした。

(妙な人では ありませんから・・・・・ 皆様 今後ともよろしくお願い致します。)

 

次回『地名「湯」は「イ・井」球磨弁と地名で解った事 序』に続きます。