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いつまでも女々しくて・・・

20年連れ添った妻を自死で亡くした男(hiro)の日記

妻が逝ってから、悲惨な毎日がやってはきたが

妻と余計な喧嘩がなくなり、その部分は解放された。

 

ただ悔しさと辛さと悲しさと

もう言い表せないこの複雑な感情の中で

まじ死にそうだった。

 

でも俺までもが死んでしまったら息子たちは

どうやって生きていくのか

 

自分の気持ちは考えず

息子たちをちゃんと育てなくてと

俺までもいい加減な親になってしまっては

無責任にも程がある。

 

そう、死ぬことはいつでもできる。

やっとの思いで体を動かしていた。

 

朝弁当作りから始まり、家事全般

空いた時間でできる仕事をして家計を回す。

 

とにかく大変だった。

空いた時間でできる仕事なんて大した仕事はできなくて

自分の仕事はどんどんなくなっていった。

 

家計が厳しくて、児童扶養手当が国から支給されて

これが本当に助かった。

全然足りなかったけど

それでも何とかやっていこうと頑張ったが

 

あの日、親子協力してやっていこうと誓い合ったのに

割とすぐに上の子の反発が始まった。

 

要はパパのせいでママが死んでしまって

もう一緒に居たくない。

だけど自分では何もできないから、一緒に生活するしかない不満。

 

いろんな話をしたけど、まるで聞く耳持たずだ。

まあそれは俺だけの言い分だから、認めたくないらしい。

死人に口なしということをよく言われ

 

おまえは、いったい今まで何を見てきたのか?

自分が祖母に預けられ、遊びに行ってる母親を見てきたのではないのか。

 

母親を亡くし、その気持ちのやり場を俺に向けず

文句があるなら、どうどうと面と向かって俺に言えばいいのに

そうすることもしないで問題ばかり起こす。(警察沙汰もある)

 

まあ、俺に文句を言ったところで

全てがちゃらんぽらんな考えや言い分だから

こてんぱんに論破されて言い返せなくなるからだろう。

その支離滅裂な言い分や気持ちを受け止めてやれる包容力は

俺にはなかったけど。

 

じゃあそんなに俺のことがイヤなら

家から出て一人で生活していけばいいんじゃないのか?

そういう決意もなく、できないで

偉そうなことばかり言うな。

 

上の子のこの問題は社会人になってからも続き

まじ親子の縁を切るところまでいった。(今はつかず離れず)

 

それでも

こんな家庭が壊れ、仕事が壊れ、自分も壊れそうで

その中、とにかく息子たちが社会に出て

一人でやっていける様にするまではやらないと

とずっと思ってやってきた。

 

そのため

生きていく上で、免許や資格もいっぱい取得したよ。

普通に生活できていれば、本来全く必要ないもの。

まさか自分がその免許や資格で

こんな仕事をするとは思わなかった。

毎日、やりたくない!って言ってベッドから起きていた。
 

それらの仕事を、生活の糧にしている方たちを下に見ているわけではない。

ただ俺には向いていないのに、それをやらざるを得ない状況になったことに

腹立たしさを感じている。

 

俺がプライドもってやっていたものを全部踏みにじられた。

 

俺の仕事を返せよ!

 

 

 

つづく

 

 

 

 

長くなってきたが

お盆までには今まで我慢してきたことを吐き出したい。

 

ウチのヤツがいつも言っていた『一人になりたい』

だったらなんで結婚したんだよ。

 

都合の良いときだけすり寄ってきて

満たされたものがあれば、あとは自由にさせろって

まずやることやれよ。

 

世間の奴らは俺が縛ってるみたいに思ってるが

やってることがおかしいときに、それをおかしいよと言ってるだけだ。

 

それ以外は自由にさせてた思うけどな。

 

子供が小さいとき

唯一数少ない休みの日曜日に、義母を中心にどこか行くのではなく

義弟や義妹の面倒を見るではなく

一人でパチンコに行ってしまうのではなく

 

俺たち家族4人で何かしたり、行ったりしようよって話だよ。

もっと自分の家族を大事にしてよ。

 

俺は普段忙しいのは申し訳ないとは思うが

遊んでいるわけではない

暮らしていくのに必要なことをやっているのだ。

 

そんなやりとりを数年過ごしてきて

子供が9歳6歳のときに、俺の親が和解を求めてきた。

 

それから、ウチの親とのやりとりも生活の中に入る様になってきたが

あきらかに、ウチの実家には行きたくない態度だ。

 

数カ月に一回実家に顔を出すくらい、何故そんなにいやがるのか。

俺の親は面倒みたくないけど

自分の親は面倒をみてほしいって

都合がよすぎなんだよ。

 

こんないろんな問題事を抱えながら仕事をして

世の中はおかしくなっていき

このままでは生活がやばいよってことになって

今こそお互い協力しあってこの荒波をなんとか乗り越えていこうよ

ってときに、すべてを投げ出し逝ってしまった。

 

こんなこと納得できるか!

