2019年11月10日
午前中、ガッサーン・カナファーニー/黒田寿郎訳「太陽の男たち」(『ハイファに戻って/太陽の男たち』(黒田寿郎/奴田原睦明訳、河出文庫)所収)を読む。イラクのバスラからクウェートへの密入国をはかった三人のパレスチナ難民の死に至るまでが書かれているのだが、密入国請負人の男(デブ親爺)のがめつさと非情さの描写、金が欲しいからと三人を僅かな時間だけ給水車の水槽タンクに入れて運ぶノッポ親父の描写…、それらも(当然)含めてこの小説を読み終えて非常にやるせない気持ちになった。最後のノッポ親父の台詞は痛切だが、一体誰に届くと言うのだろうか。
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続いて、ガッサーン・カナファーニー/奴田原睦明訳「悲しいオレンジの実る土地」(『ハイファに戻って/太陽の男たち』(黒田寿郎/奴田原睦明訳、河出文庫)所収)を読む。この小説も読み終えてやるせない気持ちになったが、子供達の運命を受け入れようとする態度が僕には眩しく感じられた。 もっとも、大人達の見たオレンジもまた眩しかった様だが…。
2019年11月9日
午後、乗代雄介「最高の任務」(『群像』2019年12月号所収)を読み終える。主人公と父母、弟の四人で主人公の大学の卒業式の日に旅行すると言うのはあり得なくはないと思い、読んでいくうちに後藤明生的かもしれないなと感じたものの(←まあ、そうだからと言ってこの小説の評価に影響を与える物ではないだろうが。)、主人公の過去の日記が度々引用されるので、読んでいて時々(小説上の)時間が分からなくなってしまった。ただ、(僕にとっては49頁で)この小説までもが日記からの引用なんだと分かった時は「正直騙された」と思った。しかし、小説の中でまさか相澤忠洋の名や著書の内容が登場した時はとても驚いた。しかも、それらが主人公の叔母との思い出に繋がるとは…。
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この週末は自宅に戻らないと決めていたので、午前中洗濯と尾鷲市で今借りているマンションの自室を掃除し、午前と午後近所のスーパーに買い物に出掛けた以外は、雑誌を読んだりテレビを観たりしてダラダラ過ごした。
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夜、木下古栗「乳を澄ませば」(『すばる』2019年12月号所収)を読み終える。些か重苦しい冒頭の後、外国人に質問された時に主人公が思い出したのがある感覚(←ああ、何だか書きたくない…。)で、その後小説の大半を使って過程と結果が細かく描写されていて、何だか訳がわからないなと思いはしたものの、この感じなら結末はきっと面倒臭いのだろうなと思いきやかなりあっさりしていたので、読み終えて少し呆然としてしまった。まあ、何と言うか、まさか実験台にされたのではないだろうな。何故こう言う小説が書けるんだろう。才能と言うのは不思議な物だな…。
2019年11月8日
乗代雄介「最高の任務」(『群像』2019年12月号所収)の途中(8~27頁)まで読む。読んでいてなかなか焦点が合わなかった。恐らく今日の気分のせいだろうが。…全くいけないなあ。
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些細な事で気分が上下してしまい、微妙な一日だったと思う。