「イブ・サンローラン」
「イヴ・サンローラン」(Yves Saint Laurent - Pierre Bergé, l'amour fou 2010仏)
ちょっとタイミング逃し観にいけず気になってた作品。
「モードの帝王」ことイヴ・サンローラン、半世紀を公私ともにパートナーとして生きたピエール・ベルジェへのインタビューを元に、華やかな世界に生きたイヴ・サンローランの隠れた内面の真実、ピエール・ベルジェが語るイヴとの愛や生活、財を築いた二人が収集した絵画・骨董をイヴなき後、クリスティーズにて競売にかけるまでの動向について語られるドキュメンタリー映画。
物憂げなピアノの旋律にのり冒頭でサンローランが語る「引退会見」、このDVDのなかでサンローラン自身をここだけですべてを集約されているようで、以下は冒頭部分全抜粋。
「 お集まりの皆様、今日私は心からの想いをこめて重大な発表をいたします
私の人生及び職業に関することです
私は18歳でディオールのアシスタントになり21歳で後を継ぎました
そして1958年 最初のコレクションから成功に恵まれました
あれから44年が経とうとしています
以来ずっと仕事にすべてを捧げていきてきました
誇りに思います 世界中の女性がパンタロンスーツやスモーキング、
ショートコートトレンチをきています
私は現代女性のワードロープを創造し時代を変革する流れに参加したのです
うぬぼれるようですが私は昔からかたく信じていました
ファッションショーは女性を美しく見せるだけではなく
女性の不安を取り除き自信と自分を主張する強さを与えるものです
人は生きるためとらえがたい"美"を必要とします
私はそれを追い求めとらえようと苦しみ苦悩にさいなまれ地獄をさまよいました
恐れや耐えがたい孤独に怯え精神安定剤や麻薬に頼ったこともあります
神経症に陥り厚生施設に入ったことも
でもある日 迷いから目覚めて立ち直ることができました
プルーストは書いています
"極度に神経質な 痛ましくも すばらしい一族に属する"と
望んだ"一族"ではないですが そのおかげで私は"創造の天国"に昇れたのです
ランボーがいう "火をおこす者たち"と接し自らを見いだし 知りました
人生で最も大切な出会いは 自分自身と出会うことなのだと
しかしながら 私は今日心から愛したこの職業に別れを告げます 」
ものすごく深い何かが存在してたようなコメントだよね。
邦題からだと勘違い起こすけど、オリジナルは下のフライヤーで下のもので、タイトルもYves Saint Laurent - Pierre Bergé, l'amour fou「イヴ・サンローラン、ピエール・ベルジェ 狂おしい愛」(たぶん)とイヴに対するピエールの愛の深さ多く語られる。
途中、ピエールへのインタビューで、イヴの夜遊びにショックとジェラシーで何度か家出したとか、その家出先が元のとこから目と鼻の先だったとかちょっとほほえましい部分もあり。
半世紀かけて二人で収集したアートコレクションの数は相当なもので初めて聞くアーティストも多々あり、
サンローランの代表作でもある「モンドリアン」のイマジネーションであるピエト・モンドリアンや、アンリ・マチス、ゴヤの絵画やモディリアーニ、ブランクーシなどなどそれはそれはすごいコレクション733点、で総額460億円で落札され、そのすべてはエイズ治療を研究するイヴ・サン=ローランとピエール・ベルジェ基金へ寄付されたそうだ。
ルーブル美術館に寄贈されたゴヤの「青い服の子供」が今、日本にやってきてるんだって。
ミュージアムラボ
これは大日本印刷が協賛なんだね、バブリー時代ゴッホの「ひまわり」を高額で落札したあの会長のいる会社だよね、ま、メセナ活動か。。
最後になんだけどイヴ・サンローランがゲイだってこれ観てはじめて知ってちょっと驚いた。これほどの著名な人なら耳に入ってきてもよさそうだけどね。パートナーっていろんな意味があるからね。。。
「アーティスト」
「アーティスト」(The Artist 2011仏)
メランコリアの余韻を引っ張ったわけじゃないけど・・・
一ヶ月ぶりの更新・・・ありえないね(・・;)
今年のアカデミー賞、作品・監督・主演男優、他と5部門受賞した作品
なのだけど公開第1週の日曜レイト1本前で観客5人・・・ありえねー
興行は苦戦してると聞いてたけどここまでとは・・・寂しい観客席
映画界、1920年台後半。
サイレントからトーキーに移るバックグラウンドで、サイレントで名声を博した俳優ジョージ・ヴァレンティン、トーキーに移る時代にデビューした新人女優ペピー・ミラー。
ヴァレンティンとのちょっとしたハプニングから翌日タブロイド紙の一面に「この女の子は誰?」と飾ったペピー、エキストラのオーディションを受けにきたとき、現場に居合わせた初老の男性に「どう?これ私よ」と自慢する。 この男性はマルコム・マクダウェル、のちのちオマージュシーンが、あの映画の。。^^
オーディションに受かり映画の世界に入ったペピー、憧れ?恋心?から興味本位で合間にヴァレンティンの楽屋に入り込みタキシードで妄想を抱くがそこへジョージが戻る。慌てるペピーを見て「顔に何か特徴があったほうがいい」とアイライナーで付け黒子を描きそこからペピーに幸運が舞い降りる
観客の関心もすっかりトーキーとペピーに移る。それでもサイレントに誇りを感じるジョージは、「サイレントこそ芸術。私は芸術家だ」と私財を投じてサイレント映画を製作するが大コケ、妻から愛想をつかされ家を追い出されてしまう。傍らにはいつも愛犬アギーが。。。
すっかり立場が入れ替わったジョージとペピー、どこかで心を通わせる2人に幸せはやってくるのだろうか?
