母親の一言【私の内観#38】
こんにちは、斎藤宏幸です。
【私の内観】と題して過去の振り返りを配信していきます。
前回、薬害からの克服【私の内観#41】からの続きです。
大学を卒業した20代の頃、オウム信者から拉致されそうになりました。
当時、石川県にある工場で働いていた時のですが、たまたま知り合った友人から、「会わせたい人がいるので、一緒にいかないか?」と誘われました。
「いいよ」と返事して、彼の車に乗り込み、その人の所にむかいました。
道中、彼から話を聞くと、その会わせたい人と言うのは、ヨガをやっている、と言うので、もしかして、オウムじゃないよね?と冗談半分で聞きました。
なぜこの時、オウムの話をしたかと言うと、数年前に地下鉄サリン事件があり、オウム心理教について敏感になっていたからです。
すると彼は、「そうだ」、と正直に答えました。
彼は、続けて言いました。
「私は、家族がいるので、出家せずに在家信者として活動している。しかし、常に私の行動は、公安警察から監視されている。この車もそうだ。」と。
怖くなった自分は、「帰るから車から降ろしてくれ」、と頼みました。
しかし、彼は全くの無反応。
そのまま車を走らせていました。
しかたがないので、信号待ちしているときに車から降りて、そのまま歩いてアパートまで帰りました。
それから数日後、たまたま母親から電話があり、この件を話ました。
すると、母親は、「危ないから早く帰って来なさい」と。
親としては心配するでしょう。
何しろ、地下鉄サリン事件を起こした団体です。
その団体の信徒から拉致されそうになった、と息子から聞かされたわけですから。
その後、母親の言う通りに、仕事も辞めてアパートも引き払い、埼玉の実家に帰ることにしました。
そして実家に帰ると、母親に文句を言いました。
「何で、帰って来いと言ったんだ」と。
ん?
あなたは、疑問に思ったかもしれません。
確かに、母親から帰って来いと言われたので、帰ってきたわけです。
でも、それは自分で決めたこと。
母親に言われたからと言って、それに従う必要ありません。
それに、この時、すでに大学卒業した社会人だったわけでしから。
なのに、母親に文句を言ってしまったのです。
「何で、『早く帰って来なさい』、なんて言ったんだ!」と。
自分は、なんでも親のせいにしていたのです。
この時も、母親は何の反論もしませんでした。
息子から、どんな理不尽なことを言われようとも。
しかし、今振り返ってみると、あのまま石川県の工場で派遣社員として働いていても、自分のやりたい事が出来ただろうか?
と思います。
埼玉の実家に帰ってから、将来の目標として、税理士になろうと決めて、勉強をはじめました。
結果として、母親の一言が、自分の人生の目標を決めるきっかけになったわけです。
恐らく母親は、そこまで予測して『帰って来なさい』と言ったわけではないでしょう。
息子から電話で拉致されたと聞いて、条件反射的に言っただけかもしれません。
でも、その母親の一言が、大きく自分の運命を左右することになりました。
次回、心の底から親に感謝できるようになったきっかけ【私の内観#42】に続きます。


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