晴耕雨読な日々をめざす日記。 -4ページ目

晴耕雨読な日々をめざす日記。

ブログの説明を入力します。

晴れて、尿カテーテルが抜けるにあたっては、

車いすに乗れる。

自力でトイレの個室で用を足せる。

よろっ。でもいいから、歩ける。

というのが条件らしかった。


というわけで、車いすに乗り、激痛に耐え、30分そのまま態勢をキープする。という課題を一応クリア。

この課題チャレンジにあたっては、看護師さんに

「まだやめとく?」無理しないでね。と言われたのを、

「チャレンジさせてください。」と猛烈にやる気をだして、のアピールである。

やはり、下半身の清潔タイムのお世話になるのがちょっと恥ずかしかったのだ。


この時点では、点滴は必要な時に。という感じで、24時間つながれっぱなしではなかったのだが、この尿カテーテルはつながれっぱなしである。

つながっている、透明の容器は、なんと、わたしと一緒に車いすにくくられて移動である。近場。ということでカバー無し。丸見えでございます。

リハビリ室でたまに見かけましたが、遠出の場合は、布のカバーがしてもらえるみたいです。


よろっとしつつ、一応、膝に、バスタオルをひざかけ風に巻いてなるべく、管を隠す。


車いす課題クリアのち、管を抜いてもらう。

抜く時は、痛くない。一瞬で抜ける。


本当の恐怖はこれからだ。

看護師さんから、

「今から一時間以内に、トイレに行って、出なかったら、また、管付けますね~。お水飲んで、出してくださいね。」と。


わたし自身の尿意とは関係なく、たれ流し?が2日半続いた後、トイレで自分の意思の元に、出せって、そんな・・・

かといって、今度は、麻酔無しで、あの管を入れるかと思うと、これはかなり痛いんじゃないかと。


飲みたくもない水をがばがば飲み、看護師さん付添のもと、よろっとトイレに行き、なんとか尿を出した。


同じ病室になった方でも、この管逆戻りになってしまった方がいた。

管が解放される前から、尿の出が悪かったみたいで、水飲んでください。と、ずっと言われていたみたい。









11月15日。そろそろ、この退院後日記も書くネタが無くなる今日この頃。

午前中はコメダ珈琲徒歩遠征。その後、駅前の大型書店へ遠征。

今までだったら全く気に掛けることもなかった、健康本コーナーへ足が向く。

よくありがちな、××病対策食事健康法、とか、そういう系。


入院してた時に思ったのだが、病気になってからの手術とか、薬の効き目、とかは、誰に対してもほぼ平等に恩恵を享受することができる。


でも、病気の元凶のひとつ、となる、生活習慣や、食生活、というところは、個別の差がかなり大きく、この部分で、結果的にその人が健康かどうかが最終的に決まることが大きい。と。


わたしの今回の病気は、生まれつきな部分も大きい。という先生からの説明もあったのだが、姿勢が悪かったり、ということも影響はゼロとは言えない。

骨を頑丈にするために、もっと魚食べておけばよかったかなあ。と。(悪影響はほぼ無し、ということだったけれども、実は人口骨を入れる予定のところが、骨が小さくて入らなかったところがあった、と後で聞きました。)


前回チラっと書いた、糖尿病のご婦人、の記事があったけれども、一連のやりとり、を見ていて本当に健康を失うことの恐怖。というのを実感したのだ。で、××病対策食事健康法、なのですが、この手の本は本当に多いのね。と。

チラと立ち読みをしましたが、結局はバランス良く、食べなさい。ということが大事なのかなあ。と。


退院してから、まごわやさしい食生活、をなるべく、心がけ、オットにも「今日のお昼は何食べたの?」と帰るメールが届いた時点で、確認をし、不足していそうなものを夕食に出す。という、素敵な奥様??ライフをしているわたし。

