子供と離れて暮らす親の心の悩みを軽くしたい -44ページ目
4才の娘の詩の発表会に参加しました。
大きなトロフィー貰って大喜びでした。




ねねのおんぶは
きもちいいね
ふわふわしてて
ふとんかけて寝ているみたい
ねねのおんぶ
たのしいな
ゆらゆらしてて
らくちんらくちん
ねねのおんぶ
あったかい
ぽかぽかしてて
おなかがゆたんぽみたい
おおきくなったら
わたしもおんぶしてあげるね
いい学校の基準はなんでしょうか?


知名度でしょうか?
偏差値が高い学校でしょうか?


行きたい学校に入れない人はいます。
自分は高校受験で希望した学校に入れませんでした。


大学受験でも1年浪人しました。
この学校に入りたいと思う動機はさまざまでしょう。


制服が気に入ったとか、友達が行くからとか、有名だからなど。
でも、本人にとって一番いい学校は
入学を許可してくれた学校なのです。


希望していたけど、試験に落ちてしまった学校は
その人にとっていい学校ではないのです。


有名な学校や偏差値が高い学校に
行きたがる人は多いです。


有名な学校に合格したと
まわりに自慢する事が出来るかもしれません。


親もそのような学校に入ってほしいと願います。
でも、本当にいい学校は有名な学校でも
偏差値が高い学校でもありません。


そこは入学を許可してくれなかった学校なのです。
知名度は高くないかもしれません。


偏差値も高くないかもしれません。
でも、入学を許可してくれました。


本人にとって、入学を許可してくれた学校が
一番いい学校なのです。
今回のテーマは「子供に同情する親」です。


子供と会うたびに
「お前はかわいそうだな」
と言う親がいます。


口癖のように
「お前はかわいそうだな」
と親から言われ続けた子供は、
明るく元気に生活することができるでしょうか?


「あれ、おれってそんなにかわいそうな人間なの?」
と子供は感じるでしょう。


憂鬱な気持ちで毎日を送ることになります。
決して、明るく元気に生活することはできません。


そして、いつの間にか本当に
「かわいそう」
と周りから同情されてしまうような人生を送る事になります。


一方、「お前は恵まれてるな」
と会うたびに子供に言う親がいます。


口癖のように
「お前は恵まれているな」
と言われ続けた子供は
「あれ、おれってそんなに恵まれた人間なの?」
と感じます。


そして、本当に
「いいな、あんなに恵まれた生活を送る事が出来て」
と周りから羨ましがられる人生を送る事になるでしょう。


親が子供に接するとき、
どのような言葉を言うかで子供の人生が変わってきます。


それほど、親が子供の心に与える影響は大きいのです。


そして、繰り返し親から言われ続けた言葉は
子供の潜在意識に刷り込まれていきます。


その潜在意識に刷り込まれた言葉が、
子供の人生に大きく影響を与えるのです。


あなたは、自分の子供に
「お前はかわいそうだな」


と人から言われる人生を送ってほしいですか?
それとも、
「お前は恵まれてるな」
と人から言われる人生を送ってほしいですか?
自分は、父からいろいろなことを干渉されて育ちました。
その干渉の1つに、大学に行くこと、というのがありました。


