F9の雑記帳 -44ページ目

「夏風邪」/「デンマーク・ローリング」

 『新潮』2023年10月号所収の二篇の小説を読みました。



①マーサ・ナカムラ「夏風邪」


 二十五歳の夏のある日、主人公が自分の体調不良を夏風邪と考え市販の風邪薬やロキソニンを飲む程度で放置していたら、実は二週間の入院が必要な重度の肺炎だと分かると言うこの小説の展開は普段の日常生活でもあってもおかしくなく、ありきたり気味かなと思うのですが、婚活パーティでカップル成立となった男性からのラインの朝七時に届く“《死んだんですか》”と言う文章の怖さや主人公が勤務している会社の上司の冷たい態度、加えて自分がやりたかったの描写がこの小説に刺激を与えているように感じて、面白いなあと思いました。

 ただ、目次には“二十五歳の夏、三途の川に沈んで掴み取ったもの”と言った文句があるのですが、実際にはここまでではないのに大袈裟ではないかと個人的には思いました。


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②小山田浩子「デンマーク・ローリング」



 この文章には、作者がデンマークで6月に行われるイベントに招かれた際の様子が中心に書かれているのですが、読み終えて“この文章はエッセイではなく小説なんだな”と思いました。

 本来乗るはずの飛行機が欠航となり、かなりの日数荷物がロストバゲージ状態となったりしたものの、デンマークでの街の様子を観察したり無事にイベントが終了したりした後で荷物が作者の手にやって来るというのはやや出来過ぎかもと感じたりしましたが、この心の動きがもしかすると“この文章はエッセイではなく小説だ”と先に書いた理由の一つなのかもしれません…。

「午後の朝鮮薊」



 蓮實重彦「午後の朝鮮薊」(『新潮』2023年10月号所収)を読みました。
 戦争中のある日、主人公の二朗は思いを寄せていたのに死んでしまった蓬子の姉の薊子から食事に誘われ、舞台となった近々建物疎開となる祖父の旧宅で起こった双方の行動や会話を中心にこの小説は進んでいくのですが、(濃淡はあるものの)官能的な雰囲気が小説全体に滲み出ていて、本当にウンザリしました。
 また、中盤以降は二人のために料理を作った(けれど、召集令状の到着が明らかになった)料理長のある意味驚きの過去が明かされたり(まさか、蹴球のオリンピック代表選手だったとは思いませんでした…。)、主人公の二朗が新嘉坡(シンガポール)での戦利品のハリウッド映画の調査のために爪哇(ジャワ)に向かうことになったり、主人公の想像が生み出した最後の場面が印象的だったりと展開も多彩になりはするものの、読んでいる間はこの小説を好きになる事がどうしてもできませんでした。
 ただ、小説の様々な箇所で大戦下での状況や食事について色々と理解できたのは僕にとって有意義だったと思いますが、それだけと言うのはやや悲しい気がしてなりません…。

「花束の夜」



 高瀬隼子「花束の夜」(『群像』2023年10月号所収)を読みました。
 この小説の中で、四ヶ月前に印刷会社に入社した主人公の水本は、送別会の主役で水本の指導係だった倉岡から「これいらねえから」(162頁)と押し付けられた花束をどうにかしようと思案しつつ彷徨うのですが、途中途中で彼女が思い出す過去の出来事の一つ一つが(規模・状況などは違えど)僕もかつて似た経験をしたなと思えて、少し胸が熱くなったり苦しくなったりしました(恋愛に関する事柄は聞いた事があっても身近ではありませんでしたが…。)。
 そして、かなりの時間歩き回り水本が自分の考えに気づいたりした挙げ句、最後に彼女が選んだ行動は、(かつて好きだった)倉岡や過去の水本自身に対する気持ちの精算の象徴だと思えて、かなり気持ちがスッキリしました。
 しかし、自分が好意を寄せている人に対して、他人が低い評価をするのを聞いて「ほんのり、またほんのり、好きが削られていく」(176頁)なんて、良く分かるなあ…。