“お約束” の焼肉 1991 Spring (6)
話は前後して初日の夜。
“あいのりワゴン” が走り去った後、僕はホテルの自室で市内電話をかけた。
今回の訪韓の目的は二つある。
一つはソウルに駐在している会社の先輩を訪ねること。
そしてもう一つは、最近ともだちになったばかりの韓国人(女子)を訪ねること。
まずは会社の先輩を訪ねなければならない。
僕が勤めていた会社の韓国事務所は、景福宮からほど近いビルの中にあった。
先輩ももう仕事を終え、挨拶もそこそこに夜の街へ繰り出すことになった。
まずは食事。
やっぱり韓国来たなら焼肉っしょ。
先輩行きつけのカルビ屋で、はじめての韓国の味を堪能した。
(カルビの写真。これはタレに付け込んであるタイプの「ヤンニョムカルビ」。味付けなしは生カルビ=「センカルビ」という)
え???
キムチもナムルもサンチュもタダなの??
え???
肉はハサミで切るの??
え???
従業員さんが全部やってくれるの??
初めて韓国へ行った人なら誰もが感動するこんなことに、僕も感動しつつ、ずうずうしくおかわりをするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レストランや食堂で水を頼む時、韓国語では「ムル ジュセヨ」といいます。
「ムル」は韓国語で水。「ジュセヨ」は「ください」
今でこそミネラルウオーターや浄水器が普及し、「ムル ジュセヨ」と言えば、ポットに入った冷たい水が出てきます。
しかし当時、ソウルの水事情はすこぶる悪く、「ムル ジュセヨ」と言うと出てくるのは、薄くてぬる~い麦茶でした。
麦茶なのに「ムル」と言っていたのです。
今でも時々「ムル ジュセヨ」と頼むと、ぬる~い麦茶が出てくる食堂があります。
そんな食堂に出会うと、古き良きソウルの情緒を感じ、懐かしくなるのです。
3日後、結果は・・・1991 Spring (5)
その後、Kさんたちはどうなったか。
翌朝、朝食を食べようとホテルのレストランへ下りていくと、そこにKさんの姿が。
そして向かいには、一晩を共にしたと思われる女性が。
(決して “女の子”ではない。当時23歳の僕には女の子には見えなかった。でも実際は20代後半か)
ケバい。 とにかくケバい。
でもKさん楽しそう。
少しお疲れ気味? かな???
結局Kさん、翌日もちがう女性と朝食を食べていた。
・・・と、いうことは、
10万円 ![]()
ですかあああっ。
さすがバブルの国から来た紳士、 もとい、 戦士。
膨れ上がる貿易黒字を解消しようと、体を張って戦っていたのであった・・・
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
当時、韓国のホテルで朝食を食べていると、このような光景をよく目にしました。
おじさんと、そして妙にケバい女の子のカップル。
けだるそーな感じが、何ともいえない雰囲気を醸し出していました。
僕は最近ホテルで朝食を食べていませんが、今でもきっと同じ光景が繰り広げられているのでしょう。
あいのりワゴンは行く 1991 Spring (4)
みんな一気にやる気まんまん・・・
「え、選べるの? 女の子選べるの??」
名古屋から参加のKさん(仮名)、早くも臨戦態勢に突入した。
仲間3人と初めての韓国旅行。
夜の お・買・い・も・の が目的ではあったが、どこでどうすればいいか分からない。
そりゃそうだ。
当時はインターネットもなかったのだ・・・
そんなときに、思いがけないお誘いのお話。
しかもわが国最大手の一流旅行会社のツアー。
これは信頼できる
(そういう問題かっ)
たちまち参加希望者が集まり、というか、僕以外は全員参加となり、バスの中で1万円を集金するガイドのおばさん。
「あなたは行かないのですか?」
「はい、僕は友達と会う約束をしているので・・・」
(本当の話です)
こうして午後5時、ソウルのホテルに僕だけを残し “あいのりワゴン”は、走り去ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここまでお読みになった女性のみなさま(もしくは男性のみなさまも)、不快な思いをされたらお許しください。
でもこれが1991年当時の韓国ツアーの現実なのです。
当時はまだ軍事政権の時代。
韓国は女性が気軽に旅行できる国ではありませんでした。
エステもありません。ヨン様もいません。東方神起もいません。そして「るるぶ」もありません。
僕はそんな時代から韓国社会の変化を見続けてきました。
あれから18年、韓国社会の変化は目を見張るものがあり、当時とは隔世の感があります。
あのころを知る僕としては、ただただ感慨深いのです。
あいのりワゴンは行く 1991 Spring (3)
総勢12人を乗せたマイクロバスは、一路ソウルへ漢江沿いを爆走する。
3年前にオリンピックを成功させたとはいえ、まだまだ途上国に毛が生えた程度の当時の韓国。
漢江沿いの道路もいたるところが工事中だった。
そんな “あいのりワゴン”の中、ひとしきりツアーの説明をしていたガイドさん(推定年齢45歳、女性)が、
「ところで、みなさん・・・」
と切り出した。
「今夜の予定はもう決まっていますか? もしよろしければ、韓国式の宮廷料理はいかがですか?」
宮廷料理? 韓定食?
あの「チャングム」が放送される10年以上前、そんなもの知っているおじさんがいるわけがない。
ましてそんなものに興味があるわけがない。
でもね・・・
「みなさんで宴会をして、そのあと女の子がホテルの部屋に行きます。宴会が1万円、女の子が3万円、チップが1万円。合計5万円です。 あ、朝ごはんも食べさせてあげてくださいね」
ガイドのおばさん、さらっと言いました。
居眠りしてたら、聞き逃すくらい、さらっと言いました。
まじ?
これって、つまり・・・
夜の お・買・い・も・の ![]()
![]()
いいのか?
わが国最大手の、あの一流旅行会社のツアーだぞ。
いいのか?
斡旋しているのは女性ガイドだぞ。
いいのか?
反日感情うずまく韓国だぞ。
いいのか?
僕お金ないぞ。
・・・・と、心の中で疑問を持ったのは12人中、僕だけ。
あとの11人は、とたんに目の色が変わってしまったのだった。
(つづく)
GIMPO, 1991 Spring (2)
3時間のフライトの後、金浦空港に着陸した。
当時、まだインチョン空港はなく、ソウルの玄関は金浦空港だった。
今回の旅行は、わが国最大手の旅行会社のパックツアーを利用。
名古屋、広島からのツアーと合流し、1台の送迎バスで市内へ向かう。
各地から参加したツアー客は、年のころ40-50代のおじさんばっかり。
今でこそ韓国は、女性がエステだショッピングだヨン様だと気軽に旅行することができる.。
しかし当時は女性が韓国を旅行するなんて考えられなかった時代だ。
参加したおじさんたちの目的はただ一つ。
買い物である。
買い物。
そう、お買い物。
免税店でお買い物。 南大門市場でお買い物。 梨泰院でお買い物。
そして、夜の お・買・い・も・の ![]()
そんな期待に胸を膨らませているおじさまたちの中、場違いな貧乏青年が一人。
バスは一路ソウルへ。
そしてこのバスの中で、早くもカルチャーショックを受けることになる。

