『長谷川穂積-ママチャリ乗る王者-』
2005年12月20日 東京新聞夕刊「スポーツが呼んでいる」
そんなやつ、おらへんやろう。
往生しまっせ。
迫力と腕力のまざったみたいなギャグでおなじみ、漫才の大木こだま・ひびきが、17日、第34回上方お笑い大賞に輝いた。
実力者がそれにふさわしい評価を得ると安心する。
芸能、そしてスポーツ、そんな当然が当然でなくなりつつあるからだ。
主催者やスポンサーの経済的な都合により「まともな見方(地味だけど力がある)」や「素朴な疑問(なんで、この人)」は排除されがちである。
上方お笑い大賞発表の前日には、本年のボクシング表彰選手選考会が開かれ、プロ最優秀選手はWBC(世界ボクシング評議会)バンタム級チャンピオンの長谷川穂積(千里馬神戸)が初受賞した。
忘れもしない4月16日の日本武道館、タイ国の高い塔のごとき王者、そこまで7年もタイトルを守り抜いたウィラポン・ナコンルアンプロモーションに文句なしの判定勝利を収めた。
「文句なし」なんて書くと公正を欠くみたいだが、試合後、新王者を取材していたらバンコクからやってきた同業者に聞かれた。
「ハセガワは急速に成長していた。なぜだ」
ボクシングに「微妙な判定」は付き物だ。
それなのにタイの記者すら素直だったのは、巨象を前にも勇猛をなくさなかった挑戦者の実力ゆえだ。
打って動く鉄則を守りつづけつつ、打って逃げはしなかった。36歳のウィラポンは、12歳年少の若者がポイント先行を意識して前へ出るのをやめる瞬間を待っていた。
長谷川穂積の所属する神戸のジムは、いわゆる大手ではない。
千里馬啓徳会長は、かつて在日コリアンである事実を公言しながら日本ミドル級王座を得た。
ひょうひょうとした口調で世界文明の流れをいきなり語り始めて取材者をケムに巻く…のかと思ったら、本人は大マジメだったりする。
山下正人トレーナーは元兵庫県警捜査四課で暴力団を担当、独学でボクシング指導法を会得した。
テレビ局の手厚いサポートもなく、地味で地道な選手育成と興行を積み重ね、不意のように才能は飛び出した。
ウィラポンを倒した直後、会長に確かめた。初めて新チャンピオンに会った時、何か普通とは違う将来性を感じましたか。
「そんなはずないでしょう。ピアスにジーパンずり下げてスケートボードに乗ってきて」。
それから笑いもせず続けるのだった。
「でもスケートボードに乗ってきたということはバランスがよかったんでしょうね」
本人も、また、これほどの快挙を遂げながら肩に力の入ったところはない。
先日もこんなことがあった。
雑誌の企画で、WBC世界スーパーフライ級王者の徳山昌守とレストランで対談した。
すぐにシェフが現われて「徳山さん、ここにサインを」とコック服の胸を突き出す。
ややあって「長谷川さんも」。
タイトル14度防衛のボクシング史上の人物を破った青年は言った。
「僕もいいんですか」
長谷川穂積、先月末まで時計店で働き、後回しのサインにもなお謙虚で、「ママさん自転車」でジムへ通い、惑星で最高級の左カウンターの感覚を持ち、たまに上京すると東京の担当記者に「一応、報告しとこうと思って」と自分から電話をかける。
そんなやつ、いたのである。
『故山田重雄氏-情熱 理論 異才の人-』
2006年8月1日東京新聞夕刊「スポーツが呼んでいる」
表紙の写真は軽やかだ。
胴上げに舞う監督の晴れ姿。
「金メダル1本道」のタイトルが躍っている。
11年前、東京・早稲田の古書店で見つけた。
500円だった。
著者、山田重雄。
1998年に66歳で死去した女子バレーボールの名将である。
76年のモントリオール五輪金メダル獲得の直後に講談社から出版された。
この1冊、優勝記念の痛快な「成功話」のはずなのに、重く、ねっとりとまつわりついてくる。
全編を特異な人物の特異な感受性が貫くのだ。
たとえば実母の死の描写。
静岡に育った小学3年の時、母が高熱に襲われた。
