仏光寺通りをずっと西へ、西新道通りを越えてまもなくのところに
その昔、イハラさんという眼鏡屋さんが、ありました。
<メガネのイハラ>いう黄色い看板やったかな、がかかっていて、
眼鏡鑑定士のおじさんが、根気よう、何時間でも、自分に合うた眼鏡を作るのに
つきおうて、くれはりました。高校生の頃から、眼鏡を作るときだけやのうて
ちょっとつるがゆがんだとか、鼻パッドが汚れてきたとか、ほんまに
ちょっとしたことがあると、この眼鏡屋さんに、寄ったもんです。
おじさんは、四国のほうの出身で、子供の頃は、ガキ大将で、一日中
野山を子分を連れて駆け巡っていたと聞きました。京都へ来はってからは、
最初は、新京極のなかで眼鏡屋さんをやってはったそうで、
新京極で喧嘩騒ぎがあると、止めてくれ!いうて、いつも
呼びに来られたりしたんやと、懐かしそうに話してくれはったり、
もっと若い頃に、日本中、世界中、いろんなところへ旅していた、その
時々のエピソードを、話してくれはるのを聴くと、羨ましいなぁ~と
思ったものでした。
お店の外から見ると、入口の大きな1枚ガラス越しに、
お客さんが来てはるかどうかわかるのですが、
このご近所の人だけやのうて、以前、このあたりに住んでいて
今は、遠方へ行かはったお客さんまで、遠いところは名古屋からとか
来てはったので、いつ通りかかっても、誰かしらお店にはやはって
そのみんなが、ただ眼鏡を作りに来てはるだけやのうて、
自分の近況やら、家族の愚痴やら、悩み事や延々と話さはるもんやから、
ひとりのお客さんの滞在時間が、半端なく、長うて(笑)
かくいう私も、いつも、お店に入ると、
<ちょっと、ここでゆっくりしていき!>いうて
奥の冷蔵庫から、オロナミンCを出してきて、飲むようにすすめてくれはる
もんやから、ついつい親の介護の愚痴などを、聴いてもろたもんでした。
介護のことで悩みは尽きひんけれども、愚痴は山ほどあっても、
案外、誰にでもこぼせる、いうもんやありません。
けど、おじさんに話をすると、いつも
<えらいなぁ~。何がえらいって、いつでも、こうして笑てるやろ。
しんどいときは、みんな笑顔にはなれへんで、暗い顔になって
いくもんやけど、いつ来ても、そうやって、笑うてるのは、なかなかできひん。
よう頑張ってる、えらいなぁ~って思うわ。> と、言うてくれはるので
そう言うて、ほめてもらうと、<もうアカン!限界や!>って、
さっきまで、思うてたんが、不思議なことに、すっかり元気になって
<また明日からも、頑張ろう!>いう気持ちにしてもらえるのでした。
けど、おじさんとのお別れは、突然にやってきました。
ある日、しばらく忙しいて、寄れへんかったので、そろそろ眼鏡の調整を、
と思って、お店まで行ったところ、お店には、シャッターが下りていました。
そのシャッターの真ん中に、新聞屋さんへ向けた小さな紙1枚のメモが。。。
しばらくしたら、またお店開けるので、
そのときまた、連絡します。
けど、その後、何回通っても、通っても、シャッターの開くことは
ありませんでした。
そして、このメモを目にした、数年後、同じようにお店の前を通りかかった
ときのこと、解体屋さんが、お店の中を、次々と壊してはったんです。
驚きのあまり茫然としつつ。。そんな、アカンって。。。と、
離れたところから、その様子を見つめていたときのこと
ふと見ると、ショーウィンドーはもう壊されていたけれど
まだ、あの、いつもの、見慣れた<メガネのイハラ>の黄色い看板は、
そのままお店の前に残っていたんです。
慌てて、スマホを取り出して、せめて看板だけでも!!と
写真を何枚も、撮りました。
休業の後、お店を閉店してしまわはった、おじさんのその後を
私は存知上げません。尋ねたら、わかることではありますが、
初めは、聞くのがただただ恐かった。。。けど、聞けへんまま何年もたった今は、
おじさんが、その後、どこかで余生をエンジョイしてはろうと、
彼岸へひと足先に、渡ってはったとしても、どちらでもええ、
そんな気持ちに、次第に、なってきました。
此岸でも、彼岸でも、どこにやはったとしても、おじさんはいつも
私の心の中には、やはるんやし、いつでも話ができるんやから。
そのとき撮った<メガネのイハラ>の看板の写真は、L版に印刷して、
部屋の机の上の、小さな写真立てに、今も、飾って、あります。
介護でしんどいことがあると、今でも、おじさんにオロナミンCを飲みながら
聴いてもらえたらなぁ~と、思います。けど、それは寂しいけれども
かなわへんことやから、
<メガネのイハラ>の馴染みの看板を見ながら、おじさんがいつも、
私を励ますのに言うてくれはった、<アンタは、いっつも笑うてるから、エライ!>
いう言葉を思い出し、なんとか今日1日を、乗り切ろう!!笑うて、いこう!
と、昔と変わることなく、今でも、ずっと、おじさんから、元気をもろてます。
いつかまた会えるときに、褒めてもらえるように、笑うて、頑張り、ます。









