映像・音源で振り返る グループサウンズ フォ-ク  歌謡曲だよ人生は! -10ページ目
ある女子高医の記録 失神
 
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前回の 「ある女子高校医の記録 初体験」 同様、グル-プサウンズが関係していなかったら観る機会のない映画だ。
1960年代の映画はタイトルほど過激ではないし、スト-リ-もわかりやすい。この映画も、ある意味青春映画である。
内容は、5人の女子高校生が修学旅行先の東京で、集団蒸発してしまうと言う話。
 

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この映画、4つのバンドがゴ-ゴ-ホ-ルのシ-ンで登場します。

ザ・ラブの 「ワンス・アゲイン」 は、レコ-ドテイクと異なる音源であり、ま

ボン・ル-ザスとリボーションと言う謎のグル-プサウンズがタイトルは不明だが、オリジナル曲を披露している。
 
リボーション 

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ザ・ラブ

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ボン・ル-ザス

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ロ-ズ・アンド・ピ-ス

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一番上のボン・ル-ザス、1970年代~1980年代にかけてヒット連発の有名なグループのメンバ-がいます。

2000年代も再結成して、全国ツアーしていました。

意外過ぎてビックリです。

 

 

 

 

 

       

 

 

 

 

       

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 


 

 

 

   ある女子高医の記録 初体験
 
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グル-プサウンズが関係していなかったら、この映画について書くのは,真面目な自分には少し違和感があります。
 
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それにしても 「ある女子高医の記録 初体験」 とはストレ-トなタイトルでガメラとか大魔神のイメ―ジの大映とは思えない内容である。
当時、GS目当てにこの映画を観に行ったファンはいたのだろうか。
 
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この映画のスト-リ-を簡単に紹介すると
 
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ある高校生が売春容疑で連行され、この知らせに驚いた校長先生は教師に調査を命じた。
先生は4人の生徒に目を付け尾行。
4人はサイケバーのダンサー、深夜ジョッキー、ヌードモデルなど隠された生活をしていた。
それらの仕事をしている理由を問いただすと、パリへ行くお金を貯めるとの事だった。
 
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内容は別として、ゴ-ゴ-ホ-ルのシ-ンが何度も登場するのが、この
映画の最大の魅力だろう。
 
歌と演奏は、「ザ・ブラック」
 
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2回目の登場シ-ンでは、お揃いのユニフォ-ムを着てオリジナル曲を歌
うシ-ンがあり、いかにもGSっぽい感じである。
 
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ザ・ブラック
早く知りたい、本当の愛を~何も言わず僕の元へ。
早く見たい、あなたの愛を~何も言わず僕の元へ。
若い~~~~炎に~~
 
何と言うタイトルの曲なんだろう。
 
 
 
 
      
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
最近、コミックソングと言う言葉を聞かなくなりました。
コミックソングのシリ-ズが中古CDショップで安く売ってたので購入し、時々聴いています。
最初はグル―プサウンズ 「サイケ・カッポレ/ザ・レンチャーズ」 のCD音源が聴きたくて購入したのだが、収録されていた他の曲も面白い内容でした。
  サイケ・カッポレ~ミックスモンスタ-  ザ・レンチャーズ   
    
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ジャケットもサイケっぽくていいし、ザ・レンチャ-ズと言う名前もいい。
ただGS研究科・黒沢進氏がGSとして認定しなかったのも、聴けば納得。
このコミックソング全集に収録されている曲の中には、1960年代らしくエレキを使用した楽曲もあり笑え
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こう言う記事を真剣に書いていると、ついついグル-プサウンズやフォ-クソングの中にもコミック系の歌がないか探してしまう。
ワイルドワンズの 「いいのかな」 も聴き方によってはコミックソングかも知れない。
ザ・スパイダ-スの 「エレクトリックおばあちゃん」 やモップス 「月光仮面」などもお笑いソングかも。
映像があったら観てみたいものだ。きっと面白いと思うが。
ザ・タイガ-スもテレビ等では、少しお笑い系の歌を歌っているのもありました。岸部シロ-が加入した後が多いかも知れない。
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ひょっこりひょうたん島   ザ・タイガ-ス  
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走れコ-タロ-      ザ・タイガ-ス  
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 帰って来たヨッパライ    ザ・タイガ-ス          
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ブル-シャトウ(替え歌)   ザ・タイガ-
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 みんなが大好きだった ムッシュかまやつ逝く
 
