ジョー小泉氏いわく、ジャブとは、、、
「相手との距離を測り、相手のガードをくずす目的の先制打としての左ストレート」
「当然、ジャブは速く、正確で、長いパンチであった。ところが、~(略)・・・)」

また、別の本にも、ジャブの目的について「自分の攻撃に対して相手がどういった反応・ディフェンスをするか探る」とありました。

私も、ジムで1番練習するパンチはジャブです。

トレーナーとのミット打ちで、左足を強くステップすることをを指摘されます。
これって震脚

また、左足のステップと同時にジャブを打つようにアドバイスされます
これって、ナンバ

ボクシングが、相撲の四股の様にナンバを取り入れているとは思えません。
しかし、日本人の体系にとって、ナンバは理にかなった歩き方らしいです。

かつて、卒業式でたまに見かけました
卒業証書を受け取る際、 緊張が最高潮の状態で現れる、足と同じ側の手を出す歩き方です
日本人の無意識に組み込まれた自然な歩き方なのかもしれません

この歩き方は、同側の手足を出すため、腰がねじれずまっすぐのままです(腰痛に効果的)。

ねじらずに歩く体の使い方は、曲がり方にも応用できます。
例えば、左に曲がる場合です。

左足が宙に浮いている状態で体を左斜めに倒し、倒れながら体の正面を左方向へ平行四辺形が一旦つぶれて、また開くようなイメージで体をひるがえします。
感覚としては、放っておくと転んでしまう位置にある重心を、体幹部でコントロールしながら前進する感じです。

学生時代からマンガを楽しんでいます

どこかで聞いた話です。

電車に乗ったある外国人が、大人の日本人がマンガを読んでいる姿に驚きました。
そして、「なぜ、この国では大人がマンガを読んでいるのですか?」
尋ねました。 
これに対して、マンガを読んでいた若者(サラリーマン)はすかさず、
「あなたの国には、手塚治虫がいなかったでしょう」と答えたそうです。

この話はおいといて私は今でもマンガを読み漁っています・・・

かつて、ボクシング好きだった作家の三島由紀夫は、「あしたのジョー」を愛読していたそうです。ある日映画の撮影(黒蜥蜴)のため、「週刊少年マガジン」を買うことができなくなりました。しかし、どうしても続きが読みたくて、直接講談社を訪れたエピソードがあるそうです。

この話はおいといて私は、今でもマンガを購入しています・・・

そんな中、楽しみにしている2つの作品が完結を迎えます。

と言うより、「高校鉄拳伝タフ」から始まり、「TOUGH」(タフ)として連載していた作品はすでに終了しました

ここに記載してよいのか判りませんが・・・

主人公の
宮沢熹一 は、成長し(続編の「TOUGH」は卒業した19歳から開始されています)数々の命がけの闘いを経て、新流派(実父と養父の流派の融合)の宗家として新たな道を切り拓いていきます(詳しくは「週刊ヤングジャンプ」を読んで下さい

もう一作、「グラップラー刃牙」(現在「範馬刃牙」)もあと4話で最終話です

現在、主人公の刃牙は、母親を殺害した父親(鬼:オーガ)と親子喧嘩の最中(終盤)です。

両作品共に、リアルな描写が特徴的で、ストーリー(テーマ)も素晴らしいです

15年以上運動もせず、身体を錆びつかせていましたがこの作品は欠かさず読むようにしていました。

純粋に惹き付けられる数少ないマンガでした。
人それぞれ、映画・音楽・マンガなどに忘れられない作品があると思います

私にとって、この2作品は若いころから思い出がたくさんつまった忘れられないマンガです
 「無友不如己者」 、いきなり論語からの言葉です。

つい先ほど、いつも楽しみにしているブログを読んで、この言葉を思い出しました。
友を選ぶときには、必ず自分よりすぐれた人物を選べという意味です。

かつて、ミラーニューロンという言葉を頻繁に聞きました。
他人から与えられる影響は、自覚できないほど大きいです。 
ネットの世界でも、リアルでも、人に与える影響と、人から与えれれる影響に気をつけていきます。

