「宇宙日本煉瓦小史」ほか
『群像』2024年10月号所収の3篇の小説を読みました。
以下に感想(めいたもの)を書いておきます。


・宮内悠介「宇宙日本煉瓦小史」(僕の携帯電話では“煉”の字が出ませんでした。):ページ数は多くない小説なのですが、読んでいて本当に吃驚しました。ニコライ・フョードロヴィッチ・フョードロフが草分け的存在とされる“ロシア宇宙主義”の意味を文字通りに考えると、こんなに未来的な世界が描く事が出来るだなんて思いませんでした。帝国宇宙主義(インペリアル・コスミズム)、(後に日本軍が「みちびき」と呼ぶ事になると言う)煉瓦により作られ、乗組員達が計器類を駆使して活躍する構造物…。(後に日本軍が「みちびき」と呼ぶ事になると言う)煉瓦により作られ、乗組員達が計器類を駆使して活躍する構造物…。

・くどうれいん「鰐のポーズ」:自分自身の恋人が十一歳年上の既婚者である事を、大学の時に仲が良かった友人の「むっちゃん」と一緒に食事した際には話題に出来なかった一方で、通っているヨガ教室で一緒に練習している「ようこ」の恋人が子供もいる既婚者なのを知った後、一緒に食事した際には話題に出来た主人公の「くるみ」の(“私達同じでしょう?”と言いたげな後ろめたさも含んだ)心情が何だかジワジワと身にしみてきて若干嫌な気分になりました。更に、先の食事の日より後でようことヨガ教室で一緒になった時、くるみのようこに対する見方が変わってしまう様子の描写も自分自身を見ているようで、何だかいたたまれない気分になりました。ああ、早く時間が過ぎてくれないかな…。
「また次の夜に」

仙田学「また次の夜に」(『文學界』2024年10月号所収)を読みました。
主人公の藤田成美(ナル)は生きがいだった娘の知美が自殺し、その悲しみと喪失感から酒浸りの生活になっていたのですが、偶然知ったアルコール依存症の自助グループのミーティングの参加者の一人であるニックネームがルナ(と言う女性)の(自宅に何ヶ月も泊めてご飯を食べさせたりする)献身的なサポートやミーティングへ参加する事で快方に向かうこの小説は、読んでいて何度か声を上げてしまいました。
ああ、近くに誰もいなくて良かった…。
そして、日々の生活の中で成美が変わるきっかけになる時、いつも考えているがゆえに今はもういないはずなのに知美の姿を見つけてしまい、二度と立ち上がれなくなりそうになる成美の姿に胸が詰まるとともに彼女の思いが若干は理解できたかなと感じました。
あと、この小説の性質上仕方ないとは思いますが、成美がマンションの部屋に戻った最後の場面は、正直とてもやるせない気持ちになりました。
そりゃ、普段から娘の知美の事を考えている成美が、どんな行動を取っておかしくないものなあ…。
『野生の棕櫚』
この小説は1937年、元研修医ヘンリー・ウイルボーンと人妻シャーロット・リトンメーヤーとの間に生まれた愛と彼らの身に起きる様々な出来事の描写が中心の「野生の棕櫚」と、1927年のミシシッピー川の洪水対策のさなか、漂着したボートで囚人が妊婦を助けた事により、彼らの身に降りかかる出来事等の描写が中心の「オールド・マン」と言う二つの物語が各章ごとに交互に置かれる形式で進むのですが、読みすすめるにつれて「オールド・マン」あってこその「野生の棕櫚」だと感じるとともに、頁をめくるたびに読みにくさが増していくなと思いました。
もしかすると、上記の様に感じたのは「野生の棕櫚」でのウイルボーンを振り回すシャーロットの恋愛や(それを原因として)彼が変化していく姿の描写が読んでいて幾度となく腹が立った一方で、「オールド・マン」は読んでいて素直に良い小説だと感じられたからかもしれません。
あと、個人的な話で恐縮ですが、読み終えて時間が経ったからでしょうか、「野生の棕櫚」と「オールド・マン」の続きが何だか気になってきました…。