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我々のような一般人が、街で声をかけても笑顔を返してくれそうなイメ-ジのムッシュかまやつさん。
勿論、会った事も直接話した事もないので単なるイメ―ジですが、そんな
雰囲気を持ったスタ―でした。
ムッシュかまやつさんと言えば、ザ・スパイダ-スを思い浮かべますが、ザ・スパイダ-スに参加する以前の1960年前半のロカビリ―ブ-ムの中、たった2年間で19枚のレコ-ドを発売しています。
2年間で19枚とは、凄いペ-スのレコ-ド発売で今の時代には考えられません。
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ロカビリ―~グル―プサウンズ~フォ-クソング~二ュ―ミュ―ジック~色々な音楽ブ-ムがありましたが、いつもムッシュは、その中心で活躍していました。
2年ほど前、知人の紹介でムッシュかまやつさんに、フェイスブック内で友達申請をさせて頂いた。
ネット上の事とはいえ、あのムッシュと友達になれるのは夢のような事で
挨拶のメ-ルを送ると、丁寧に返信を頂いた。
その後は、時々ライブに関してのメ-ルを送りましたが、いつも絵文字だけの返信でした。
たった一文字の絵文字だけですが、それでも嬉しかったものです。
一度だけきちんと返信を頂いた事がありました。
その時感じたのは、、ムッシュは音楽が好きなんだなぁと。
若い人からお年寄りまで、音楽が好きな人はみんな友達だよって感じで。
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新聞のコラムに書いてあった文章
海外ア―ティストの曲が発売されると、わずか数日後にはステ-ジで演奏していたのは、ムッシュかまやつさんの情報収集力と 「耳」 の力が興奮と熱狂の音楽を若者に教え、伝え、やがて暗く湿っぽかった 「日本の歌」 を大きく変えた。
音楽性、時代センス、お人柄、三三七拍子ならぬ三拍子そろった 「良き友」 は今、ステ-ジを今降りた。
これを読んだ時に、まさにムッシュは雲の上の人なのに 「なんとなくなんとなく」 自分達のそばにいる、身近な存在と錯覚させられるような真のスタ―だった気がしました。
ノリさんが以前、ムッシュかまやつさんのライブを見に行った話を聞いて、いつか自分も行きたいと思っていたので残念でなりません。
それと「ザ・スパイダ-ス音楽葬」 の開催に向け動いているとか。
ぜひ行きたいものです。
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 今回、色々な芸能二ュ―スで取り上げられましたが、「ムッシュが怒ったのを見た事がない」 と言う言葉を何度も耳にしました。
これもイメ―ジ通りの人柄が現れてるエピソ―ドです。
以前、本人がテレビで 「ノ-ノ-ボ-イ」 が好きだと言っていました。
この曲を聴くと、ほのぼのとした居心地が良い初夏を感じます。
 また 「どうにかなるさ」 を聴くと小さな悩みが吹っ飛んで、どうにかなるよなぁ~きっと、と気が楽になります。
今日は久々に、ノンビリとスパイダ-スを聴いてみたいなぁと言う気分です。
1970年8月、ザ・タイガ-ス田園コロシアム・ライブにムッシュかまやつさんがゲスト出演して 「どうにかなるさ」 「ホワッド・アイ・セイ」 をタイガ-スと歌いました。ムッシュかまやつさんが登場すると、場の雰囲気が和むのが伝わります。
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紅白歌合戦 1972年
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1972年、この年はフォ-クソング、歌謡曲、アイドル、演歌など特定な分野に限らない曲がヒットしました。
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年間1位は  女の道/ぴんからトリオ である
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ロック界では、フラワー・トラベリン・バンドが活躍しキャロルがデビュ―。
またチュ―リップなどのフォ-クロック・バンドも活躍した時期である。
グル―プサウンズ・ブ-ムから3~4年しか経っていないいも関わらず、GSと言う言葉が芸能雑誌から完全に消えてしまった。
GSメンバ-が集まったPYGは、シングル 遠いふるさとへ を発売。
また、GS時代の名前で活動していたバンドで1972年にレコ-ドを出したのは
 