事実かどうか確認してませんが、スポーツ選手は練習相手に自分よりレベルの高い選手を好むそうです。

たしかに、自分のレベルを上げたいなら、格下相手に満足していても成長は望めません 
理想とする目的を持ち、目標を設定し続けながら取り組むことで、目指す頂への到達の道が見えてきます。

以前のブログでも書きましたが、上手い人のスパーリングなどは、よく見るべきです
巧い人のボクシングを見ることで、自分に足りないものや、伸ばしていくものなど確認できます。
成長のチャンスがたくさん潜んでいます

これからも、技のイメージを網膜に焼き付けるまで、 多くの技巧者を観察していきます 。
そして、常にイメージを思い浮かべ、技を修得する練習に励みます

ちなみに、荀子・性悪に似たような言葉があります。

その子を知らざればその友を視みよ。その君を知らざればその左右を視よ
人の性向は、その交際している友人を見れば分かるという意味です。

最近、テレビなどで、学校の問題が大きく報じられています

親子で信頼関係を築き、子供の友人関係(あの事件の関係者は、決して友人と呼べません。被害者と加害者です)を見守りことが必要だと感じました。

最近、ボクシングの練習に古流の動きを意識しています。

もちろん、現在のボクシングを否定したり、古流より下と見下してはいません
筋肉による、パワーとスピードは実感がすぐもてるので、モチベーションが上がります
しかし、そんなこと以上に、ボクシングの素晴らしさを感じています
そして、これからも取り組んでいきます

中国の武術家:蒋浩泉氏はボクシングに形意拳の要素を取り入れていました。
ボクシングの構えに外三合を応用したのです。

形意拳の三体式の構えのように、拳と足、肘と膝、股関節と肩が強調一致して動くように練習することで、力が集中します。

さらに、内三合の、心と意、意と気、気と力の一致です。
意識や気、力の内面の要素を統一し、動作と一致させるように練習させました。

そして、、、「
以気催力気をもって力を導く)」ができるようにさせました。

蒋浩泉氏は、ルールなしの実戦では、ボクシングより武術が勝つと言いました。
武術の優れた点として、「相手の特徴を見きわめ、その得意技を発揮させずに戦うこと」を挙げています。
しかし、必ずしも武術の方が強いとは限らないとも言っています。

要は、何を学ぶかではなく、どのように取り組んでいくかだと思います
休日にボクシングジムで汗を大量にかくことが、当たり前になりました。

お蔭で、腹回りもすっきりとし(自己評価)、顔も引き締まって(他人の評価)きました。
そして、体重も減少しています(事実)。

ここで、強調することがあります。
私は、ジムに通い始めてアルコール(なんちゃってビール)の摂取がかなり増えました
もちろん20代の頃の様に一気にビール(当時は発泡酒が出たばかり・・WTOだか分かりませんが、大蔵省はウイスキーの関税より焼酎やビールが取りやすかった、、そしてガソリンや(吸いませんが)タバコも)6Lも飲めなくなりましたが、酔うまでの水準が引き上がりました。

健康診断の結果でも、γーGTPも中性脂肪も基準値内です
正直、自信ありありの結果ではありますが

数か月ですが、ボクシングジムでの練習(最近購入した柳川氏の書籍の影響で、トレーニングという言葉は使わないようにします!)の目的は達成されました

しかし、今後もジムの練習は継続していきます

ダイエットに代わる目的が見つかりました
私個人が見出したわけではなく、尊敬する方のアドバイスがきっかけですが・・・

私の取り組んでいるボクシングの幅を、先人の叡智を基に広げる
このことを課題に取り組んでいきます

生涯に渡る取り組みですが、やりがいのある目標です

大きな課題です。しかし、自信(自分を信じて)をもって試行錯誤を続けて行きます
今日もジムでの練習で、トレーナーから構えについて指摘されました。
以前から言われている「アゴが上がる癖」です

