ひろどんの歌声日詩♪ -27ページ目
『大差の接戦』

2004年2月 ワセダクラブ・コラム「楕円球は呼ぶ」Vol.5


 形容詞は腐敗する。

文筆にあたっての古くからの戒めである。

わかってはいる。でも頼りたくなる。

きらびやかだったり、奇抜だったりする形容に。

品よく、平易で、抑制の効いた文章は素敵だ。

間違いない。

自己主張とはたいがい醜いものなのだ。

だけど、それでは書いていて退屈を覚える。

そこで、実に非生産的な時間を費やして、世界のどこにも存在しない言い回しを考えたりする。

サッカーのベッカム、かの凄まじいアクセントの英語=酔っ払いがシンセサイザーをいじったみたいな。

隔靴掻痒=潜水服の背中を掻く。

強かったころの明治大学の巨漢ロックがラインアウトへゆっくりと向かう様子=夕暮れの道を銭湯へ向かうように。

そうした類の表現が思い浮かぶまで半時間も費やす。

しかし、先日の大学選手権決勝、とりわけ前半の40数分間は、あらゆる比喩を拒んだ。


 個人的にラジオの解説をさせてもらったのだが、しじゅう「厳しくて、いい試合ですね」と繰り返していたと思う。

なにしろ、厳しくて、いい試合だった。

技術の細部の未熟をピンセットでつまむのは簡単だ。

しかしラグビーとは技術によってのみ構成されているのではない。

練習で発揮できた技術を発揮できぬゆえの名勝負はありうる。未熟が露呈したからこその決闘かもしれないのである。


「早稲田の仕留めが拙い」。

終了後、そのまま記者室で取り組んだ専門誌報告記事に書いた。

ノーサイド告げる笛からしばらく過ぎたところで、職業ライターとして引っ張り出した技術評である。

しかし勝負のさなかには、実際、どうでもよかった。

どちらも、のびのび力を出せない重苦しさ、そんな美しさに酔いしれていた。

細部は避ける。

ともかく先発に4年生は3名、若き早稲田のシーズン最終局面、ついに体内の奥深くから噴出した誇り、そして最大級の抵抗と細密な研究にさらされ、なお「信」は揺るがぬ関東学院、その太い幹に敬意を捧げるほかない。

ラジオ解説者が言葉紡ぐ隙間はどこにも見当たらなかったのである。


 後半、かすかな防御のほころびと幾らかの運・不運により、表向きのスコアは開いた。

だが、2003年度の大学決勝は、スポーツライターには、接戦として刻まれた。当然、敗者の側には、下降傾向にあるフィットネスの再獲得、ひとつのパスやキック、タックルといった個別技術の習得、おおいなる課題は浮かんだ。

そんな事実を前提に、しかし得失点とは別の「接戦」の緊張は崩れなかった。

これ、新人の時に担当コーチを務めた身びいきだろうか。

川上力也がタックル直後にヘッドキャップのずれをさっと直す仕草、劣勢にも自信を保とうと何かを噛みしめる大田尾竜彦の蒼白の表情、「人間っていいなあ」と放送席の窓越しに涙腺が反応した。


