「煩悩」

この小説には、主人公の木戸涼子とその友人である(加藤)安奈の関係が主に書かれているのですが、主人公は「私は自分の感情を露ほども信用していない」(354頁)と自分で考えるだけあって、安奈について全て把握していないと嫌だったり、まだ彼氏と別れていないにも関わらず、会ってほしいと言われた安奈の彼氏と交際したりと、かなりやりたい放題なので、途中で嫌になる瞬間が何度があり、読み終えた後でまさにタイトル通り“煩悩”が横溢している内容だなと思いました。
あと、施設に入所している主人公の姉や芸能活動をしている美沙希等どの登場人物も個性的なのに、一見個性が強くないように見える主人公が強烈なキャラクターだとは思いませんでした。
353頁の「私は安奈を庇護してきたのだから。」「私が安奈を庇護してきたのだから。」の台詞は、(一文字変えてあるとはいえ)繰り返しのせいでしょうか、かなり強烈でした…。
『吹雪』
主人公の郡医師プラトン・イリイチ・ガーリンが、ドルゴエで「エキデミック」が発生したためワクチンを届けようと、御者のコジマ(あだ名はセキコフ)と悪天候にもかかわらず一緒に出発したものの、ハプニングが多発したので目的を果たすことができなかった上、かなり悲惨な結末を迎えるという展開は、読んでいる間何度となく期待が裏切られた思いがして、とてもイライラしました。
しかし、車の部品の修理のため立ち寄った製粉所で、小人の粉屋の妻と一夜を共にする場面や、墓地に迷い込み彷徨った末に出会った「ビタミンダー」と呼ばれる人々の行動や麻薬を試す場面や、あるいは巨人の死体を前に何とか危機を乗り切るとする場面等は、(個人的には)読んでいてかなり興奮しました。
あと、謎の透明ピラミッド、ホノグラム映像を映し出す「ラジオ」等が小説の中に登場しましたが、(時代設定のため創作されたのでしょうが)、それらはどれも魅力的でした。
とはいえ、(巻末の「訳者あとがき」を読んで驚いたのですが)読んでいてこの小説の舞台がまさか“近未来”だとは思いませんでした…。
『烙印』

この本には8篇の短編小説と2篇のエッセイが収められています。
僕は特にここ最近は推理小説を読んでいないので、内容の良否を判定できるはずもないのですが、収められている小説はどれも展開が意外で、読んでいて驚く事も多かったです。
また、エッセイも新たな発見もあって読んでいて面白かったです。
以下、感想(めいたもの)を書いておきます。
・「烙印」:主人公の由比祐吉が恩人の子爵を計画的に殺害しようとするのですが、海外小説の展開と同じ事に気づく人がいて…、と言うのは僕には想定外で、読んでいて吃驚しました。しかし、由比祐吉は実に恐ろしい男だな…。
・「爪」:この小説は先に犯人が分かっているので安心して読めたものの(?)、もしヒント無しで読み始めたら犯人等もさっぱり分からず右往左往の読書になった気がしました。ああ、犯人は「何処かに妙な手抜かりをする」(110頁)とは…。
・「決闘街」:雪山で死んだと思っていた男が実は生きていたら…。読み終えて、僕もこの小説の吉本や田代のように行動する気がしました。最後は発狂してしまうのか…。
・「情鬼」:主人公の長尾新六が人生において大切な女性を得たのに彼女を失う事になる展開は、読んでいて驚きすぐに悲しくなりました。推測と勘違いが悲劇を生んでしまうとは…。
・「凧」:主人公の緒方彌一が知った両親の秘密はよんでいて悲しかったですが、その上で殺人を犯してしまうのは読んでいて更に悲しくなりました。
・「不思議な母」:主人公の夫の死んだ原因が、主人公の推測と違っていたのが判明していく過程と内容は僕の想像外でする展開でした。また、終盤で主人公が感じるある種の救いの気持ちはとても納得できました。
・「危険なる姉妹」:主人公の生きてきた道程についての一人語りも面白かったが、話の嘘や聞き手の死亡と言った事が分かっていく展開は、読んでいてある意味爽快でした。
・「螢」:主人公の姉が誘拐事件と見せかけて弟を殺したのかもしれないと言う「恐ろしい幻想」は、この小説の中では正しいのかどうか分からずじまいですが、それが帰って蛍が登場する最後の場面の効果を増している気がします。
・「乱歩の脱皮」:『宝石』1956年1月号初出のエッセイ。探偵小説は「もっと成長させなければならない」(345頁)、確かにそうかもしれないですね…。
・「探偵小説の中の人間」:『風信』1958年3月号初出のエッセイ。「人間のいる探偵小説」(349頁)は、現在盛んに書かれているのかどうか僕には分かりませんが、読んでいて何度も首を縦に振ってしまいました。


