「メランコリア」 | 椅子車じゃおかしいですか?

「メランコリア」



「メランコリア」(Melancholia 2011デンマーク)



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ラース・フォン・トリアーが鬱病にかかり、医者の所見をヒントにリハビリのために書いた本を映像化したもの。

フォン・トリアー曰く、「憂鬱は、ある意味恋に落ちるのと同じような甘い痛み。」だそうだ。
実際に経験したことないから想像するしかないのだけど。



メランコリア、惑星。
それが地球に再接近する軌道、研究者たちの「衝突」「離脱」と見解真っ二つの中、「最後」の行動に移る・・・
映画の冒頭、この終末をイマジネーションした「絵画」のようなショット、ものすごく美しい。。
説明はおのおのに任せるといわんばかりに投げられた「詩的な世界観」。






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映画は鬱を患う妹ジャスティンとそんな妹を振り回されながらも見守る姉クレアの姉妹、1部がジャスティン、2部がクレアの構成で、姉妹の周りの人たちが「終末」を迎えるそれぞれ人間模様。

鬱のジャスティン、自身の結婚式というイベントでもいろいろやらかしてしまい夫候補からも見放されてしまう、「メランコリア」が近づくにつれ安定を取り戻す「ジャスティン」、メランコリアから届く光につれられるように森に入り泉のほとりで全裸になり横たわる、光と幸せそうに戯れるジャスティンの表情、ここで「メランコリック」から解放され2部クレアに入る。

「終末」は避けられると思い込んでいたクレア、息子が作った針金の輪を胸の位置に固定しメランコリアの外形にアジャストする、時間が過ぎた後また輪をメランコリアに向ける。輪に中の「メランコリア」が小さくなっていけばそれは衝突が回避されたということ。「終末」は避けられると思い込んでいたクレアは惑星「メランコリア」が近づくにつれ疑心に取り付かれて乱していく。


映画が終わってまず感じたのは「陶酔感」。140分、すっかり酔ってました。すごいです、この映画。



この映画、「誘われて」とか「時間的暇つぶしに」とかの目的で鑑賞は、まったく退屈しシートで眠りにつくこと請合う。もちろん、それぞれ意見・スタイルがあるのも映画の醍醐味。


「観たくて」とか「観たくて観たくて」とかきっちり前情報仕入れるか、フォン・トリアーが好きという人であれば140分は至高な時になるでしょう。きっちり感想が分かれる、そんな映画です。




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