 酒場で「早稲田劣勢だと黙ってましたね」とからかわれた。

違う。

しゃべると声がよれそうで、感情の波の過ぎるのを待っていたのだ。

忘れてはいけない。

関東学院の背番号12、河津賢太郎のなんべんでも防御を重ねる大股の脚の運びも、また青春の気高さを表しているみたいだった。

ことさら因果はないのに、こちらにも鼻先はつんとさせられた。


 元ラグビー記者が、ラグビーを愛する者の集うページに、以下の言葉を記したのでは、あまりに遊びがない。

でも記す。

ラグビーが消滅したら人類の悲劇だ。

なんと表現するのか、つまり、厳しくて、いい試合だった

『アンデスの聖餐』

2005年3月 ワセダクラブ・コラム「楕円球は呼ぶ」Vol.20


 日本代表は4月16日にウルグアイ代表と対戦する。

人口340万弱、競技者数は約5千。

「ロス・テロス」(代表の愛称)には、貴重な「欧州組」の主力の出場も難しそうで、ジャパンにとっては「必勝」が条件のはずである。

ところで、かの国には、あるいはオールブラックスより世界史においては有名かもしれぬラグビーのクラブが存在する。


 オールド・クリスチャンズ・クラブ。

第2次大戦後、アイルランド人修道士によってモンテビデオ郊外のカラスコに設立された学校、「ステラ・マリス」の卒業生によって発足した。

未来のウルグアイを支える若者の人格陶冶の任を託された修道士たちは、体罰のための棒を父兄から取り上げられても、ことラグビーだけは厳格な教育の方法として手放さなかった。