子供のころから「大学に行け」と、繰り返し言われ続け、
潜在意識にしっかりと情報が入りました。


「やりたいことがあるので大学に行く」ではなく
「大学に行かなければならない」という情報です。


父は、家が貧乏だったということもあり、
高校を卒業して就職しました。


しかし、大学に行きたいという思いがあり、
働きながら夜間大学(明治大学)に行きました。


もちろん、学費は父自身が支払いました。

父は、その大学に誇りを持ち、
また、勉強したかった事が学べたので、
とても満足だったようです。


自分の子供にはそのような苦学生活をさせたくない、
という思いがあったのでしょう。


小さいころこら、大学に行くことが絶対条件のように、
刷り込まれました。


大学に行かないと勘当されてしまう、
というような不安が漠然とありました。


大学に行くことは、ノルマでしかありませんでした。
潜在意識に刷り込まれた情報に従い、
大学進学以外の道を全く考えず、ノルマをクリアしました。


父は、子供を大学に行かせるだけのお金を用意しました。
そして、お金の不安がなく大学で勉強してほしい
というのが希望だったと思います。


しかし、自分は、大学で何かやりたいという目的がなく、
親のすねをかじりながら、ただ時間とお金を浪費する毎日でした。


今は、大学に全員入学できる時代です。
大学にわざわざ浪人までして行く人は極端に減りました。


大学に行くことがそんなに大切なことなのか、
社会的ステイタスなのか疑問です。


小学校しかでていないのに、納税額ランキング(長者番付)の上位に
何回もランクインしているような人(斎藤一人さん)もいます。


親が、自分の子供に大学に行くことを、
ただのノルマとして潜在意識にインプットすることは間違っている、
と20代のときは考えていました。


ただ時間とお金を浪費するだけなら、
はじめから潜在意識にインプットしないほうがいいと思ってました。


そんな情報を潜在意識に入れてくれた親を恨んだりしていました。


しかし、今は時間とお金を浪費することを
許してくれた親に感謝できるようになりました。


大学時代の数年間を全くの無駄としか考えていなかったのが、
今は、その数年間があったから今があるのだと
考えられるようになりました。


自分の子供には、大学に行けとは決して言いません。
しかし、子供のほうから、これをやりたいから大学に行きたい、
と行ってきたら、喜んでバックアップします。
娘は今まで、いろいろなお稽古に行っています。
ピアノにバレエ、劇団●○、幼児教室と休む暇がありません。


いろいろな経験をさせるのはいいことだと思います。
経済的に可能なら、どんどん体験させたほうがいいと思います。


しかし、バレエに行かなくなり、劇団○○も嫌になり、
やめてしまいました。


嫌になった理由がいろいろあると思いますが、
大人になって、振り返ったときにどう思うか、ちょっと気になります。


自分が小学の時に英語教室に通っていました。
家が貧乏だったのに無理して、親が英語教室に通わせました。



あるとき、父親がその英語教室のテスト結果を発見しました。
100点満点のテストでたったの5点しかとれませんでした。



限られた収入の中、何とかやりくりして、
子供を英語教室に通わせていたのに、たったの5点です。


その後、父親が言いました。
「英語教室が面白くないなら、もう行かなくていいぞ」


それ以来、英語教室に行くことはありませんでした。
時々思います。


あの時、やめずに続けていたらどうなっていただろうと。


やめた理由は、経済的な理由、
テスト結果を見た父親の失望感、などです。


しかし、あの時、父親がたまたま見つけたテスト結果だけで判断せず、
せっかく始めたんだから、ある程度続けるように誘導していたら、
また、違った人生があったかもしれません。


今、自分の子供の状況を見ていて、
いろいろ体験するのはいいのですが、
嫌になりやめてしまった後、どう思うの
か気になってしまいます。


どうしようもない親ばかです。
たとえば、バレエならバレエで1点集中で誰にも負けないと思えるほど、
上手になり、いろいろな大会でも表彰されるようになったとします。


すると、次の事が潜在意識に情報として入ります。
私は、バレエなら同年代のクラスのどの子より得意。


私は、バレエなら学校のどの子より得意。
私は、バレエなら住んでいる地区のどの子より得意。


一度、潜在意識に、「私はバレエが得意」、という情報が入ると、
他の何をやっても「私は、○○が得意」
という情報が入りやすくなるのではないでしょうか?


得意なのか、向いているのか、わからないうちにやめてしまうと、
「私は、○○が得意」という情報は決して、潜在意識に入りません。


どんな些細な事でもいいと思います。
私は、料理が得意でもいいと思います。


料理の中でも、パスタが得意、
パスタなら誰に食べてもらってもおいしいと絶賛される、とか。


あるいは、子供のオムツ替えが得意でも大丈夫です。
私は、どんなに下痢ピーのオムツでも、
嫌な顔せず、口角上げながら、オムツを替えることができます。


「自分は、オムツ替えが得意」と潜在意識にしっかり入っています。
就職活動の際、履歴書に「趣味はおむつ替えです」
と書いてしまったほどです。


このように、1度「自分は、オムツ替えが得意」
と潜在意識に入りますと、あとは簡単です。


「自分は、○○が得意」といった得意情報がどんどん入りやすくなります。


お稽古をはじめたら、仮にテストで
100点満点中たったの5点しかとれなくても、
ジャッジせず、「私は、これが得意」
と潜在意識に入るまで、続けてみてはいかがでしょうか?