F9の雑記帳 -98ページ目

『The True Story Of Bananagun』



(↑ピクチャーCDに何だか魅力を感じてしまったので、CDまで撮ってみました。)

 少し前に買ったものの、熱心に聴いていなかったBananagun『The True Story Of Bananagun』(FTH378CD)を(昨日)改めて聴いてみた。

 某CDショップのサイトに貼ってあった(←この書き方で合っているのか?)「People Talk Too Much」を聴いて良いなと思ったのでサイトで注文し、(昨日)改めて二回通して聴いてみたものの、余り興奮せず「面白そうだな」と言う感想を凌駕する感情は溢れてこなかった。恐らく自分自身の気分と体調のせいもあるだろうが、何だか残念だった。これはいけないなあ。もっと楽しめよ、自分。

 …話は変わるが、誰でも簡単にインターネットが繋がる時代になってつくづく良かったなと思う。自由だからこそ幸せなのか不幸なのかはさておくとして、以前の僕ならいくら話題になっていても輸入盤のCD、あるいは個人誌等は誰かに連絡する勇気が出ず、気にしつつ買いはしなかっただろうが、今は簡単に調べられるうえ、サイトで遠慮なく買える(←書き方ひどいな!)のだから。有り難い事だ。

『秋夜』



 水上勉『秋夜』(P+D BOOKS、小学館)を読み終える。

 かなり前に作者の名前に惹かれて購入していたものの、僕の性格からきた相変わらずの積ん読状態にしてしまっていたのを読んだのだが、先の三連休(←有り難い事だ!)では読み終えられず、今日になって漸く読み終える事が出来た。

 この本に収められている10篇の短篇小説はどれも面白かったが、正直な所、個人的にはもっと早く読んでおかないといけなかったと思った。長年会わなかった息子について書かれている表題作「秋夜」、(郷里の若狭の)原発や周辺の事情について書かれている「むげんの鳥」、郷里での思い出について書かれている「お鳥」「むささびの話」「狐の話」、ある種唐突に現れた感じのあるる「海の洞」、そして最後に置かれた「くがみの埋み火」と印象深い小説は多かったものの時間が経ったせいか、読んでいて何だか熱が伴わず、どこか醒めた読書となってしまったからだ。ああ、鉄は熱いうちに打て、か…。

『ミドルマーチ1』



 ジョージ・エリオット『ミドルマーチ1』(廣野由美子訳、光文社古典新訳文庫)を読み終えた。

 発行当時帯の文句に惹かれて書店で購入し、最近まで「4巻の刊行が終わってから読めば良いや」と思っていたのだが、僕の中でその発想に対する不安が大きくなってきたため読み始めたのだが、途中で僕自身の見通しの甘さに気づき愕然としてしまった。自業自得とはこの事だな。

 しかし、「第一部 ミス・ブルック」が若く情熱的な女性ドロシア・ブルックを中心にして(彼女がエドワード・カソーボンを夫とする等して)物語が進んだので、「第二部 老いと若さ」を読み出した時彼女が中心で小説が進むのかと思っていたら、第一部の終盤になって登場した若き医師ターシアス・リドゲイドが中心となって小説が進んでいくので、途中「ドロシアはいつ出てくるのか」とじれったく感じると同時に何だか不安になってしまった(後半になり夫のカソーボンとローマに新婚旅行に来た場面に出会い安心したのだが)、この後彼らの物語は一体どうやって絡み合っていくのだろう。…ああ、気になる事が一杯だ。そして、蛇足だと思いはするものの書いておくけれど、僕はこの小説の時代背景等を僕は勉強する事なく読み出したが、小説の面白さを減少させる物ではないと思った。もっとも、宗教や階級等にについての記述もあるため、理解しておいた方が良いのだろうが。ああ、二巻以降どんな展開が待っているのやら…。