ジャッキー吉川とブル-コメッツ  2曲
希望にみちた二人のために
雨の朝の少女
 
ザ・モップス  4曲
なむまいだあ
たどりついたらいつも雨ふり
御用牙
くらいである。それにしてもモップスの活躍は素晴らしい。
 
 
 
   
 
 
      
 
 
 
 
 
          
 
 
 「伝説のバンド ジャックス
1986年にジャックスに関する事柄のほとんど全てを網羅する図書 『定本ジャックス』 が発表されてから、ジャックスの認知度が上がりました。あれから30年なんですね~名古屋のビル地下にあった中古レコ-ド店で、本を手にした光景が今でも目に浮かびます。もうそのビルも取り壊されてしまいましたが。
 
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自分はジャックスをGSだと思っていますが、懐かしのフォ-ク名曲集などでジャックスの楽曲が紹介されたりしているケ-スが多い。
 
1967年11月に開催された 『第1回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト』  では,「マリアンヌ~からっぽの世界」 を歌いフォ-ク部門で準優勝しました。その時の音源が奇跡的に残されています。
 
   第1回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト           
      
 
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参考までに、『第1回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト』 で優勝したのは、ザ・フロッキ-ズでした。
 
     ザ・フロッキ-ズ (ライブ音源)
      
 
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 翌年の1968年には、『第2回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト』
が開催され、ロック部門では、ザ・マックスが優勝。
 
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音源が、レコ-ドとして関係者に配布されています。
おそらく、ザ・マックスの関係者が作成したのではないでしょうか。
 
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この時にフォ-ク部門で優勝したダボ-ズは早々に 「びっこのもぐらの物語」 でレコ-ドデビュ-。この歌は、差別用語の関係で放送禁止歌に登録されてしまいました。
その後、ダボ-ズは落語家の 「桂三枝」 と組み、「夕陽のアンジェロ」 を発売。
また 「ダボ-ズ・コンサ-ト」 と言うLPレコ-ドを発表しているが、コンサ-トと言うタイトルなのに、ライブ音源ではなのだ。
 
 
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ダボ-ズが、優勝後にデビュ-したにも関わらず、マックスがデビュ-したのは2年後の1970年3月。
 
『ロミオ・アンド・ジュリエット 1970』 と言うバラ-ドであるが、B面もマイナ-調のバラ-ドである。
 
『第2回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト』 の迫力あるバンドのイメ―ジとは、かけはなれた曲です。
 
ただ 「ロミオ・アンド・ジュリエット 1970」 では、曲に似合わず間奏で突然ファズの効いた強烈なギタ-音が流れ、ロックバンドの意地がうかがえられる。
 
 
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1970年公開の映画 『野良猫ロック・セックスハンタ-』 では、マックス
のカッコいい演奏が観られます。
 
 
 
「日本ロックのすべて」 と言う雑誌の中で、黒沢進氏が GSマニアが 『ロミオ・アンド・ジュリエット 1970』 のレコ-ドを探すなら、まだキヤノンボ-ルと言うバンドの 「地獄へのパスポ-ト」 と言うレコ-ドを探す方がマシだ・・・・と書いています。
私の意見では、「地獄へのパスポ-ト」 も同じだと思いますが。
 
 
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マックスが優勝した 『第2回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト』 で
4位に入賞したバンドが 吉田拓郎の 「ザ・ダウンタウンズ」 である。吉田拓郎と言えば 「結婚しようよ」 などのヒット曲でフォ-クのイメ―ジが強いが、ロックバンドのボ-カルをやっていたのである。
この 「テルミ-/ダウンダウンズ」 を聴く限り、アマチュアながら相当な人気があった気がします (ギタ-&ボ-カル 吉田拓郎)
 
 
1969年 『第3回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト』 では、小田和正のオフコ-スやチュ-リップの前身バンドの、フォ-シンガ-スが出場。
「翼をください」 のヒットで有名な 「赤い鳥」 が優勝しました。
 
 
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さて、フォ-ク部門で準優勝したジャックスは、「からっぽの世界」 でレコ-ドデビュ-。独特の歌詞やサウンドから、今では「伝説のバンド」 として高い評価を受けています。
ちなみにプロデビュ-前に、雑誌で特集が組まれていました。
 
