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晴耕雨読な日々をめざす日記。

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晴耕雨読な日々をめざす日記。-hokensyo
医療費・・・

会社の給与明細をみて、健康保険料の項目をみて、

「ちっ。こんなに引かれるのか。」

なんてことを思うことが多かったのだが、実際自分は、今回は超この健康保険にはお世話になった。

のちに記しますが、請求書には、いわゆるこれだけかかりました。という部分と

健康保険によって、3割負担あるいは、高額医療費限度額認定証により、医療費が軽減されて、結果的な支払いはいくらです。という部分に分かれて記載されている。


で、この高額医療費限度額認定証。なのだが、

わたしは、この存在は会社のお友達に教えてもらった。

会社の人事部に申請をすると、3日くらいで、もらえた。有効期限は一年、となっていた。


入院時に病院からもらったパンフレットにもその存在は確かに記されている。

ただ、

「必ず、事前の手続きが必要です。」

「自己申請となるので、患者さまがご加入されている保険者にご自身で確認してください。」なんてことが、入院用パンフレットにも書かれている。


万が一この認定証が間に合わなくて、多く払っても、事後届でお金は返金されるらしいですが・・・


この認定証があると、所得に応じて軽減がちがうらしいのだけれど、わたしの場合は、

限度適用区分B 自己負担限度額 80,100+(医療費‐267,000)×1%という金額が支払いのマックスになる。


ただ、月単位の計算なんですよね。これ。

わたしみたいに、月をまたぐと、11月分はこの限度適用額の計算からはずれちゃう。


当初の予定でいったら(=一週間早くに手術をしていた)、(請求書が10月分一枚で収まった)というセコイ計算をしたら、

む・・・支払いが安くなった・・・

セコイ計算をした後、いろんなことが頭をよぎる。


当初の予定通り、ムリヤリ入院をさせてもらって、予定通り手術をしてもらって・・・ということを想定した場合、

たぶん、わたしの手術は午後遅くになり、飲まず食わず生活がそれだけ長引き、


執刀医先生もメインイベントの大手術を終えた後、わたしの手術をしていただくので、お疲れなところを、まさか・・・の展開・・・

午後遅く。だと、オット、わたしの両親にも多大な迷惑がかかる。


・・・後で知りましたが、この大学病院、緊急時は20時くらいからの手術もあるみたいです。

夜の回診先生の、見回りの際に、PHSに電話がかかってきて、

「20時ですね。わかりました~」なんてさわやかに答え、

入院患者に対し、

「あと、15分後に手術入るんで、(回診先生が切るんじゃないんでしょうが、)また、あとで来ますね~。」というセリフを残し、手術室に向かう。なんてのを目にしたことがある。


ま、わたしは一週間ずらして、金銭的負担(というほとではないが)をした分、第一試合でやってもらえたのだ。

ヨシとしよう。








11月27日、今日は東京昼クラス、土曜昼クラス、仙台クラスとの合同練習。合計で400人近くの人がいた様子。

テレビカメラも入っていた。


一万人の第九の総監督の佐渡裕さんが、直接指導をしてくださる。という、めったにない機会なのだ。

これを、さどれん。と、言うそうです。初めて知りました。


珍しく開始20分以上前に着いたのだが、前のほうは満席。

かろうじてお友達が先に、取ってくれていた席に落ち着く。アルファベットのM列。


佐渡さんは、一ヶ月半位、イタリアのトリノで毎日オペラのカルメンの指揮をしていたそうです。

この日は、成田から直接練習会場に来たそうです。


予定時間を20分以上オーバーする、大熱血指導だった。


今回は30回、の節目の一万人の第九。記念となるいい演奏会にしたい。と何度も口にされていた。


「拍をつけて歌おう。」

「特にGのところは早くならないように。」

「全てのパートのリズムがそろうところは、そろえよう。」

「声のカーテンを響かせよう。」

「一万人の声が切れる瞬間。(327のところ)は、うまく切れた静寂に感動するはずだ。」


・・・今までわたしは自分のパート以外の部分の楽譜とかはあまり見たことがないのだが、よくよく楽譜を見ると、各パートでリズムが異なっているところ、リズムがそろうところ、が確かに存在する。