ミットでの連打時や、シャドー・マススパー時によく現れる癖です
そして、両手の間に顔を置くようにして、体の軸を意識すると、構えがもっと安定するとアドバイスして頂きました。

上体がふらついてフォームが安定していないことを気にしていたのでありがたかったです


兵法者武蔵の教えに有構無構 (うこうむこう)があります。
構えあって構えなし」、つまり
構えはあるけれど、その構えにとらわれてはならない、ということです。

武蔵の時代、剣術は戦場から離れ、戦闘術として実践性を離れ形式化が進みました。

そして剣に精神性や理論が求められていきました。 
その結果、太刀の構えなどの形を重視し、 構えそれ自体に意味づけをして、数多くの形を身に付けるような流派が生まれていきました。

武蔵は、兵法書で「五方の搆え」を説いています。
しかし基本的な考え方は、「実戦においては、構えなど、どうでもいい」ということです。

「まず(何よりも)、太刀を手に取っては、どのようにしてでも敵を切るのだ、という心持である。もし(仮に)、敵の切ってくる太刀を、受ける、張る、当る、粘る、触る、などと云うことがあっても、それはすべて、敵を切るためのものだ、と心得るべきである。

 受けると思い、張ると思い、当ると思い、粘ると思い、触ると思うと、そのことによって、切ることが不十分になるであろう。何ごとも敵を切るためだと思うことが肝要である。よくよく吟味すべし。」
(ネットから現代語訳の転記です)

もともと構えは防御の姿勢で、構えるとどうしても後手になってしまいます。

太刀の構えは、敵を切り殺すためのもので、構えそれじたいに意味はない。
つまり、構えは「相手を斬る」目的のための手段に過ぎません

構えを含む形式にこだわっていると、「先手をとって相手を斬ることができない」、という戦場の実際論が、武蔵の本旨です。

ボクシングでの構えは、強いパンチを打つための基本です
この基本形を、これからも練習し完全に習得していきます
そして、もっとパンチ力を上げていきます
最近、トレーニングを充実させるために、兵法者武蔵の兵法教本を参考にしています
そんな中、スポーツチャンバラを体験している息子が、初勝利を収めてしまいました

どういうわけか動画をアップできませんが、(敵に背を向けながら)逃げ回りながらも反撃の一本が決まりました
そんなうれしい出来事が、今後のトレーニングの励みになります

先日、奥さんに内緒で和道会・柳川氏の書籍をネットでの書籍を購入しました



きっかけは私の尊敬する方の一言です。

まだお会いしていませんが、現役の武道家(起業家でもあります)です。
ちなみに以前FBでお誘いはありましたが、私の仕事の都合でで辞退してしまいました・・・

この方のブログや、私個人へのコメントでたくさんの刺激をうけています^^

前回のブログでノーモーションの突きを取り上げましたが、、それ以前に無拍子打ちなどのコメントを頂いていました

私が現在取り組んでいるトレーニングにも大きな影響を受けていますし、今後の方向性も見出させてもらっています。
今回購入した書籍も、トレーニングの参考に柳川氏を紹介していただいたのがきっかけです。


このような購入例は、ビジネスの世界で口コミ(バイラルマーケティング)の1例として捉えられる現象かもしれません。

しかし、購入を決定させられる要因は何でしょうか

著者が空手の未経験の私でも知っている柳川氏という、ネームバリューだけではありません。

紹介者が、リアルに(またはそれ以上に)人間性を感じられるかどうかだと思います。

テレビや雑誌がよく()取り上げる販売ランキング(調査機関は分かりませんが)や周囲(またはマスコミが言い張る)のトレンドの影響力とは次元が違います。

適切な例えではないですが、田舎の祖父・祖母が送ってくれる泥つきの野菜と、大手スーパーで販売している生産者の写真がこれ見よがしに表示されたパックものとの信頼感の違いでしょうか

