相変わらずミーハー。
日本文学振興会主催の第163回芥川龍之介賞の受賞作が、高山羽根子「首里の馬」(『新潮』2020年3月号所収)と遠野遥「破局」(『文藝』2020年夏季号所収)に決定した事をインターネットのニュースを見て知った。
岡本学「アウア・エイジ(Our Age)」(『群像』2020年2月号所収)を除くどの候補作を読んでも面白かったけれど、(抜群に面白かったので)「首里の馬」が僕は受賞作かなと思ってはいたので、「破局」も受賞作に決定したと知った瞬間少し吃驚した。まあ、「破局」は展開が読めず結末も僕の予想の範囲外だったのだから何とも言えないのが寂しい所だ。
僕のあくまで個人的な意見だが、今後は分かりにくさが少ない小説が受賞作になる確率が高い様に思う。いかにも純文学してますと言った感じの小説は、芥川龍之介賞の受賞は難しくなるのではないか。ただ、そんな風な小説に最近お目にかかっていない気がするのだが。
「ヒマラヤ杉の年輪」

今日、二瓶哲也「ヒマラヤ杉の年輪」(『文學界』2020年8月号所収)を読み終えた。
「四十歳、いや、今年四十一歳を迎えようとしているみすぼらしい中年男」(136頁)の主人公井東、彼の病院内清掃の仕事を通じて出会った、妻子ある男性と関係を持ち男性が亡くなる直前に結婚した岩谷、表の顔と(過去の)実際の状況が圧倒的に違う「公にならなければ何をしたっていいという発想」(128頁)を持っているらしい北村、そんな三人の関係を井東の視点を軸にして小説は進むのだが、僕が井東と年齢が近く友達が余りいなさそうな様子なのも僕に似ていたからか、井東の心情が良く理解できた気がした。更に読んでいて痛い部分や考える部分が多い様に思った。そして、タイトルが内容と関連が希薄で、効果的でなく勿体無いなと思った。(←もっとも、これは僕の勝手でな考えでしかないが)。
しかし、井東は純粋だな。岩谷からの一言に表現された好意に心底感動したり、北村に対して色々な感情があったにせよ恋する感情に耐えきれず駆け出したり…。だからこそ、終盤に北村の近況を井東に知らせ、自転車にまたがり坂を下る場面で終わらせたのかもしれない。


