F9の雑記帳 -72ページ目

『薔薇色の門 誘惑 遠藤周作初期中篇』



 遠藤周作『薔薇色の門 誘惑 遠藤周作初期中篇』(河出書房新社)を読みました。
 感想(めいたもの)を以下に書いておきます。
・「薔薇色の門」:兄が年の離れた弟に向けて書いた手紙と言う形での小説なのですが、15歳の差がある兄と弟及び受験の時期が戦前と戦後と言う違いはあるとは言え、兄の経験を踏まえ送られるエールは受験生の弟に対する兄の愛情が感じられ、読んでいて楽しい気分になりました。
・「誘惑」:この小説に登場する若い男女(東竜太郎、立花早苗)は誰よりも上に先頭に立ちたいと言う欲望をむき出しにしているのですが、読んでいて不快な感じになるどころか、とても清々しい気分になりました。本当は途中に出てくる「ひくい声」(250頁)をしっかり聴き、自分自身を振り返るべきなのでしょうが…。

『明日なき身』



 岡田睦『明日なき身』(講談社)を読みました。
 以前、この作家に興味を持ち小説を読んでみようと思いつつも行動に移さず、今に至りましたが、最近になって(何故か)また読みたくなり、今回思い切って(?)読んでみました。
 収められた4篇の小説は私小説で、読んでいるうちに変化していく主人公及び周囲の描写に胸が苦しくなりましたが、3番目の妻に去られ収入の少ない主人公が、ムスカリを買い求める事で生活に楽しみを求めようとする「ムスカリ」と、ある年の年末年始の主人公が施設を転々とする状況を書いた「火」が(作品の短さ故に)印象に残りました。
 一方、他の2篇の小説(「僕の日常」と「明日なき身」)は内容が盛り沢山過ぎて、面白いのに損をしているなと思いました。
 しかし、個人的に「火」は凄いと思いました。暖を取るがためにアパートの部屋の中でゴミに火をつけて、部屋を焼いてしまうなんて…。

『鴨川ランナー』



 グレゴリー・ケズナジャット『鴨川ランナー』(講談社)を読みました。
 巻末に書かれている「表題作「鴨川ランナー」にて第2回京都文学賞を満場一致で受賞した」という文言を某書店に行った際に立ち読みし、(その時は買わなかったのですが)先日桑名市立図書館に行った際に偶然書棚の中にあるのを見つけたので借りてきました。
 個人的には収められた二つの小説ともにスピーディーに読み進められたのですが、重い内容でも軽く読ませるなかなか見た事のない文体で書かれているなと感じられて驚きました。
 以下に感想(めいたもの)を書いておきます。
・「鴨川ランナー」:面白かったです。(外国人の)主人公が目的を持って来日したものの、様々な障害に直面し年月を重ね、少々諦念を抱えながらも前を向いて進もうとする様子が、外国旅行すらした事がない僕でも分かりやすく書かれていて、読んでいて興奮しました。
 来日後に赴任した公立中学校で目の当たりにしたクラスでの光景等の印象的な場面が多く、早朝のランニングの際に出会ったタバコ屋の店番の女性等、印象的な場面や人物が登場するため、上記の感想(めいたもの)になったのかもしれないですが、もしかすると小説の語り手が(外国人の)主人公を「きみ」と呼び、出身地も曖昧にしているのも良い結果を生んでいると思いました。
 そして、個人的には主人公の大学院での指導教授であり、東京都内の私立大学に採用される切っ掛けを作った富田が印象に残りました。谷崎潤一郎研究、“潺湲亭ツアー”…。
・「異言(タングズ)」:まず、勤務先の英会話学校の閉校により、日本で職探しをする羽目になる主人公マイケルの姿や心理等は、読んでいて悲しくなりました。研究論文の翻訳や発生してくる違和感、言語的問題(“僕”(148頁))、(主人公の友人ジェームズもやっている)チャペルでの牧師のバイト…。
 一方、主要な登場人物の一人であり、マイケルの英会話学校の教え子で同居する事になる百合子の姿は読み進めるうちに少し怖くなりましたが、最後は少し溜息が出ました。女性はあっと言う間に変化するのだな…。
 そして、異言と言う言葉自体は知っていたものの、ある人間が実際の異言を発する場面を見た事が無いため、(恐らく創作なのでしょうが)実際のシーンの描写を呼んで吃驚しましたし、タイトルの意味も漸く分かり、良いタイトルだなと思いました。最終盤で吹っ切れた主人公マイケルの言葉がそうだと言う事なのですね…。