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ジャックスが活躍した時代は、GSブ-ムの真っ只中で甘くて爽やかな曲の目白押し。タイトルだけで見ると 「星のプリンス」 「銀河のロマンス」
「バラの恋人」 「亜麻色の髪の乙女」 「星が降るまで」 「エメラルドの伝説」 「あの時きみは若かった」 「星空の二人」 などなど。
 
ジャックスは 「地獄の季節」 「裏切りの季節」 「割れた鏡の中から」
「薔薇卍」 「敵は遠くに」 などなど。
しかしメッセ-ジ色の強い曲が多く、ジャックスの曲は心に響く曲が多い。
 
またデビュ-直後のバンド紹介では、ザ・タイガ-スと一緒に
「秋のGS界を洗う 新しい波」 と言う記事で並んで紹介されていた。
 
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ジャックスは、ナイチンゲイルと言うグル―プから発展したバンドであるが、ナイチンゲイル時代に作られたオリジナル曲 「ふるさとの歌」 がありますが、ジャックスとしても歌われております。残念ながらレコ-ド化されずにオクラ入りとなってしまいました。
 
       ふるさとの歌 
   
 
また、1968年7月24日に日仏会館で行われた第2回 「ジャックス・ショウ」
が1972年に自主制作LPとして作られたが、これもCD・BOXに収録されなかったのが残念である。 
                                                   
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日本放送の「フォ-クビレッジ」に1967年~何度か出演していますが、日時は不明ですが音源が残されております。
 
  
 
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また、ジャックスは1968年「腹貸し女」と言う凄まじいタイトルの映画音楽
を担当。メンバ-の早川義夫が単独で出演。ポルノ映画らしく内容がよくわかりませんでしたが、ジャックスの音楽は素晴らしい出来ばえでした。
 
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ジャックスは、1968年後半に高石音楽事務所に入ると、「フォ-クキャンプ」 「メッセ-ジコンサ-ト」 「あんぐら音楽祭」 「オ-プ二ングコンサ-ト」 などフォ-ク系のイベントに出演するようになる。
         
 
      
 
 
ジャックス・ショウ  (大阪厚生年金会館 1969年3月21日)
     
 
 
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ジャックスは、1969年8月に開催された 「名古屋労音 第1回フォ-クキャンプ例会」 直後の8月10日に解散宣言し活動を停止しました。
そして9月26日の 第3回メッセージコンサート (東京久保ホ-ル) で、 早川義夫が単独でステ-ジに登場し、4曲を披露。
その時の音源が残されています。
 
   第3回メッセージコンサート
 
 
 
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早川義夫は、アルバム 「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう 」
を発表し、また1970年には [自己表出史1969」 と言う映画を作成、ソロア-ティストの地位を確立したのであった。
この映画、白黒映像であるが時代を知る上では貴重な資料である。
 
 http://www.youtube.com/embed/eT5XKmcHCEE           
 
1986年に未発表音源 「前口上」 「ピコの唄」の2枚を黒澤進氏が自主制作レコ-ドとして発売。

 
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1970年に発売 「五つの赤い風船 イン・コンサート・ライブアルバム」
では、ボ-カルの藤原秀子と 「からっぽの世界」 をデュエットで披露。
早川義夫が引退前に残した、最後の音源となりました。
 
 
 
1972年には、早川義夫ソロアルバム 「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう 」 に収録の「サルビアの花」が、”もとまろ” ”岩淵リり” の競作で発売し大ヒット。その後も多くの歌手がカバァ-し、フォ-クの名曲として今も歌われています。
発売当時は、雑誌等でも  ”もとまろ”  ”岩淵リり”  の競作として書かれているが、実は ”NOW” と言うフォ-クロックバンドも同時にシングル発売をしています。これは全く話題にもならなかったようです。
 
 
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この曲がヒットした1972年に早川義夫は、こう語っている。
 
こんな曲が売れるようじゃ、もうダメだ
 
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と言う訳で、早川義夫は名曲を残して引退してしまいました。
しかし、走れコ-タロ-の山本コ-タロ-が早川義夫の芸能界復帰を望んで、不思議なレコ-ドを発売しました。
タイトルは 「早川義夫に捧げる唄」・・・ 何と! シングルのA面である。
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ちなみに自分は、岩崎宏美が歌う 「サルビアの花」 が1番好きです。
 
