さらば束草
こうして僕の束草への旅は終わった。
たくさんのことを学んだ。
多くの人々に出会った。
そしてやり残したこと、思い残したこともたくさんあった。
北朝鮮を望む「統一展望台」には、時間の関係で行くことができなかった。
京東大学の学生たちとも、ゆっくり交流することができなかった。
宿泊したグッドモーニングホテルの地下にあるルームサロンは・・・・まあ、どうでもいいか![]()
詳しくはこちら↓
http://ameblo.jp/hirofkz/entry-10347228346.html
今回は江原道について、まず知ることから始めようということで来てみた。
これからもっともっと深いことを学ぼうと思う。
さらば束草、必ずまた来る![]()
思いを胸に帰りのバスに乗り込んだのであった。
束草旅行記、これにて終了~
別れの朝・・・束草の旅・最終編
1泊2日の束草への旅。
今回お世話になった京東大学の教授夫妻と最後の朝ごはんを食べた。
行ったところは金英愛ハルモニスンドゥブ↓
チョー有名な店らしく、日本に帰ってきて「地球の歩き方」を見たら、それにも載っていた。
束草は海辺の町なので、古来より良質の塩が取れた。
塩が取れるということは、ニガリも取れるというわけで、昔から束草は豆腐の名産地だったそうだ。
この店にはメニューがない。
あるのは「スンドゥブ定食」1種類のみ。(スンドゥブチゲではありません。スンドゥブです。白いです)
豆腐とご飯、そしてキムチ。
これだけなのである。
なのにおいしいのである。
二日酔いだったから、なおさらなのである。
朝から人々が並んでまで食べるだけのことはある。
最後にまた、おいしい(?)思い出ができたのであった。
束草市立博物館
再び束草に戻って、市立博物館に足を運んでみた。
韓国の石器時代からの歴史、考古学資料、そして束草ならではの「失郷民」資料館などが併設されている。
こんな田舎なのに、その展示内容は一級品だ。
案内してくれた京東大学の教授が、「すばらしい展示。ぜひ学生を連れてきたい」と唸っていた。
そんな博物館の一角に「渤海歴史館」がある。
中国東北部には、かつて「渤海」という国があった。
さらにその昔は「高句麗」の支配地域だった。
中国が「東北工程」政策によって、高句麗を中国の国家としてとらえ、高句麗史を自国の歴史に編入しようとしていることは以前にも書いた↓
http://ameblo.jp/hirofkz/entry-10280266346.html
それに対抗するように(?)、ここでは逆に「渤海」を韓国(朝鮮)の国家としてとらえ、展示を行っている。
まあ、事の是非はともかく、内容はすばらしい考古学資料だった。
古代、中世には近代的な「国家」の概念がなかったわけで、やれ「高句麗は中国だ」とか、やれ「渤海は朝鮮だ」とかいうのは、あまり意味のないことのように思うのは僕だけだろうか・・・・