かくして、あのサッカーの国にもラグビーは一部の熱烈な愛好者を得た。

オールド・クリスチャンズ・クラブは、ウルグアイで屈指の強豪となる。1970年に全国制覇を果たすと、72年、さらにチームの結束を固めようとチリへの遠征を行った。

経費の節約のためモンテビデオとサンチャゴの往復にウルグアイ空軍の軍用機をチャーター、ひとりあたりの旅費を下げようと仲間を募った。

前年も同じようにチリ遠征を成功させていたのだ。

チームのメンバーとその友人ら40人、それに乗務員5人を乗せた空軍機フェアチャイルドは、アルゼンチンの大草原を越え、やがてアンデスの険しい雪山に迫った。

ところが悪天候でいったん近くの空港へ引き返す。

翌朝、再出発。結果として判断は間違っていた。


 10月13日の金曜日、アンデス山中に墜落。

はじめは28人の生存者による10週間のサバイバルが始まった。

医学生は瀕死の仲間を知りうる限りの知識を動員して手当てした。

飛行機のシート内側に貼り付けられたアルミホイルを用いて溶けた雪から飲料水を得た。

食べられるのは、チョコレート8枚、ヌガーが5個、クラッカー1箱、ムール貝の缶詰が2個、アーモンド瓶詰めがひとつ、ジャムの小瓶が3本だった。

あとは機内に散らばったキャラメルが数粒のみ。

あまりにも少量だった。


 墜落から10日目、この物語を「アンデスの聖餐」と呼ばせる決断は下された。

それは「唯一、入手可能な食糧」を口にすることである。

つまり死者の肉だ。

もちろん抵抗はあった。

しかし、ほかに生き延びる可能性はなかった。

食糧を扱い、調理を施し、機内を清掃する。

役割分担の「仕組み」はつくりあげられた。

どうやら救助隊は期待できそうにない。

遭難17日目には雪崩に襲われてさらに仲間を失う悲劇も重なる。

こうなったら遠征隊を組織してチリ側の村へ助けを求めるほかはない。

「大人数のほうが安心」「いや小規模がよい」。

いくらかの議論とテスト遠征を経て、最終的にはふたりのメンバーがラグビーのストッキングに食糧を詰め、スパイクを履き、雪の山を越えた。

出発から9日後、ついに農夫を谷川の向こうに見つける。

必死で叫ぶと、さして関心もなさそうに「明日」とだけ言った。

静かなる男は約束を守った。

翌朝になり、とうとう助けられる。

チーズをかじり、豆の料理を4杯もおかわりした。

結局、飛行機に乗った45人のうち生還できたのは16人だった。


 英雄誕生。

同時に「食糧」の存在は明らかとなる。

あらゆる人々は、我が身に置き換えて究極の選択を考えようとした。

帰国後の最初の記者会見で、雄弁家のメンバーが「我々はこの問題を高貴な精神で扱ってきました。

いま祖国のみなさまの前にありのままを明らかにするつもりです」と熱をこめて述べると、たちまち感動は広がり、それ以上の質問は続かなかった。

タラップをあがるまでは無邪気なような若者だった生還者の多くは、歴史を刻む10週間を経て、のちにビジネスやジャーナリズムなどの分野で成功を収めた。

そういえば、ある人物は多額の宝くじを当てて、日本の新聞まで「奇跡は2度起きた」と見出しを掲げた。

ウルグアイ協会のアントニオ・ヴィジンチン現会長も「アンデスの聖餐」の生き残りのひとりである。

あの時は19歳だった。


 さてウルグアイ代表のジャパン戦予想スコッド(ラグビーマガジン5月号より)にも「オールド・クリスチャンズ」所属の選手は4名含まれている。

極限下にあって、あれほどの不屈と知性を実践した勇士たちの後進なのである。

きっとタックルはいいと思う。

『「理想」と「現実」の決闘-ラグビー頂点へ』

 2008年2月26日付 東京新聞夕刊「スポーツが呼んでいる」


 東京都内の最大瞬間風速は26.4メートルを記録。

暴風の日曜、秩父宮ラグビー場では、試合前から駆け引きが始まっていた。

トップリーグ覇者を決めるマイクロソフトカップ決勝、サントリーサンゴリアスの清宮克幸監督は、ジャンケン(トス)に勝って、あえて風下の陣地選択を指示した。

「ほとんどのチームはジャンケンに勝つと風上を選ぶ。こちらが、前半は風上で戦いたいと考えても負ければ風下になる確率が高い。それなら、あらかじめ前半は風下で耐えるための練習をしておいたほうがいい」。


 勝負師。

倉庫にホコリだらけで積んであるような言葉だが、やはり、そう表現したくなった。

対戦相手の三洋電機ワイルドナイツは、シーズン全勝の快進撃を続けている。

約2カ月前のリーグ戦の同カードでは、三洋が35-24で勝った。戦前の予想は互角の決闘が始まった。

それは現実と理想、つまり「こうすべき」と「こうありたい」との戦いでもあった。


 サントリーは、スクラムとラインアウトとモールが強い。

いずれもFWの結束力が問われる領域だ。

清宮監督は昨年度の就任以来、徹底して強化に努めてきた。

「指導者が熱意を持てば必ず伸びる領域だから」である。

三洋電機は、堅い守りからボールを奪ってのカウンター攻撃を得意とする。

スクラムやモールにはさほど執着しない。

その分のエネルギーをボールの動く局面に振り分けたい。

宮本勝文監督には「そのほうが見てる人もおもしろいでしょう」という気持ちがある。


 さて決戦。

サントリーは局地戦に徹して「時間をつぶす」作戦を遂行した。

当初の計画通り、旗も吹き飛びそうな風下の前半を、わずか3点のビハインドで終えられた。

後半、じりじりとモールを押し込んで、でも押し込めず切り返されると、その直後、いきなりラインアウトから速攻展開を仕掛けてトライを奪った。

結局、このリードを守り切り、サントリーが14-10で勝った。

「三洋のモールが弱く、止めるための人数をかけてこないので押し続けただけ」。

清宮監督は会見で言った。

「お客さんのワクワクするようなパスやステップをやってみたい。でも、そのラグビーで勝てるか。勝てないわけですよ。ファイナル(決勝)ですから」


 三洋の宮本監督は、こんな話をしてくれた。

昨春、同志社大時代の恩師である岡仁詩さん(その後に急逝)に言われた。

「楽しいラグビーで勝とうなんて、そんなんでは清宮に勝たれへんわ」


 清宮サンゴリアスとて年間を通して「勝ちさえすれば」の練習をしているわけではない。

まさにファイナルだから勝負に徹した。

宮本ワイルドナイツも理想を追って上滑りしたのではなく地道に力を磨いてきた。

3月16日の日本選手権決勝で両者のぶつかる可能性は高い。

現実と理想のバランスの行方は。

なにやら人生の教訓めいて結末が気になる。