 
 
この曲をカバァ-した歌手は他にも 「甲斐よしひろ」 「あみん」  「天地真理」 ・・・・・・・・・たくさんいます。
 
最後に、ロックバンド 「ヒカシュ-」 の巻上公一が、1992年に発売した
「殺しのブル-ス」 と言うアルバムに、ジャックスの 「マリアンヌ」 のカバァ-が収録されていますが、全く違う曲に仕上がっています。
 
 
 
 
 
  1969年 紅白歌合戦

 
 
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最近、記事を書くのをすっかり忘れていました。
紅白歌合戦の記事は、昭和63年まで書く予定ですが、このペ-スだと10年くらいかかりそうです。
それにしても、昭和43年の紅白歌合戦の映像、せっかく載せたのに著作権に引っかかり、削除されてしまいショックです。
どの曲が引っかかったのかわかりませんが、過去の紅白歌合戦の中では一番好きな年です。
GS、ポップス、歌謡曲やフォ-クが入り混じっての昭和元禄。
今回は、1960年代最後の1969年の紅白歌合戦について書いてみます。
前年の1968年は 「天使の誘惑」 を筆頭に明るい曲が流行りましたが、1969年は暗い曲が多い年だったイメ―ジです。
「悲しみは駆け足でやってくる」 の歌詞で  若いと言う字は苦しい字に似てるわ~
この暗さがまたいいと言う人も多いだろう
「時には母のな子のように」 「人形の家」  レコ-ド大賞は 「いいじゃないの幸せならば」 みんなマイナ-調の曲である。
グル―プサウンズも一気に下火になり、見せるバンドから聴かせるバンドにイメ―ジチェンジし歌も歌謡曲的な曲が多い。
そんな1969年を歌った歌があります。
エンディングの歌詞が心を揺さぶります 
 
俺達の時代を忘れないで
風に吹かれていたあの頃を
俺達の時代を忘れないで……
 
ROCKDOM -風に吹かれて                                                                                              
 
今回は1969年の紅白を16分にまとめてみました
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グル―プサウンズ~フォ-クソング~歌謡曲など色々と話しましょう


       グランドキャニオン跡  落書き

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                 8トラカセット
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  コンガを叩いてるのが、スパイダ-スの田辺さんらしいです。

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       ひとりぼっちの誕生日   望月浩とザ・サンダ-バ-ズ
   


         


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  ジャックスCDボックスの発売案内チラシ

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           「どうにかなるさ」 

     

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1970年代後半~1980年代にかけ、GSブ-ムの衰退と共に解散した複数のバンドが再活動をしていました。
 
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ザ・タイガ-スが 「色つきの女でいてくれよ」 のヒットを飛ばしたのを筆頭に、ワイルドワンズが 「白い水平線」  ジャガ-ズが 「はつらつ30代」 の小ヒットを飛ばし、 「ランブリン・サーファー・ガール/寺内タケシとバニ-ズ」 「小さなスナックPARTⅡ/パープルシャドウズ」 のシングルレコ-ドが発売されました。
また、寺尾聡が「ルビ-の指輪」でレコ-ド大賞を受賞した影響で、サベ-ジのベスト盤が発売され,岩崎宏美がブル-コメッツの「すみれ色の涙」をリメイクヒットさせ、ブルコメのベスト盤が発売。
10年以上前の曲が新鮮に感じられたのか 「君に会いたい/ジャガ-ズ」や「いつまでもいつまでも/サベ-ジ」がCMソングで使われました。
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今思えば、昔の歌手が集結する歌番組が毎週のようにテレビ放送されており、色々なGSがテレビで演奏。
 
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 一番感動したのは 「ケメ子の歌/ザ・ダ-ツ」 で、司会の高島忠夫の
 
”時々集まったりして演奏してるんですか?”  と言う質問に
”解散以来、今日楽屋で初めて会って涙が止まらなかった
 
そんな1980年代でしたが、あれから20年以上経った今はGSが出る番組はほとんどありません。
メンバ-が亡くなったり、芸能界から離れ楽器を触っていなかっり諸事情があるのでしょう。
今回取り上げる番組は、1988年2月に放送された
「追跡 グル-プサウンズ それぞれの20年」  と言う番組。
GSブ-ムから20年経った今、あの頃のスタ-はどうしてるのだろうって内容です。
 