今更難しいことは、時間が無いから無理なのだが、要は音楽は約束事、楽譜通りに歌おう。ということだ。


・・・一万人の声が切れる瞬間。

これもあまり考えたことが無いのだが、you tubeの1万人の第九、の音源で確認すると、確かに、一万人の声が、切れた静寂の部分、は存在する。これは本番では本当に楽しみだ。

音楽は「間(ま)」が大切だ。というのはこういうことなのか。


佐渡さんは最後にこう言っていた。

「一万人の中のひとり、として参加するんじゃなく、残りの日々でレベルアップして、良い演奏会にしましょう。」


・・・タイミングの悪いことになんと、11月28日はミスチルのアルバムの発売日なのだが、佐渡練を終えて、家に帰ると、なんとアマゾンから一日早く届いていた。

速攻ipodに入れましたが、第九の本番終わるまで封印します。(特典のDVDは見てしまったが・・・)











今回の頸椎椎間板ヘルニアにかかった費用。

退院日にわたしの手元には、3枚の請求書があった。

診察期間10月22日~10月31日、で一枚、

診察期間11月1日~11月6日、で一枚、

診察期間11月1日~11月6日、で一枚・・・これは、診断書関係のための領収書。100パーセント自費払いで消費税も課税されていたりする。


で、その詳細。

こういう請求書などをまじまじと見たことがないのだが、

別に注射一本 ○円、とか

   人口骨一本○円、とか、そういう表記は無くて、

主に、入院料、医学管理等、リハビリテーション、手術、麻酔、包括診療、食事療養、という項目にお金がかかっている形になっている。



で、注目したいのが、「包括診療」という項目。

後々調べてみると、

今回わたしの入院した大学病院は、手術、麻酔、リハビリテーションには出来高払い方式、

それ以外の入院基本料、検査、投薬、注射、画像診断等は包括払い方式、をとっているらしい。


出来高払い方式・・・細分化された項目一つ一つの医療行為に対し、点数が決まるもの。

             検査や投薬過多になれば、病院が儲かる。が、医療費増大も招く。

             


包括払い方式・・・どんなに色々な検査や投薬をしても、一日の医療費は定額になるという計算方式。

           過剰診療を防げる。病院の経営感覚が進む。医療費の節約になる。


ということらしい。


長くなったので次回。(ちょっと、首が疲れた・・・)







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というわけで、ついに最終回を迎えた、一万人の第九東京夜クラスの練習会。

入院騒動により、本番を迎えることをほぼ諦めていたのだが、入院期間とレッスンが休みのときが重なったり、意外に早く退院できたり。で、結局練習も1回休むのみ。だった。


このクラスはだいたい200人くらいのメンバーが8月のお盆過ぎから週一でレッスンを受けていたのだが、初めのころは、全く合唱になっておらず、プチ経験者(去年地元の合唱団で1回歌った)のわたしが、ちょっと優位かも~。なんて思ってたけれども、途中から、体調悪化も重なったこともあり、わたしもついていくのが必死であった。

病院でも口パク練習は一応していたのだ。


今日通しでやったら、200人の心が一つとなっていた。すごくうまくなっていた。

本番では一万人の心が一つとなるのだから、どんな世界が待ってるのかなあ。と、今からワクワクする。


先生が練習の都度おっしゃっていたひとことひとこと、が、歌いながら思い出される。

同時にわたしは、ここまで何とか来れたこと、に対し、万感の思いだ。いろんなことを歌いながら思い出した。



「一生懸命やらないと感動はやってきません。」

「暗譜するだけでなく、音楽をやりましょう。」

「個人の意識を高めなければ、全体の意識は高まりません。」

「音に艶をもたせましょう。」

「本当に欲しいもの、のことを思って歌いましょう。」

なんていう素敵な先生の一言、もあるのだが、


「音楽は間。呼吸を大切に。カンニングブレス(長くのばさなければならないところは、途中で息継ぎしつつ頑張りましょう)もアリですから。」

「自信無くもやっと歌うんだったら、あそこはメゾピアノくらいの強さでいいです。(第九を歌ったことのあるひとならわかるのだが、647小節のところ。音程が高いのに、小さい声で歌う。という難しいところ。)」という先生のオモシロ解説があったり・・・