一過性のブームにならないように、また仕事が再開してからも続けられる仕組みを考えないと。とおもうのであった。






入院中のブログに、若い先生から、看護師さんから、転院のススメをやんわり。と、されていて、そのあと、泣いているご婦人がいて、いたたまれない。

なんてことを、書いたことがあるのだが、この続きを・・・


このご婦人は、糖尿病の合併症で、毒素が体にまわり、片足を膝から下を切断されていた。

わたしが入院した時点で、入院歴は1カ月くらいだったらしい。

当然歩くことはできないし、ベッドからの移動も一人じゃできないので、看護師さんの補助が必要となるお方。


わたしがようやく冷静になり、おひとりさまトイレのOKも出たころ、このやんわり。転院のススメ、は結構やんわり、ではなくなってきた感がアリアリである。


うちじゃ、もうやることありませんから。次の方向性決めてください。

なんて、いう若い先生の発言もチラホラ・・・


昨今の医療制度では、大学病院での長居は、収入減を招く。ということや、順番待ちの人がいる。ということもあり、やむを得ない理由もあるのでしょうが・・・


相変わらず、御家族は、「市役所の手続きが来週で。」とか、いう説明をお医者さんや看護師さんにしている。


ある日、そのご婦人が、看護師さんに訴えていた。

「看護師さんも、わたしのトイレ連れてくの、めんどうでしょ。おむつにしてくれたほうが、わたしも気楽だし、看護師さんも楽でしょう。」と。

これに対する看護師さんのお答えは、

「面倒とかは、ないわよ。まだ車いすでトイレ行けるうちは、頑張っていくんだよ。」と励ましつつ、

「家帰ってから、困るでしょ。」の一言が加わる。(看護師さんが意図してそう言っているのかは不明)


このご婦人の家族には、毎日、ご主人、きょうだい、孫・・・等必ず誰かしらが、お見舞いに来てくれているのだが、面会時間が終わり、皆さんが帰った後、ご婦人がトイレにいきたくなって、ナースコールを押す。


来てくれた看護師さんに、今までは、「迷惑かけてごめんね。」なんて感じのことを言っていたのだが、わたしが、歩けるようになったころから、

「わたし、死にたい。」「生きていても、迷惑をかけるばかりだ。」

などと言い、さめざめと泣く。それを看護師さんがなぐさめる。


さらに事態を深刻にさせているのが、ご婦人がちょっと認知症ぎみ。であり、毎日見舞いに誰かしらが来てくれているのに、

「今日誰もきてくれなかったね。」なんてことを、看護師さんに言っていたり、

トイレのためのナースコールを30分に一回くらい押すのだ。

「さっきいったじゃん。」と看護師さんに諭され、「ああそうだったけ。じゃ、ナースコールしたけど、もうちょっと待とうかね。」という感じ。


その後決定的な事件が起こる。








リハビリがてら、なるべくパソコンに向かって文字を打とうとしているので、入院中に思ったアホねたを、ブログに記しているのだが、ハゲの剃髪の恐怖。は、未遂?で終わったわけではありますが、実はもうひとつの恐怖。があった。


全身麻酔の手術を受けると、おしっこが出るところに、管が通される。

これは全身麻酔がかかってから行うもので、入る時は痛い。とかは無い。


全身麻酔が覚めて、意識が戻ると、なんか、下半身がヘンな感じがする。

事前に説明されていたのだが、尿道カテーテルという管が通されていて、(スタバの緑のストローよりは太かったと思う。タピオカミルクなんかをすするくらいの、ちょっと太めのストローのもう少し細いやつ。をイメージしていただければ。)


自分が尿意をもよおさなくても、勝手にその管を通し、排出される。

本当にヘンな感じなのだ。


排出されたものは、ベッドの柵にくくりつけられている、目盛りのついた、透明の四角い容器(冷蔵庫の冷蔵室に設置する、製氷用の四角い入れ物の大きめなやつ)


手術当日は、看護師さんがかなりの回数で、この、透明の四角い容器のチェックに来てくださっていた。

わたしは、この管を手術当日を含めて、二日半くらいされていたのだが、清潔第一、ということで、絶対安静、の手術翌日、そして、管が外されるその日まで差し込み口の洗浄を看護師さんが毎日してくださる。

お断りしたい気分満点なのだが、お断りをするわけにはいかず、されるがまま。な感じ。


今回の入院でよくわかりましたが、看護師さんという職業は高い倫理観、責任感のほかに何か突き抜けたものが無いと、携わることが出来ない職業なんだと、つくづく思ったのだった。


そんな看護師さんに、手術前日にハゲの恐怖を訴えたわたしは一体何だったのだろうか・・・

と、反省すべきなのだが、

実は頭髪ハゲの恐怖を訴えた後、もちろん、こっち?の毛についての確認を一応したのは言うまでもない。

もうひとつの恐怖。というのはこのことである。


本当に看護師さん、すみません。

自分が小さすぎます。


ちなみに、尿カテーテル入れるにあたっての、処理は無しでした・・・








11月14日。いつもなら、車で出かける、近所のコメダコーヒーへ、徒歩遠征。といっても、一キロ無い距離である。

平日のまっ昼間の、朝10時で、座席がほぼ満席なのには驚いた。因みに、この日のもうひとつの驚きは、午後の15時すぎから、NHK以外な民放のほとんど全ての局で、党首討論を生中継していたことである。

コメダコーヒーは、普段は、夫としゃべりに行くところなので、あまり店内にある雑誌等には、目をくれないのだが、硬派系雑誌である、週刊新潮、文春、AERAが無くちょっと残念。