近所の人が「カタツムリを手ぬぐいで包んで冷やすのがいい」と話すのを聞いた重雄少年は、裏山へ走る。
100匹近くつかまえて家へ戻ると、既に帰らぬ人となっていた。
「そばにいてあげることが、母にとって一番いいことだったんだなあと悔いた」。
この経験が「いかに、その人のために長く時間をさくか。そして一緒にいるか。それが、その人に対する愛情の深さなのだ」という後年の「愛情哲学」へとつながる…。
中学でバレーを始め、静岡・藤枝東高校へ進むと、新人でレギュラーの座を確保する。
だが強豪になかなか勝てない。
「私のような身長の低い者を起用しているからだ」。
そう自分で考え、長身の後輩が入学するや「大型化こそ強化の早道。彼らを使ってください」と言い残して部を去る。
その後、チームは躍進。
のちの五輪優勝監督は書く。
「私の推察能力もまんざらではない-自信を深めたのは言うまでもない」。
大学在学中に「履歴書10数通を書いて」東京・八王子の公立中学の押しかけコーチとなり、校務員室に寝泊りしながら東京大会優勝を飾る。
練習を眺めていた地元旧家の女性の養子となり、卒業を迎え「履歴書50通を書いて」当時の市立三鷹高校に教職を得て全国制覇を果たす。
結婚についての一節も変わっている。
妻の第一条件は「歌の上手な人」。
自分の家系が「歌がへたで年中恥をかいていたので子供のことを考えると」と冗談ではなく大まじめに記している。
日本国内では、晩年のスキャンダルの印象も強く、しだいに小声で語られる対象とされた。
だが少なくともコートの上、その周辺での指導能力は際立っていた。
映像や分析のテクノロジーの発達していない時代、宿敵ソ連の個人別のスパイク・コースを人力でデータ化した。
その調査用紙は「20万枚に達した」と前掲書にはある。
情熱、理論、そしてカリスマ性。
大衆演劇の座長みたいな風ぼうから繰り出される独特な言葉は、多感な選手の内面へみるみる入り込んだ。
「たとえ方法は間違っていても、信じて行えば、やがてそれが正しい方法になる」。
それでいて二者択一を迫られれば「両方に最大限の努力を払ってから決定する」。
大胆かつ慎重だった。
このほど、故山田重雄の米国マサチューセッツ州ホリヨークにあるバレー殿堂入りが決まった。
日本リーグで18回優勝するなど、圧倒的な指導実績が認められた。
虚をも実とさせる強烈な意思は、女子バレーという世界を制圧した。
神でも仏でもあるまい。
ただネットをはさんで向こうのベンチにいたら最もおそろしい人物だった。
2006年8月1日東京新聞夕刊「スポーツが呼んでいる」
表紙の写真は軽やかだ。
胴上げに舞う監督の晴れ姿。
「金メダル1本道」のタイトルが躍っている。
11年前、東京・早稲田の古書店で見つけた。
500円だった。
著者、山田重雄。
1998年に66歳で死去した女子バレーボールの名将である。
76年のモントリオール五輪金メダル獲得の直後に講談社から出版された。
この1冊、優勝記念の痛快な「成功話」のはずなのに、重く、ねっとりとまつわりついてくる。
全編を特異な人物の特異な感受性が貫くのだ。
たとえば実母の死の描写。
静岡に育った小学3年の時、母が高熱に襲われた。
近所の人が「カタツムリを手ぬぐいで包んで冷やすのがいい」と話すのを聞いた重雄少年は、裏山へ走る。
100匹近くつかまえて家へ戻ると、既に帰らぬ人となっていた。
「そばにいてあげることが、母にとって一番いいことだったんだなあと悔いた」。
この経験が「いかに、その人のために長く時間をさくか。そして一緒にいるか。それが、その人に対する愛情の深さなのだ」という後年の「愛情哲学」へとつながる…。
中学でバレーを始め、静岡・藤枝東高校へ進むと、新人でレギュラーの座を確保する。
だが強豪になかなか勝てない。
「私のような身長の低い者を起用しているからだ」。
そう自分で考え、長身の後輩が入学するや「大型化こそ強化の早道。彼らを使ってください」と言い残して部を去る。
