F9の雑記帳 -41ページ目

「コレクターズ・ハイ」



 村雲菜月「コレクターズ・ハイ」(『群像』2023年12月号所収)を読みました。
 なにゅなにゅオタクでカプセルトイの会社に勤務している主人公、彼女の縮毛矯正をしている「髪オタク」(131頁)の美容師である品田、なにゅなにゅグッズがきっかけで主人公と知り合ったクレーンゲームが上手い森本さん、彼ら三人の関係の描写を中心に小説は進んでいくのですが、以前読んだ第66回群像新人文学賞当選作の「もぬけの考察」とは違って”普通“の小説だったからでしょうか、最後に一抹の寂しさはあるもののほぼ一気に読み終えてしまいました。
 個人的には、偶然の出来事を契機として(タイトルに繋がる)変態性が明らかになる品田と森本さんは勿論の事、主人公の職場の部長や主人公の勤務先の会社の同僚でヒット作を次々出している轟木さんの行動の描写もなかなか強烈で、この小説には(色の濃淡はありこそすれ)変態的な性格の登場人物が多いなと読んでいて思いました。
 まあ、美容師がカットした後のお客さんの髪の毛の写真を無断で撮影していたり、クレーンゲームで目的のものを手に入れたら相手の髪の毛を触らせてもらったり、会社の会議で部下がプレゼンした企画を殆ど却下したり(←これは少し違うか。)、街中で人の持ち物や服装を撮影して会社での新商品の企画書にそんな写真を添えるのは…。
 また、毎日なにゅなにゅについて考え、積極的にイベントにも出掛ける主人公は、他の小説なら十分に強烈な性格のはずなのに、この小説の中ではあまり目立たない人物になってしまっているのは、偶然にしろ意図的にしろ何だか面白いなと読み終えた後に感じました。

『フォレスト・ダーク』


 ニコール・クラウス『フォレスト・ダーク』(広瀬恭子訳、白水社)を読みました。
 子育てをしながらニューヨークで暮らしているが、スランプに陥っている中で、現実の暮らしが夢なのではないかと考えはじめた作家のニコール、ニューヨークで弁護士として活躍し自分で財産も築いたが、これまでの人生が正しかったのか考えはじめたエプスティーンの二人が、それぞれテルアビブに向かい(その地で)自分に向き合うという物語は、「二人の人生はいつか交錯するのではないか」と言う僕自身の予断のせいで、読んでいて何度か肩透かしを食らった気分になりました。
 もっとも、それは自作自演と言うべきなのでしょうが…。
 とは言え、ニコールとエプスティーンの二人の“自分探し”はどちらも興味深く、読み進めるにつれて面白さが増していきましたが、元大学教授だと言うフリードマンが登場し、カフカの遺稿や人生が絡んでくる上に、戦争に巻き込まれた挙げ句砂漠の“ぼろ家”(269頁)に置き去りにされてしまったりするニコールの方がより面白いなと(個人的には)感じました。
 あと、終盤で行方が分からなくなったエプスティーン所有の絵画の行方が、読み終えた途端に気になりはじめました…。

『ピュウ』



 キャサリン・レイシー『ピュウ』(井上里訳、岩波書店)を読みました。
 ある町の教会で寝ていたところを発見されたため、便宜上”ピュウ(信者席)“と呼ばれることになった主人公は町の人々と(殆ど)話さないため、町の人々(及び読者)は名前/性別/国籍/人種等について一切分かりません。
 そのため、信仰心の篤いキリスト教徒の多い町の人々の間に動揺が広がっていくと言った展開が待ち構えているのは当然といえば当然なのでしょうが、読んでいる間はしばしば気分が落ち着かなくなると同時に、(小説の中の)町の人々の声の大きさや優しい気持ちから話しているはずなのについ残酷なことを言ってしまう人間と言う動物の怖さを会話の(文章の)端々に感じました。
 また、主人公の人間を観察する視線の確かさと町の人々の年齢の推定描かする年齢の描写に驚き、最終盤で出てくる“祭り”(途中、人々の声の重なりが行わけ詩の様でした…。)の不思議さに面食らいました。
 しかし、この小説が終わった後、主人公はどこに向かったのでしょうか。
 読了後、それが気になりました…。