F9の雑記帳 -69ページ目

『喜べ、幸いなる魂よ』



 佐藤亜紀『喜べ、幸いなる魂よ』(角川書店)を読みました。
 小説の舞台が18世紀のフランドル地方(ベルギーの海に面した北側の地域(308頁))、更に(修道会には属さず女性達が集団で信仰生活を行う)ベギン会と言う団体が登場したりして途中までかなり戸惑いましたが、小説の本筋である(最終的にシント・ヨリスの市長になる)主人公ヤン・デ・ブルークと学問に優れ(ヤン・デ・ブルークの名前を使って)書籍や政治パンフレットを刊行するヤネケ・ファン・デール の人物描写が絶妙かつ魅力的で、読んでいる間幾度となく驚いたり嫉妬したりしてしまいました。まあ、ヤネケ・ファン・デールの様な女性が身近にいたらかなりしんどいとは思いますが。
 そして、最後の最後で二人の気持ちは通じ合っていたのだと改めて分かり、胸が少し熱くなりました。
 しかし、産業革命やルソーの思想、フランス軍等が歴史の流れからして当然とは言え息も切らさず登場するので、この小説を書き進めるのは楽しいと感じると同時に相当骨が折れたでしょうね…。

 ○

 …ああ、漸く読み終えました。途中別の本に浮気したりしなければこんな事にはならなかったのですが…。気をつけよう。

「ケチる貴方」



 石田夏穂「ケチる貴方」(『群像』2022年2月号所収)を読みました。
 本当は第45回すばる文学賞佳作受賞作である「わが友、スミス」(『すばる』2021年11月号所収)を読んだ上でこの小説を読むべきなのでしょうが、ついサボってしまいました。
 小説自体はそれ程店舗も悪くなくスイスイ読めたのですが、個人的には極度の冷え性だった主人公の女性(佐藤)が偶然気付いた寒さを吹き飛ばす方法に驚きました。
 人や物事に対して無関心を貫くのではなく、他人に対して寛容になれば(時に汗を拭くのにタオルが必要なぐらいに)寒く感じなくなるとは…。
 ただ、その設定にしたからかもしれませんが、主人公の勤務先の事業所(Kタンク工業)内での出来事や日常の記述がやや淡々としている印象を持ったので、そこはやや勿体ないのではないかなと思いました。

『蛇口 オカンポ短篇選』


 シルビナ・オカンポ『蛇口 オカンポ短篇選』(松本健二訳、東宣出版)を読み終えました。
 僕はこの(アルゼンチンの)作家についてまるで知らず“短篇選”の文字を見ただけで近所の図書館から借りてきて読んだのですが、収められた36篇の小説はどれも幻想的で読んでいて面白かったです。
 個人的には、次第にそっくりになっていく二人の少女の運命について描かれた「オリーボスの二軒の家」、思わず散文詩と言い切ってしまいたくなる「見えない本の断章」、時間の経過とともに変化する女性と彼女を前にして困惑する男性を描いた「砂糖の家」、ある女性が連れていた子供との関係を通して主人公の決断力の弱さを描いた「フリアイ」、時間の経過とともに変化する夫婦の形を妻の視点から描いた「嫌悪感」、次第にそっくりになっていく子供達に起きた事件と教師の姿を描いた「これが彼らの顔であった」、主人公の家族と事故により死んだはずの者との交流について描かれた「レストラン〈エクアドル〉の事故」、主人公の周囲の変化による誤解が引き起こす事件について描かれた「近親相姦」、二人の男性(うち一人は盲目)と女性の関係を描いた「償い」、老人から次第に若返り最後は消えてしまった人物の描写と主人公の友人の姿が鮮やかな「進展」、かつて友人だった男性との過去の不思議な出来事を描いた「謎」、苛立つと身体の一部を噛みちぎる女性について描かれた「マルバ」、過去のチベット旅行の際に手に入れたガラス箱とそれに関する記憶について描かれた「蛇口」が(この本に収められた小説の中では)印象に残りました。