その後、チームは躍進。
のちの五輪優勝監督は書く。
「私の推察能力もまんざらではない-自信を深めたのは言うまでもない」。
大学在学中に「履歴書10数通を書いて」東京・八王子の公立中学の押しかけコーチとなり、校務員室に寝泊りしながら東京大会優勝を飾る。
練習を眺めていた地元旧家の女性の養子となり、卒業を迎え「履歴書50通を書いて」当時の市立三鷹高校に教職を得て全国制覇を果たす。
結婚についての一節も変わっている。
妻の第一条件は「歌の上手な人」。
自分の家系が「歌がへたで年中恥をかいていたので子供のことを考えると」と冗談ではなく大まじめに記している。
日本国内では、晩年のスキャンダルの印象も強く、しだいに小声で語られる対象とされた。
だが少なくともコートの上、その周辺での指導能力は際立っていた。
映像や分析のテクノロジーの発達していない時代、宿敵ソ連の個人別のスパイク・コースを人力でデータ化した。
その調査用紙は「20万枚に達した」と前掲書にはある。
情熱、理論、そしてカリスマ性。
大衆演劇の座長みたいな風ぼうから繰り出される独特な言葉は、多感な選手の内面へみるみる入り込んだ。
「たとえ方法は間違っていても、信じて行えば、やがてそれが正しい方法になる」。
それでいて二者択一を迫られれば「両方に最大限の努力を払ってから決定する」。
大胆かつ慎重だった。
このほど、故山田重雄の米国マサチューセッツ州ホリヨークにあるバレー殿堂入りが決まった。
日本リーグで18回優勝するなど、圧倒的な指導実績が認められた。
虚をも実とさせる強烈な意思は、女子バレーという世界を制圧した。
神でも仏でもあるまい。
ただネットをはさんで向こうのベンチにいたら最もおそろしい人物だった。
『阪神優勝-大絶叫の中、静かな喜び-』
2005年10月4日東京新聞(夕刊)「スポーツが呼んでいる」
装甲車。水質検査。入院。
以上の言葉を用いて野球を題材にした作文をしなさい。
なんて、なんだかスポーツ新聞の入社試験のようだけれど、大阪の夜、この順番で野球談義が始まった。
9月29日。東心斎橋。
個人的に好きでたまらぬ立ち飲み酒場の短いカウンターでの出来事である。
神戸での取材の帰りに迷わずここを目指した。
ワインにウィスキー、各種焼酎、目配りのきいたラインアップは、きわめて良心的な価格で提供される。
「あて(つまみ)」がまたよい。
大阪で最高のスパゲティサラダが200円。
揚げたニンニクのチップもたまらない牛肉たたきは250円。
おかしなことばかりの日本列島における小さな奇跡だ。
アルコールを静かに楽しみたい者が集う。
もちろんテレビなんか置いてない。
阪神タイガース、あと少しでセ・リーグ制覇の時間、それでも野球の「や」の字もない。
ないはずだった。
ところがタイガースは、いきなり入り込んできた。
道を隔てた大型の居酒屋から「あと一人」コールが聞こえてくる。
カウンターの隣の背の高い紳士が言う。
「ふふ。決まりですか」。
若く無口なはずの主人は「戎橋、大変や。なんでも警察の装甲車みたいなの出てるらしい。川に絶対に飛び込ませないようにと」。
紳士。「あそこら、水が汚いでしょう」。
主人。「水質検査の結果、ひどかったそうです」。
紳士。「2年前に飛び込んで、まだ入院中の人間もいるのだとか」
そのうち居酒屋のコールが「あと一球」に変わった。
歓声。沈黙。
紳士のつぶやき。「これ、ファウルやね」。
ついで大歓声。「いまのは低い外野フライ」。
そのうち例の応援歌がとどろいた。
そして異変は生じた。
あの落ち着いた主人が意を決して切り出したのだ。
「申し訳ありません。少しだけラジオを」哀しげなブルースの旋律は消え、岡田彰布監督のうれしいのに寂しそうな声のインタビューが始まる。
酒場の紳士が言った。
「この人、2軍監督でも案外に勝ってる」
主人がうなずく。
「あれでシンは強い」
心なしか早口になっている。
好きだったんだ。
野球が。
いやタイガースが。