日常生活であれビジネスであれ、ブレイクスルーのチャンスはあふれています

 以前読んだ大好きなマンガに、「強くなる奴はたとえ近所を散歩しててもきっかけをつかむ」みたいなセリフがありました(残念な事実ですが、コンビニでの立ち読みなのでセリフはあやふやです・・・) 

自分の器を成長させることで、トレーナーであれ、老師であれ、師範の価値を見いだせることができるのでしょう。
もちろん、学校での先生、会社での上司、家庭での親・後見人にも当てはまると思います。
 

そして、自分の価値観を基に人生の目的を追求し続け、目標を設定していく姿勢がなければ、人間としての成長も止まります。


秘事は睫毛(まつげ)」という言葉があります。

 睫毛は目のそばにありすぎて見ることができませんが、鏡に映せば自分で見ることができます。

その「鏡を使って見る」ということが秘事です。 出来てしまえば何も難しい事はありません。その心付かぬ所に気付かせるものが秘伝です。


私にとって 、この方のアドバイスやコメントが鏡です 。

書籍が届いたら、熟読してトレーニングをさらに充実させていきます

それまで、以前読んだ柳川氏の言葉を噛みしめています
「(攻防一体が原則)純粋に受けるのは、特殊な場合のみ。」
ただ正中線を狙って突く、これで防御にもなっている相手の技は正中線に来たものだけを受ければいい。」
最近手にしたボクシング本を参考にして、シャドーやマススパーに取り入れているテクニックがあります

インサイドを打ち抜くワンツーです
まず、ジャブ(左ストレート)と同時に少し内側に体を捻ります。
そうすることで、相手のガードの内側の位置から、右ストレートを左と同じライン(道筋)を通して打てます(相手にとって見えずらい)

もともとワンツーは、私自身のリーチを活かせるので(身長180cm)、有効なテクニックです
これからも磨きをかけていきます

見えずらいパンチと言えば、学生時代購入した雑誌に和道会・柳川氏膝を抜いた上段突きがあります。
膝を抜いて身を沈め、下から突き上げる突きは、 床の反動を使用しないノーモーションの突きです。 
この突きは、相手の目線を拳がさえぎる形になり見えづらくなります。

膝の力が抜けた分、腹で前に持ってこれる。腹は前に進むエンジンであり、方向転換する(ハンドル)のも腹

う~~ん、奥が深い・・・

膝を抜いて一気に体を動かすことで、体全体だけでなく、腕・足などのパーツを動かすスピードも上がります

古武術の「逆手抜飛刀打」は、膝を抜いてわずかに空中に浮かんでいる瞬間、自重が軽くなり、体の各所を素早く動かせるようになることを利用したものです。

筋力を頼りに素早く動こうとすると、体にうねりが生じます
このようなうねり系の力の流れが、体の中で起こると、動きに滞りが生まれます・・・

武術の動きは、体の各部が一斉にそれぞれ向きを変えます。
1つひとつ順番に動いたり、力と力が一ヵ所で衝突して、相殺し合うことがありません。
だから、相手が読めない動きが可能になります
マススパー対策として、武蔵の兵法教本からの教え第二弾は、「目付け」です。
またまたネットから現代語訳を引っ張ってきました

 兵法の眼付けという事
眼の付け方は、大きく広く付ける目である。
「観」〔かん〕と「見」〔けん〕の二つの事については、「観」の目は強く、「見」の目は弱く、遠い所を近く見、近い所を遠く見ること、これが兵法の第一とすべきことである。
敵の太刀を知り、少しも敵の太刀を見ないということ、それが兵法の大事(真髄)である。これを工夫してみなさい。


武蔵の言う「観」と「見」とは、
「観」とは、大きく広くする目の付け方
「見」とは、細かく狭く見ること

全世界武道空手連合の柳川氏と運動科学総合研究所の高岡氏の「観の目」に関する対談では、以下のように解釈しています。
「観の目」とは、「森を見て木を見ず」
「見の目」とは、「木を見て森を見ず」


