壬生京極商店街のちょうど、真ん中あたり、仏光寺通りと交わる
東新道通りと中新道通りの中間地点に、その昔、<米山診療所>さん
いう、内科のお医者さんが、やはりました。
玄関の上に、しつらえられた色鮮やかなステンドグラスの小窓が、
当時、子供心にも、とてもハイカラ(?)に思えたものでした。
玄関を入って少し行くと、さらに、子供には、高うて、上がるのが
なかなか大変な、足台があって、そこをよっこらしょ!っと
踏んで上がると、ようやく左手に、受付の小窓、
ほんまに小さい、お金やらお薬やらをやっとこさ、やりとりできるだけの
隙間しか、開いてへん、
まるでパチンコ屋さんの裏手にようある、交換所ような(?)
小さな、受付の窓口が見えてくるのでした。
その小さい、受付の窓をそおろと開けて
<こんにちは!>と声をかけると、とても上品で、美しいて
子供心にも、声をかけるのが、なんとのう畏れ多いような、
米山先生の奥様が、ちょっと経ってから、顔をのぞかせてくれはって
まもなく、左手にある、診察室へ入るように、
米山先生から、お声がかかるのでした。
物心ついたころから、大学生になった頃まで、ずっと家族みんな
先生に診てもろてたので、風邪からお腹痛から、なんでも、
とにかく、からだの具合の悪いときはなんでも、母から
<ほな、米山先生とこ、行っといない!>と言われて駆け付ける
今でいう、うちのホームドクターの先生でした。
赤ちゃんの頃から知ってもろてるせいで、20才を超えても変わらず、
診察に訪れると、先生は、まず、椅子に座った私のほっぺたを
両手で、はさんで、にっこりとし、<はい、はい、今日は、どうしたんや?>
と、顔を近づけてきゃはるのが、なんや面映ゆい気がしたもんやけれど
優しい、おじいちゃん、のような、先生でした。
また、米山先生は、私の通っている小学校の校医さんでもあったので
学校で、定期的にある内科のお医者さんの検診のときには、
保健室に入って、聴診器の順番を待っている列に並んでるときに、
<あっ!あんたかいな!>という感じで、
ニッコリと笑うてくれはるのが、とても、嬉しかったのを覚えています。
熱が出たり、風邪ひいたり、いろんなことでお世話になりましたが、
なんでや知らんけれど、おぼろげな記憶のなかでは、
いつでも、なんでも、おしりに注射!が効いてたような(笑)
実は、この米山診療所さんの建物は、今はもう他の方が
お住まいなので、内装はきっと変わってしもてるんやろうけれど
少なくとも、玄関のところの外観は、私が通っていた頃と
ほぼ、そのままに、変わらず、仏光寺通りに面していて
その前を通るときには、つい、玄関上のステンドグラスに
目がいって、懐かしい、気持ちになります。
ちなみに、この米山診療所さんのはす向かいには
長いこと、<ひびの魚店>さんいうお魚屋さんがあって、
店先で、いつもおじさんや、おばさんが、魚を焼いたり、
お造りを用意したりしながら、お客さんの相手をしてはって
私が米山診療所の玄関に入ろうとすると、いつも背中に
<ともちゃん、どうしたん? どっか、具合悪いんか?>
とその店先から、叫んでくれはる声がして。。。
今はもう、その、お魚屋さんも、あらへんで、
マンションになってしもてるんやけれど、
米山診療所の前を通る時には、背中に、お魚屋さんのほうから
大きい呼びかける声が、今にも、聞こえてきそうな気が、するのでした。
