妻が逝ってから、悲惨な毎日がやってはきたが
妻と余計な喧嘩がなくなり、その部分は解放された。
ただ悔しさと辛さと悲しさと
もう言い表せないこの複雑な感情の中で
まじ死にそうだった。
でも俺までもが死んでしまったら息子たちは
どうやって生きていくのか
自分の気持ちは考えず
息子たちをちゃんと育てなくてと
俺までもいい加減な親になってしまっては
無責任にも程がある。
そう、死ぬことはいつでもできる。
やっとの思いで体を動かしていた。
朝弁当作りから始まり、家事全般
空いた時間でできる仕事をして家計を回す。
とにかく大変だった。
空いた時間でできる仕事なんて大した仕事はできなくて
自分の仕事はどんどんなくなっていった。
家計が厳しくて、児童扶養手当が国から支給されて
これが本当に助かった。
全然足りなかったけど
それでも何とかやっていこうと頑張ったが
あの日、親子協力してやっていこうと誓い合ったのに
割とすぐに上の子の反発が始まった。
要はパパのせいでママが死んでしまって
もう一緒に居たくない。
だけど自分では何もできないから、一緒に生活するしかない不満。
いろんな話をしたけど、まるで聞く耳持たずだ。
まあそれは俺だけの言い分だから、認めたくないらしい。
死人に口なしということをよく言われ
おまえは、いったい今まで何を見てきたのか?
自分が祖母に預けられ、遊びに行ってる母親を見てきたのではないのか。
母親を亡くし、その気持ちのやり場を俺に向けず
文句があるなら、どうどうと面と向かって俺に言えばいいのに
そうすることもしないで問題ばかり起こす。(警察沙汰もある)
まあ、俺に文句を言ったところで
全てがちゃらんぽらんな考えや言い分だから
こてんぱんに論破されて言い返せなくなるからだろう。
その支離滅裂な言い分や気持ちを受け止めてやれる包容力は
俺にはなかったけど。
じゃあそんなに俺のことがイヤなら
家から出て一人で生活していけばいいんじゃないのか?
そういう決意もなく、できないで
偉そうなことばかり言うな。
上の子のこの問題は社会人になってからも続き
まじ親子の縁を切るところまでいった。(今はつかず離れず)
それでも
こんな家庭が壊れ、仕事が壊れ、自分も壊れそうで
その中、とにかく息子たちが社会に出て
一人でやっていける様にするまではやらないと
とずっと思ってやってきた。
そのため
生きていく上で、免許や資格もいっぱい取得したよ。
普通に生活できていれば、本来全く必要ないもの。
まさか自分がその免許や資格で
こんな仕事をするとは思わなかった。
毎日、やりたくない!って言ってベッドから起きていた。
それらの仕事を、生活の糧にしている方たちを下に見ているわけではない。
ただ俺には向いていないのに、それをやらざるを得ない状況になったことに
腹立たしさを感じている。
俺がプライドもってやっていたものを全部踏みにじられた。
俺の仕事を返せよ!
つづく