肩凝りが職場復帰の大きな障害となっているのだが、コメダで、朝日、読売の新聞をガチ読みしただけで、かなりの肩凝り。机の上にあるものを姿勢キープして、何かする。というのが、とにかく疲れるのだ。

普段本を読む時は、ソファに座り、背中にクッション、手で本を持つ体制が今のところ、一番楽な体制なのだけど。

午後は、リハビリピアノ。
むー、やはり音の粒が揃わない。
右と左で、出る音の大きさが違い過ぎる。
手術前よりは、マシになったとはいえ、この不揃いのツブツブ感...
まあ、ジャンケンも危うかったことを考えると、まあ、僅かながら、少しずつは回復してるかなあ。













Android携帯からの投稿

手術当日、のブログでも書いたのですが、手術前に執刀医先生が、若い先生を連れて、わたしの元へ訪れる。その際、わたしは

「今日の手術は先生がやってくださるんですよね。」という最終アホ確認をしたのだが、

これに対して、執刀医先生は、

「わたしがやりますよ。でも今日の手術はこいつら(=取り巻き若い先生)でも出来ますよ。」なんてことを言ってくれていたのだが、最終アホ確認には、じつはもう一つ大事な確認事項、があった。


例の、ワカメちゃん。である。


わたしのアホ確認のち、執刀医先生から、こんな一言が。


「髪の毛ね~、大丈夫、残しますよ~。心配しないでね。」

とのこと。


ほっ・・・


というわけで、一応最低限の剃毛で何とかすんだのだ。

といっても、写真のとおりでありますが・・・この写真は退院後2日目くらいに自分撮りしたものです。


最低限、とはいえ、結構がっつりいってますね・・・

写真は、幹部をあんまり、髪の毛でふさぐとちょっと不潔かね~と思い、ちょんまげスタイルで家では過ごしているので、その一枚であります。


まあ、残った髪の毛をかぶせれば、なんとか、ハゲは隠れますが・・・

病院にいる間は、このハゲ加減が全くわからなかったり、首筋は極力触らないようにしていたため、ニット帽が手放せませんでした。

そのうちアップしますが、ハゲより、がっつりいった一本の首筋の傷跡のほうがよっぽど目立ちますって。


手術の後、わたしにワカメちゃんを受け入れなければ、手術はできません。と、宣告をした若い先生が、病室回診の際、顔をだしてくださる。


痛いですか?大丈夫ですか?の前に、

「鏡まだ見れないと思うけど、髪の毛あるからね。大丈夫よ。」

のお言葉。



晴耕雨読な日々をめざす日記。-2012111002










11月13日。退院してから一週間経過。
午前中は、ちょいとピアノを弾いたのだが、この後、激しく肩こりこり。市販の湿布を張り、午後は近所の図書館へ。いつもだと、この程度の活動で、バタッと寝るのだが、この日は昼寝無し。

穏やか過ぎる毎日なのだが、来月の一万人の第九で大阪にご一緒するお友だちから新幹線のチケット代金のメールが届く。
16時からの大阪城ホールでのリハーサル前に、ちょっと観光、食い倒れをする予定で、新幹線の時間が、朝8時台になってた。

もうちょい元気にならないと。




Android携帯からの投稿

手術の恐怖+ハゲの恐怖、に打ちひしがれていると、

「手術室担当の看護師です。明日の説明をしますね。」

と、明日の手術を担当してくださる看護師さんが登場。

明日の勝負服?の衣装をもってきてくださる。

いろんなところが、スナップで留められるようになってて、脱がなくても、体温を測ったり、心電図が図れるような工夫になっている。

明日はこの看護師さんが病室までお迎えに来てくれる、とのこと。


手術室に入ったら、名前と、手術される部位を言ってください。

下着はパンツだけつけてください。


とか、の説明と一緒に、イラスト入りの説明文書が渡される。

そして、申し訳なさそうに、


「首の手術なので、髪の毛剃らさせていただきますね。」と。


その後一連の説明が続き、

「何か、不安なことや心配なことあったら、教えてください。」との天使の声。


「あの・・・髪の毛なんですけれども、やはりワカメちゃんは避けられないのでしょうか?」


「もちろん、剃っていただかないと手術出来ないのはわかっているのですが、長さそのもの、をワカメちゃんにしないで、地肌に近いところだけ剃っていただいて、長い部分は残していただいて、隠せるようにしてほしいのですが・・・(わかりづらい説明ですうが、2ブロックをイメージしていただければよいかと。)」