サイレント映画からトーキーに代わるご時世を、本来トーキーなので声、音で表現したい部分をとことんサイレント映画で観せるところがユニーク。途中、トーキーの試作を観たジョージが先行きの不安にかられた表情の瞬間、飲み干したウィスキーグラスをテーブルに戻した瞬間「コンッ」って音が響き、同時にアギーの吼える声や鳴り響く電話音で「瞬間トーキー」になる部分も面白い。
エンディング、最後に一言ジョージは発する声は甲高かった。。ちょっと「あれっ?」と思って終了後プログラムを観ると、ジョージのモデルはダグラス・フェアバンクスなんだって。この人はトーキーに変わってからその甲高い声により人気が急落したんだと。ベッカムばりの声なのかなf^_^;
サイレントとはいえストーリー展開もテンポ良く、ラストはこう「落ちがあるんだ」となっとくのハッピーエンド。
これって3DやCG時代が席巻している映画界に「こんなのもありでしょ」と強烈に提言できた、本当におもしろい、主人公の二人も抜群に良くて、サイレントだからこそ、スクリーンでその表現を感じてもらいたい、そんな映画でした。
これがサイレントの
「メランコリア」
「メランコリア」(Melancholia 2011デンマーク)
ラース・フォン・トリアーが鬱病にかかり、医者の所見をヒントにリハビリのために書いた本を映像化したもの。
フォン・トリアー曰く、「憂鬱は、ある意味恋に落ちるのと同じような甘い痛み。」だそうだ。
実際に経験したことないから想像するしかないのだけど。
メランコリア、惑星。
それが地球に再接近する軌道、研究者たちの「衝突」「離脱」と見解真っ二つの中、「最後」の行動に移る・・・
映画の冒頭、この終末をイマジネーションした「絵画」のようなショット、ものすごく美しい。。
説明はおのおのに任せるといわんばかりに投げられた「詩的な世界観」。
映画は鬱を患う妹ジャスティンとそんな妹を振り回されながらも見守る姉クレアの姉妹、1部がジャスティン、2部がクレアの構成で、姉妹の周りの人たちが「終末」を迎えるそれぞれ人間模様。
鬱のジャスティン、自身の結婚式というイベントでもいろいろやらかしてしまい夫候補からも見放されてしまう、「メランコリア」が近づくにつれ安定を取り戻す「ジャスティン」、メランコリアから届く光につれられるように森に入り泉のほとりで全裸になり横たわる、光と幸せそうに戯れるジャスティンの表情、ここで「メランコリック」から解放され2部クレアに入る。
「終末」は避けられると思い込んでいたクレア、息子が作った針金の輪を胸の位置に固定しメランコリアの外形にアジャストする、時間が過ぎた後また輪をメランコリアに向ける。輪に中の「メランコリア」が小さくなっていけばそれは衝突が回避されたということ。「終末」は避けられると思い込んでいたクレアは惑星「メランコリア」が近づくにつれ疑心に取り付かれて乱していく。
映画が終わってまず感じたのは「陶酔感」。140分、すっかり酔ってました。すごいです、この映画。
この映画、「誘われて」とか「時間的暇つぶしに」とかの目的で鑑賞は、まったく退屈しシートで眠りにつくこと請合う。もちろん、それぞれ意見・スタイルがあるのも映画の醍醐味。
「観たくて」とか「観たくて観たくて」とかきっちり前情報仕入れるか、フォン・トリアーが好きという人であれば140分は至高な時になるでしょう。きっちり感想が分かれる、そんな映画です。












