F9の雑記帳 -25ページ目

『恐るべき緑』



 ベンハミン・ラバトゥッツ『恐るべき緑』(松本健二訳、白水社)を読みました。
 この本に収められている小説には(フィクションも交えて)二十世紀の科学者や彼らの周辺等について書かれているのですが、作者による「謝辞」の中で「フィクションの度合いは本書全体を通じて次第に増していく」(187頁)と書かれているのを読んだ時、小説内で示される情報に半ば浮かれていた自分の中の高揚感が幾分削がれた感じがしました。
 とは言え、この本は最初取っつきにくいですが、徐々に慣れてきて面白くなるのは間違いないと思います。
 あと、作者の意図に反するのかもしれませんが、個人的にはこの本の各章を一篇の短篇小説と捉えて読んでも面白いし、むしろそうすべきなのではないかなと読み終えて思いました。

『ディフェンス』





 ウラジミール・ナボコフ『ディフェンス』(若島正訳、河出文庫)を読みました。
 まず、子供の頃からチェスの才能がずば抜けていて、世界で対局する一方、対局以外でもチェスについて優先的に考えてしまう主人公ルージンに関する描写は、読んでいて体型の変化も含めて何度か胸が苦しくなりました。
 才能があるのは素晴らしくて羨ましいけれど、チェスに魅入られて過労で倒れてしまうぐらいに飲み込まれてしまうのはちょっとご遠慮申し上げたいな…。
 そして、主人公ルージンの妻になり、夫がチェスに関するあらゆる事から離れる事が良いのだと信じて行動する女性に関する描写は、読んでいて(主人公ルージンの場合と同様に)何度となく胸が苦しくなると同時に虚しくなりました。
 小説の中では名前を明かされず、両親からは主人公ルージンとの結婚を歓迎されない上、結婚後は夫に対してできる限りの努力をしたのに最後の最後であんな事になるとは…。
 あと、ナボコフの言う「温かさ」とは一体何だったんでしょうか。
 個人的には、読んでいて登場人物の誰もが小説の上では諦めている感じがしたのですが…。

「くぐる」ほか



 『文學界』2024年9月号所収の小説を2篇読みました。
 以下に感想(めいたもの)を書いておきます。

・川上弘美「くぐる」:主人公が他人との距離が近づくたびに(うなだれて)時間を「くぐり」、見知らぬ場所で一定期間過ごすという設定が読んでいて面白かったですし、時間を「くぐる」たびに見知らぬ場所で過ごす時間が長くなっていうのも何だか面白かったです。まあ、最後はああなるとは思いませんでしたが…。

・村田沙耶香「残雪」:この小説には、自殺幇助を仕事とする主人公が、チューリッヒで死にたい依頼主である五十嵐琴音の希望を叶える前後が描かれているのですが、終盤の意外な展開に驚きつつも面白かったです。ああ、恋愛対象というのは人それぞれなんですね…。

・戌井昭人「紙飛行機」:この小説は、近所の人から“ドラキュラさん”と呼ばれている(けれど、最初本人は知らなかった)主人公が、彼の家の庭に飛んできた紙飛行機の持ち主である女の子と話をするうちに、以前は変化を求めなかった主人公が生活パターンを変化させる展開なのですが、主人公の生い立ちと日常と女の子が話す(渡り歩いた星について話す妄想の)内容が大きく違い、メリハリがあって読んでいて面白かったです。ただ、女の子の話す内容が(漫画の)銀河鉄道999に似ているのはどうかなと思いました。まあ、面白ければそれで良いのでしょうが…。