 


つづく

 

 

結婚してから割とすぐ近くに引っ越してきた義母。

 

この義母なんだけど、俺は大っ嫌いなんだよね。

離婚してて生保なんだけど、言うことは立派でさ

だが行動がまるで伴っていない。

 

俺には偉そうに世間の一般論道徳を振りかざしてくるが

やってることは真逆。

 

てめーまず働けるなら働けよ。と思うわけよ俺は。

 

働いても働かなくても、もらうものが一緒なら

働かないほうが得だろという考え。

ウチのヤツが逝く1か月前くらいには

俺に、女房にちゃんとお金を渡さないからこうなるんだとか

なんであんな女と結婚したんだとか(おめーの娘だろうが)

昔、広い土地を買って、隅の方に小さい小屋を建てて

そこに住まわせてくれとか言ってたよな。は?だよ。

 

まー話ししてたら、外れすぎてて頭がついていけない。

もしかして俺のほうが頭が悪いのか? そう錯覚すらする。

 

毎週毎週、寿司を出前して

支給前にはお金がなくなり、ウチに金を借りにくる。
ん? 違う

貸してくれと電話がくる。

 

それほど関係が悪くなる前から

俺は一応義母なんだから、毎週買い物には車で連れて行き

あそこに行きたいと言われれば送っていくし

迎えにも行くし

遠出すればお土産は買って帰るし。

嫌いだけど、全部奥さんの為を思って気を遣っていた。

 

一番イヤだったのは

こいつに息子を預けてパチンコに行ってるということだ。

 

葬式には、自分の娘に香典すら出すことができない義母。

ウチのヤツが逝って、遺品を整理してたら

なんとこの義母に毎月4万仕送りしていた通帳が出てきた。

 

なんだよそれ・・・

 

 

つづく

 

 

妻がパチンコをやる様になったのは

子供が生まれる前からで

ちょうど付き合った頃かな

 

喧嘩して彼女が家を飛び出して行って

それを探してたら、なんと近所のパチンコ屋にいた。

 

そのとき初めてだったみたいで

いわゆるビギナーズラックで、5・6千円勝ったんじゃなかったかな?

それ以来だ。

 

まあ味をしめちゃったのかな。

 

俺も付き合い程度にはするというか、パチンコ店がお客さんだったりしてたからね

でももう付き合いが切れてからは

ここ15・6年は行っていない。(今じゃもうやり方もわからない)

 

子育て中、子供を置いて行くなんてこともあり

何度喧嘩をしたことやら。

義親が近くに引っ越してきたら、義親に預けて多いとき週5は行ってた。

 

上の子が生まれた当時は、自宅で仕事をやっていたから

頼る親族がいない俺たちは(俺の方は、ほぼ駆け落ち状態だった)

二人で支えあって子供の面倒を見ていたけど

 

下の子のときには、もう俺は事務所に缶詰状態だったから

ほぼまかせっきりになってしまい

それで義親に預けて行くということが増えていった。

 

『日中一人で子育てってどれだけストレスがあるかわかってよ!』という言葉に

仕方ないなと許してしまっていた。

 

でも、それがウチにお金の余裕があるときならまだいいが

だんだんとやっていけなくなっているっていう状態のときにも行っていた。(死ぬ前にも行ってた)

 

気晴らしが必要?

お金がないなら、普通ないなりの気晴らしの方法があるだろ!?

そんなことをさせるために俺は働いているんじゃないぞ!

 

ウチのヤツが逝ってからその時の話を上の子にしたら

『俺はママの気持ちがわかる』って言われて

この親にしてこの子ありか

もう腹立つやら情けないやら

 

要するに、パチンコに行く気晴らしもなくなりおかしくなり

ママは死んでしまったらしい。(奴の頭の中の構図はこうらしい)

 

 

このときからかな、上の子に対して見方が変わったのは。

 

 

つづく

 

 


 

結局、自営の売り上げが10%まで落ち込んだことで

家のローンが重くのしかかってきたのだが

ここまでくるともう、貯蓄を切り崩していくばかりで

 

働いても働いてもローン分しか稼げなくて・・

 

まずデフレで世間の単価が1/5になったのがそもそもの原因。

 

10,000万円の仕事が2,000円

1,000,000の仕事は200,000円だ

 

1,000,000の仕事というと、まあまあ時間も費用もかかるわけだけど・・

まあ俺の仕事は極論紙と鉛筆さえあれば成り立つので

経費はほとんどかからないけど

100万の仕事が20万にもならないということ。

今までならもう80万あったはずなのに、それがないというのは相当のこと。

1万の仕事で8,000円手に入らないレベルではなく、80万だよ80万。

 

でもね

つまり経費がまだあまりかからないからやれたけど。

 

5万の仕事を5,000円でやってくれと言われたこともある。

学生の仕事かよ・・

まあね、俺の性格というか

今までやってきたプライドというものもあるから

そういう仕事は断るわけ

そうなると必然的にどんどん仕事がなくなっていくわけよ

 

だから、本来本業ではないことまでやる羽目になり

結局、俺は何屋なの?というところまできた。(本業にはプライドがあるんでバカにしてる仕事は断り続けた)

 

最終的には正に地べたに這いずり回って泥水まで飲む仕事をして

金を稼いだ。(でも不思議と会社を辞め独立したことに後悔はないんだよ)

 

それでも家のローンが重荷で

ついに奥さんに、『家を売るか、働くか、どうする?』という話に。

 

これは前にどこかで書いたと思うけど

家を売るのはイヤ、働きたくない、今の生活水準はもう落としたくない

ないない尽くめだ。

 

だから何かを得たければ何かを失う

そんな論理もわからないのか

 

そんな会話が長く続いたけど

もう俺も我慢できるキャパを超えてしまった。

2ヶ月後にはどこかしら新たに借り入れしないと

もうやっていけないところまできた。

 

今まで妻の名誉の為に詳しく書かなかったが、、一度完全に吹っ切りたい。

 

こんな状況になっても

妻のパチンコ依存症は治らなかった。

 

 

つづく