F9の雑記帳 -103ページ目

「かたわら」




 今日、小山田浩子「かたわら」(『新潮』2020年7月号所収)を読んだ。

 冒頭の「犬を飼おうとする夢を見た。」(24頁)からして犬が登場する場面が多いが、主人公の(家族を含めた)日常が極端な起伏もなく描かれていて、読み終えて久し振りに極めて普通の私小説を読んだと思った。

 しかし、目次には「極上の小山田ワールド」と書かれているが、僕はそう思わなかった。僕が『新潮』2020年7月号を購入した動機が、小山田浩子の小説が掲載されているからだと言うのに、彼女の小説を読んで“極上”と思えないのはどうなんだろうか…。

「赤い砂を蹴る」




 昨日、石原燃「赤い砂を蹴る」(『文學界』2020年6月号所収)を読み終えた。

 本当はかなり前に読んでいてもおかしくないのだが、自分の中の「部屋を整理しよう」「まずは本を読もう」と言うキャンペーンのため、読むのが遅くなってしまった(しかし、どうやっても言い訳だよな…。)。

 母親が行くはずだったブラジルに行くことになった千夏、千夏の母親の友人の芽衣子。彼女達二人がサンパウロ市内からミランドポリスに香月農場に向かう所から始まり、千夏の母親や父親違いの弟あるいは芽衣子の夫や義母等への思いが書かれたりしながら進む小説なのだが、少し物足りなかった。芽衣子ほど強烈な過去や思い出を持っていない(し書かれていない)ので、後半になるまで千夏が主人公だと思えなかったし、ブラジルが小説の舞台なのに異国だと言う感じがそれ程しなかったり…。ただ、終盤の芽衣子が千夏の腕を掴んで走り出す場面は印象的だった。小説を締め括るには良かったのだろう、幾分典型的ではある気がするが。しかし、僕は読解力がないなあ。

『薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短篇集』



 昨日、アルベルト・モラヴィア『薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短篇集』(関口英子訳、光文社古典新訳文庫)を読み終えた。

 かなり前に「シュルレアリスム」の語に惹かれて購入し、長く積ん読状態にしてしまっていた(←以前、途中で放棄してしまった…。)のだが、最近自分の中で始めた「部屋を整理しよう」「まずは本を読もう」と言うキャンペーン(?)に乗っかる形で、漸く完読する事が出来た。

 帯にもある通り、15の小説が収められている。どの小説も「楽しく読めた」と書ければ良いのだが、「疫病」が個人的に兎に角読み終えるのに時間が掛かってしまった。それまで読んできた小説と比べて長く、イメージも暗めだったからだろうか。凄い悪臭を自分が放つ病と言う設定がどうのと言う事ではないだろうと思うのだが…。

 では、それ以外の小説はどうだったのかと言えば、読んでいてイメージがしやすく時々予想が裏切られ、バラエティー豊富で読んでいて楽しかった。個人的には(主人公タラモーネは僕みたいだと思った(←だが、彼ほど仕事はできないだろう…。))「怠け者の夢」と、(皮肉がきつくて面白い)「蛸の言い分」が特に印象に残った。もっともっと早く読んでおけば良かったかもしれない。いつになるか分からないが、『無関心な人々』等を読んでみようかと思う。ひょっとすると、(何度もやってしまっているが)書くだけになるかもしれないが。