写真は12月2日の大阪城ホールでのわたしの歌う席の座席券でございます。







職場復帰して、仲のよい男の先輩格の方と、しばし雑談。

「で、いまどき謝礼ってあるわけ?」

これに対するわたしの答えは、「2人っきりになる時間が無いから、そもそも渡せないんじゃないの。」だ。


振り返るに、執刀医先生と二人っきりになる時間、なんて、5分くらい?だったと思う。

それも、わたしが廊下を歩いてたら、執刀医先生がたまたま、ナースステーションにいらしゃってて、

「手術後のレントゲンまだ見てないよね。今大丈夫?」と声をかけられ、別室で、レントゲン写真を見せていただいたときくらいだ。


執刀医先生の病室回診のときは、お連れのお弟子先生がついてきており、

診察のときは、看護師さんが後ろに控えており、


という感じで、二人っきりになるタイミングなんてほとんど無いのだ。

病室の廊下にも、そういう、お礼系のことは受け取らない。みたいな張り紙も一応されている。


手術後、オットのお母さんにもこのことは聞かれた。(というかなぜかオットのお母さんがお金まで用意してきていた・・・)

「わたしのときは、やったのよ。」と。


それに対してのわたしの答えは、

「アフターにお金渡しても、もう済んじゃったですし・・・」

オットからは、

「そんなものを渡したら、先生の品格を定めて失礼だ。」


お金で解決できることは、解決、もアリなんでしょうが・・・テレビドラマの中の世界だと思っていたので、オットのお母さんからの申し出にはかなりビックリした。




11月22日。

職場復帰。お試し出社をしてみる。


暖かく迎えていただく。

感謝。


ただ・・・たかが・・・1か月休んだだけなのに、全てのことを忘れている。

念のためにパソコンのパスワードをこっそりメモっておいたものが役立ったくらいだ。


役立たない感を満喫しまくる一日だったのだ。


で、実際なのだけれども、

休む前には、一つ押すごとに、痺れがすごかったパソコンのキーボードもかなり普通に押せている。

ちょっとの違和感はあり。


休む前は、紙を一枚一枚数えることが出来なかったのだが、これも、多少の違和感はあるとはいえ、随分と良くなった。


ただ、やはり視線を上げたり、おとしたり、のパソコンを見ながらの一連の業務、そのうち慣れるのでしょうが、肩こりというよりも、首の付け根あたりにちょっとしたコリコリ感が。

シップを張らなければならないほどではないのだけれども。




寝言・・・言っている本人はもちろん無意識だ。


オットのいうわたしの寝言。というのは仕事関連のものが多いらしい。

まあ、入院騒動の勃発と仕事上のストレスマックス時代というのは時期が重なってはいるが。

オットの話を総合すると、

誰かに文句を言う。上司にたてつく。系が多いらしい。

もちろん実生活ではそんなことはしないけど。


忘れられないキョーレツな寝言騒動。というのをオットが話してくれた。


わたし:だから言ったじゃないですか。なんでそういうことするんですか。


と、わたしが、かなり大きな声で言った後、(この大きな声で彼は起きたそうです)


わたしの目がオットに向かってカッと開き、オットを睨んだ。


その後、何事もなくわたしは眠ってしまったらしい・・・


というのが、あったらしい。怖い・・・


病院で寝言で、苦情を受けるかもよ。そこまで怖くなくても、結構寝言あなた言ってるよ。

とオットは言う。だから、個室がいいんじゃないか。と。


苦情受けたら、その時点で個室に引っ越すよ。ということで、わたしは4人部屋を選択した。


結果的に苦情、というのは全くなかった。(ハズ・・・)





入院騒動の本質からは全く外れる心配を実はわたしはオットにされていた。(もちろん、手術の本質にかかわる心配もしてくれてはいたが)


今回の入院にあたっては、予約時に大部屋か個室どちらにするのかをあらかじめ決めておかなければならない。

大部屋・・・4人部屋。トイレ一つ、洗面台一つ、カーテンで仕切ればほぼ個室だが、音とかは結構聞こえる。夜の光の漏れ(テレビとか)は全くない。


個室・・・一人部屋。トイレ一つ、洗面台一つ、テレビもイヤホン無しで視聴可能。個室だけれども、入口のドアを基本的には開けておくシステム。(よって、テレビの音なんかは、結構通路に漏れる。)