という、手術の本質には全く関係のない不安事項の申し出、に対し、看護師さんは、


「そうですよねえ。見た目もありますものね。先生の判断によりますが、執刀医先生に必ず、お伝えしておきますね。」

「じゃあ、髪の毛は切られないように上に縛って手術室にはいって、そのあと紙の帽子かぶるようにしましょう。」


というわけで、ささやかな抵抗というか、最後のお願いを看護師さんにしたのだ。

闘病ブログ情報だと、この2ブロック方式が認められる病院もあり、その場合は、長い髪の毛でハゲ部分は隠せる。ということなのだが、はたして、わたしの祈りは通じるかか・・・(一般的に、大学病院はダメっぽいが)


この日は火曜日。

ドラマの内容には全く興味は無いのだが、「遅咲きのヒマワリ」というフジテレビのドラマの初回の放映日であり、主題歌がミスチルの「常套句」という曲だったので、これだけを堪能するために、ドラマをチラ見しつつ、眠りについた。


全く眠れない。ということはなく、意外に良く寝れたと思う。そりゃそうだ。月曜、火曜、と、これからの色んなことを心配、というか、創造力豊かに、難しく考えすぎ、1日中、じめじめ一人涙していたり、たった二日間で、箱ティッシュの半分以上を消費していたのだ。そりゃ疲れて良く寝れますって。


長いですが、③へ。








以前ブログにも書いたが、頸椎椎間板ヘルニアには、手術の方式が二つあり、

首の横から、切る方法。

首の後ろから切る方法。

この二つがある。

首の横から切ると、自分の腸骨とよばれる、腰のでっぱったところの骨を首に献上するため、術後の痛みが首&腰になり、退院も遅れる。ただ手術の後はそんなに目立たない。


首の後ろから切ると、術後の痛みは首のみ。退院は比較的早い。手術痕はバッチリ残る。


どっちでいくかは、執刀医先生の判断であり、わたしの意見が介するところではない。

で、結果的にわたしは「後ろから」方式だったのだが、この後ろから方式だと、乗り越えなければらない大問題がある。


それは「髪の毛」である。

なんと、耳の下(それも耳の上!)から下の髪の毛はなんと剃られてしまうのだ。

イメージとしては、サザエさんに出てくるわかめちゃんなのだ!


いろんな方々の闘病ブログ何かをみても、このわかめちゃん、は避けて通れない道だ。

術後の感染を防ぐ、とか、ナットクな理由がもちろんあるのでイヤとは言えない・・・

自分の生命としての命、オンナの命の髪の毛、比べている場合ではないのだ。


手術の前日、手術の説明を、執刀医先生の代わりに若い回診先生がわたしにしてくれた。

そのとき、一応聞いてみた。

「わたしの髪の毛はどーなるのでしょうか?」

「サザエさんの、わかめちゃんみたいになるとお考えください。」

「一応わたし、働いておりまして、手術が終わったら、すぐにでも会社に戻るんです。」

「感染症とかのリスクがあるから、髪の毛剃ることを納得していただかないと、手術できないですよ。」

「・・・わかりました・・・」

で、承諾書にサインをわたしはした。


ちなみになんと、この剃毛作業は、全身麻酔掛けられた後で行われるため、わたしはもう抵抗も出来ないのだ。


病室に戻り、今後の社会復帰のことを真剣に考える。わかめちゃん、で会社に行くのは、気が引ける。

病院の中はユニクロのニット帽かぶっていてもおかしくないけど・・・

手術前日に、手術の恐怖+髪の毛喪失で、もうおかしくなりそうだった。


病室に戻り、ネットで検索をすると、最近は抗がん剤の治療をされている方用に、ニット帽の下に髪の毛がついているやつとか、かわいい帽子なんかがある。病院の売店にもそれらしき帽子が売られていたのをチラと見かけたりもする。

一応そういうものをみて、自分を落ち着かせ、持ってきたユニクロのニット帽をしまった場所を再度確認。


②に続きます。








11月12日。
悩みに悩み、会社へ復帰日の相談電話を入れる。
先週の(金)の時点では、今週の(木)から復帰予定だったのだが、昨日見た変な夢もあることだし、診断書に従い、仕事復帰は来週以降に。

仕事をする。ということは、その辺へのお出かけの自己責任、だけじゃないからなあ。と。

入院してわかったことだけど、お医者さんの指示により、治療の全てが進む。
例えば、
わたし的オッケーな、お一人様トイレなんかも、先生の許可が無いとだめ。と看護師さんに言われたりとか、看護師さんの定期的見回りのときには、ノートパソコンが、ワゴンみたいなものに、点滴セットとかといっしょに運ばれて、そのパソコンに、先生からの全ての指令が、入っていたみたい。パソコンみながら、看護師さんが、後、点滴何回、とか教えてくれた。

と、いうことで、慎重すぎるが、明らかに本調子では無い今の状態を鑑み、診断書も、わたしに対する指示。ということで、
復帰延長。








Android携帯からの投稿