目はひょっとしてワインのロゼ色かな。
こちらアイルランドの黒ビールをおかわりしたいけれどスポーツライターの礼儀として待つ。
そこへ新しい客が入ってくる。
どうやらレギュラー(常連)らしい。
「子供が叫んでます。阪神、優勝って」
主人の返事がよかった。
「叫ぶでしょう。子供」
巨人、死して、トラ、ほえる。
以下、紳士の本音。
「ま、巨人戦で優勝、うまく運びましたな」
帰り際、気がついた。
ワイン用冷蔵庫の横側にタイガースの帽子をかぶった人物のイラストがはってある。
誰だ。
暗くて見えない。
見えないように顔の半分は酒の棚に隠れている。
ヌードで道頓堀川へジャンプしたい若者よ。
本物の愛とはこういうふうに表現するのだよ。
阪神に追いすがった球団の支持者は大阪発の報告を許してほしい。
来年のいまごろは名古屋のどこかで「その時」を待てればとも思う。
2005年10月4日東京新聞(夕刊)「スポーツが呼んでいる」
装甲車。水質検査。入院。
以上の言葉を用いて野球を題材にした作文をしなさい。
なんて、なんだかスポーツ新聞の入社試験のようだけれど、大阪の夜、この順番で野球談義が始まった。
9月29日。東心斎橋。
個人的に好きでたまらぬ立ち飲み酒場の短いカウンターでの出来事である。
神戸での取材の帰りに迷わずここを目指した。
ワインにウィスキー、各種焼酎、目配りのきいたラインアップは、きわめて良心的な価格で提供される。
「あて(つまみ)」がまたよい。
大阪で最高のスパゲティサラダが200円。
揚げたニンニクのチップもたまらない牛肉たたきは250円。
おかしなことばかりの日本列島における小さな奇跡だ。
アルコールを静かに楽しみたい者が集う。
もちろんテレビなんか置いてない。
阪神タイガース、あと少しでセ・リーグ制覇の時間、それでも野球の「や」の字もない。
ないはずだった。
ところがタイガースは、いきなり入り込んできた。
道を隔てた大型の居酒屋から「あと一人」コールが聞こえてくる。
カウンターの隣の背の高い紳士が言う。
「ふふ。決まりですか」。
若く無口なはずの主人は「戎橋、大変や。なんでも警察の装甲車みたいなの出てるらしい。川に絶対に飛び込ませないようにと」。
紳士。「あそこら、水が汚いでしょう」。
主人。「水質検査の結果、ひどかったそうです」。
紳士。「2年前に飛び込んで、まだ入院中の人間もいるのだとか」
そのうち居酒屋のコールが「あと一球」に変わった。
歓声。沈黙。
紳士のつぶやき。「これ、ファウルやね」。
ついで大歓声。「いまのは低い外野フライ」。
そのうち例の応援歌がとどろいた。
そして異変は生じた。
あの落ち着いた主人が意を決して切り出したのだ。
「申し訳ありません。少しだけラジオを」哀しげなブルースの旋律は消え、岡田彰布監督のうれしいのに寂しそうな声のインタビューが始まる。
酒場の紳士が言った。
「この人、2軍監督でも案外に勝ってる」
主人がうなずく。
「あれでシンは強い」
心なしか早口になっている。
好きだったんだ。
野球が。
いやタイガースが。
目はひょっとしてワインのロゼ色かな。
こちらアイルランドの黒ビールをおかわりしたいけれどスポーツライターの礼儀として待つ。
そこへ新しい客が入ってくる。
どうやらレギュラー(常連)らしい。
「子供が叫んでます。阪神、優勝って」
主人の返事がよかった。
「叫ぶでしょう。子供」
巨人、死して、トラ、ほえる。
以下、紳士の本音。
「ま、巨人戦で優勝、うまく運びましたな」
帰り際、気がついた。
ワイン用冷蔵庫の横側にタイガースの帽子をかぶった人物のイラストがはってある。
誰だ。
暗くて見えない。
見えないように顔の半分は酒の棚に隠れている。
ヌードで道頓堀川へジャンプしたい若者よ。
本物の愛とはこういうふうに表現するのだよ。
阪神に追いすがった球団の支持者は大阪発の報告を許してほしい。
来年のいまごろは名古屋のどこかで「その時」を待てればとも思う。