という感じ。

個室の場合の、金銭的負担は、一日当たり@17,000位。だったと思う。

この金額は健康保険証不適用で自己負担となる。


わたしは・・・単純に金銭的負担額 @17,000円×14日=238,000 の支払うのがイヤだったのと、

整形外科は、重篤(ここでの重篤は生死をさまようの意味)な患者はいないから、大部屋でも気楽だし、誰も話し相手以内とヒマだから。という、単純な理由により大部屋を選択した。


まあ、今思うに、重篤な患者はいないとはいえ、先に書いたような、やんわり追い出し宣告を毎日受けているのを、カーテン越しで聞いてたり、すすり泣きを毎日聞くのは、結構キツイものもあったが・・・


オットにも「大部屋にしたから。」という話をすると、えっ?という顔をされた。

わたしのオットはいい言葉で言えば、「倹約家」悪く言えば、「セコい」

他人の前では、こういうところは出さないが、2人だけだと、かなりのセコぶりを発揮する。

わたしがかなりのドンブリ勘定なので、足して2で割ればちょうどいいくらいだ。


わたし:「えっ?って、何々?約24万プラス、払ってくれるの?」

オット:「払うのはご自分で。それは当然よ。24万で人に迷惑をかけない。快適な入院生活を送る。というお金の使い方もある。」

わたし:「意味わかんない。」

オット:「じゃ、今まで黙ってたからいうけど、あなた、寝言スゴイよ。」


続く・・・

11月17日。退院後初の術後検診。

傷口チェック・・・お風呂につかってOKということになった。傷口は綺麗で問題無し。なんだそうだ。

レントゲン撮影・・・問題なし。とのこと。頸椎の手術すると、首の骨がまっすぐ気味になる場合があるらしいのだが、わたしの場合は、さらなるまっすぐ。は防げた様子。(元々まっすぐ気味ではあるが・・・)


手足の痺れについて・・・

「1年待ってみてください。」とのこと。

「1年待って、治らなかったら、諦めてください。」なんだそうだ。

痺れ、に対しては、強くならない限り、は、手術は成功なんだそうだ。

わたしの場合、出来なかったことが出来るようになってきたりしているので、この観点からは成功。なんだと、自分に言い聞かせる。


わかっていたことなのだけれども、手術が終わり、退院をし、ひと安心。というわけにはいかないのだという現実がつきつけられる。


自分の生命力?治癒力を信じるのみである。日常生活を元通りに戻す中で、できることをだんだんと増やしていこうと思う。


来月、また検診。ということになった。

効き目が本当に怪しい、と個人的には思う、メチコバールの処方箋をいただき、帰路につく。





決定的な事件、といっても、事実+カーテン越しに聞こえた会話を、半分想像の世界なのですが・・・


ある日、先生(=わたしの執刀医。)が別室で待ってます。と、看護師さん。

ちなみに、先生は、このご婦人の執刀医でもある。

ご婦人、御家族での面談が持たれた。


面談が終わった後、病室に戻ってきたご家族からは、重い雰囲気が、カーテン越しに伝わってくる。

トップ自ら、の転院のススメ。

もう歩けることはない。という、現実から逃げないでください。

等々の、話があったらしい。


ご主人自ら、「ハッキリ言われたから、もう、ここにはいられない。」と言っていた。


この日を境に、それまでは、「市役所に掛けあってる」なんてことを言っていたご主人も、

看護師さんに車いすにご婦人を、移動させるやり方、シャワーの介助の仕方とかを、看護師さんに積極的に教えてもらうようになっていた。

いままでは、

「オレにはオマエの面倒をみるのは無理だ」と言っていたご主人が、現実から逃げなくなったのだ。


わたしは、介護保険のこと等は全く詳しくないけれども、その後は、市役所の方がいらっしゃったり、自宅の改造のめどが立ったり、ということで、わたしが退院したときは、まだご婦人は入院してたけど、たぶん近いうちにいったんは自宅に戻ることになったみたいだ。(その後、また、リハビリ専門病院の空き待ちみたいですが)


家族が完治、と思うレベルと病院にとっての完治、の意味は違うのね。と、この一連の出来事を見て思ったのだった。


何よりも健康第一。と、心から思った瞬間だった。

そして、今頃どうされているのかなあ。と、思ったりもする。