私が以前購入した本には、相手の挙動の端々よりも、何をかんがえているのか(相手の心の動き)を察知すると説明していました。
中国武術で言う「聴勁(相手の勁の方向や強さ、質などを感知すること)」にあてはまるのかもしれません。

今日のジムでのシャドーでも感じましたが、レベルの高い人との対戦だと相手のグローブばかりに視線がいってしまいます。
なのに、相手の心の動きを察知できず、フェイントに引っかかりまくりでした

同じ体格でも、相手により、もっとリラックスした状態で対戦できると思います

こういう目の付け方は、急に身につくものではなく、ふだんから練習しておくことだと武蔵は言います。

柳川氏も、「観の目」養うために、徹底的に正しい鍛錬をすることと述べています。
「観の目」は技の中にある。本当に正しい技を徹底的にやりこむことで、自然に「観の目」に目覚めると言っています。
ただし柳川氏は「観の目」をつくるために、組手で自分から無防備で突っ込んだり、片手を使えない状態で組手をしたり、と小さな()修羅場を自分の意志で作った稽古を行っています

高岡氏は、身体と心、身体と目は連動しているので、身体を徹底的にゆるめ、本当の技を体現すれば、「観の目」も付いてくると述べています

また高岡氏は、武蔵の「観の目」と「見の目」は互いに相容れることのない別々のもので、同時に成立することはありえないと主張しています

つまり、「見の目」は、焦点でものを見る焦点視が前提です。
武蔵は、焦点視的全身認知の理論(たとえば拳の一点に焦点を合わせろことで、ボクサー全体の動きが捉えられるという教え)を「兵法の病と云物になる也」と批判しています。
「観の目」は、「大に廣く付る目なり」と書いてあるように、初めから焦点視を否定し、非焦点視を大前提としているというのです。
割合で言うと、「観の目」が100%で「見の目」は0%です。

遠い所を近く見、近い所を遠く見ることとは、「近くであれ遠くであれ、対象に焦点を合わせて見ようと思うな」という教えです。
武蔵は、焦点を合わせることで視野狭窄が生じ、かえってうまくいかなくなることを指摘しています。
このことは、先の高岡氏の焦点視・非焦点視と同様の指摘です。

敵の太刀を知り、少しも敵の太刀を見ないというのは、注視による求心性の視野狭窄を起さないということを意味します。
具体的な方法として、基本的な視点を遠くに措いて、視界幅員を広くとることです。
速度の早い運動を見切るには、ある特定対象を注視してはいけません
これは高速運動と、それにともなう視角度狭窄の問題で、求心性の視野狭窄が起きるのを避けるためです。

このことは、理解できます
毎回、シャドーやマススパーでパンチ(グローブ)を注視しても、全く捌けていません
昨日のボクシングジムでのトレーニングは、室温30℃以上の暑さとの戦いでもありました
ある意味、ダイエット効果に最適な環境だったかもしれません

トレーニングの後半、3名でのローテーションでシャドウを行いました。

ここで意識したのが「拍子」です。
拍子」は、武蔵の兵法(戦闘術)の重要なテーマです。

拍子」について、ネットで武蔵の兵法書の現代語訳を見つけました
兵法の戦いにおいては、その敵それぞれの拍子を知り、敵の予期しない拍子で空(虚)の拍子を知り、智恵(勝負のかけひきにおける策謀)の拍子から発して勝つのである。」

要は、相手のリズムを崩し、(先手を打って)自分のリズムで闘うってことかな

理屈では分かったつもりですが、実戦ではなかなか・・・
もっともっとトレーニングに励みます

ちなみに、この兵法教本の最後の方に書かれた内容も転記しておきます。

気持に兵法を絶やさず、真っ直ぐな道を修行すれば、手で打ち勝ち、目に見る事も人に勝つ。また鍛練によって全身が自由になれば、身体においても人に勝つ。またこの道(兵法の道)に習熟した心であれば、心をもってしても人に勝つ。ここに至っては、どうして人に負けることがあろうか。」