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各バンドのメンバ-も40歳を過ぎ、それぞれの生活に落ち着いて過ごしている時期なので、タイミングの良い企画だったと思う。
冒頭は、寺尾聡がサベ-ジのメンバ-として20年ぶりにベ-スを弾く場面では、当時のベ-スギタ-を手に取り、思い出を語りながら涙ぐんでしまうシ-ンが印象的です。
 
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音を出すのは20年ぶりと言う事だが、20年ぶりとは思えない素晴らしい演奏を聴かせてくれる。
 
その後、番組は当時のウエスタンカ-二バルの貴重な映像を流しながら進行。
テンプタ-ズ、カーナビ-ツ、スパイダ-スなどの映像が流れます。
  
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そして20年後のGS~
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最初は、ヴィレッジシンガ-スの林ゆたか氏(ドラム)の現在の仕事に密着しながら、インタビュ-を交え紹介。
 
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チャッピ-こと渡辺茂樹氏は、裏方として活躍。
 
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ザ・ジャガ-ズは、週末限定で毎週活動しているとの事で密着取材。
大坂にある 「ナンバ1番」 に出演したのだが、この店は当時の「ナンバ1番」なのだろうか?
 
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他、ジャガ-ズのオルガン奏者・佐藤安治氏やドラムの浜野たけし氏を紹介。浜野氏はサラリ-マンになり、GS時代の事を振り返っているがGS時代のイメージからは遠い。
番組内では、ザ・タイガ-スの森本太郎氏やゴ-ルデンカップスのデイブ平尾氏、ブル-コメッツのジャッキ-吉川氏のインタビュ-など豊富な内容の番組であった。
 
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一番印象的なのが、真木ひでと氏への密着取材。
オックス時代の秘蔵映像や全日本歌謡選手権での10週勝ち抜きの映像
は、普段はなかなか観れない。
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演歌を長く歌っていきたいと言う言葉が印象的だった。
田舎町での 「真木ひでとショ-」 やキャバレ-でのステ-ジ映像は強烈だ。
 
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12月31日の大晦日、紅白歌合戦でのジュリ-の出演シ-ンを見つめる真木ひでと氏の複雑な心境をインタビュ-しながら、番組のエンディングへと進む。
今度は 「追跡!グループサウンズ それぞれの40年」 でも作成してもらいたいものだが、おそらく無理だろうなぁ
キャッスル&ゲイツ
 
 
海と女の子  ジャックス~グリ-メン~トライポット~ヴァインズ
 
 
 
 
 
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ザ・ビ-トルズ来日50年との事で、6月末は特番が組まれたりしていました。
50年以上前の音楽なのに全く色あせておらず、今なおファンが増え続けています。
 
以前、一緒にレコ-ド店巡りをした友人のトミ―さんが、輸入LPのジャケを気に入り、壁に飾って置くと言ってたのを聞いてレコ-ドジャケは、ある意味芸術品だと思いました。
そんな芸術品が、今はコンパクトなCDとなり飾られる機会も減ってきたのが現代。
 
ザ・ビ-トルズと言えば、中学時代の同級生が大好きでポ―ルマッカ―ト二―のコンサ-トへ行き、熱く感想を語ってくれた。
彼は子供の頃にジョンにサインを貰い、さらにジョ―ジやリンゴが来日した時に駅やホテルでツーショットで写真を撮影、サインまで貰っている。あとはポ―ルだ!と不可能に近い夢を今も追いかけている。
 
数年前には、名古屋のホテルでディ-プパ―プルのメンバ-にLPにサインを貰っていた。
何かに熱くなれるのは、とっても良い事だと思う。
 
話は変わるが、1965年のエレキブ-ムから始まり~1968年のGSブ-ムまで3年である。4年後の1969年には見る影もなくブ-ムが衰退している。
1968年と1969年の音楽界を比較すると、
 
たった1年でこうも変わるのか!
 
と思ってしまいます。
 
1968年のレコ-ド大賞は、明るくノリのいい 「天使の誘惑 黛じゅん」 
 
1968年のレコ-ド大賞は、暗く心が沈んでしまうが名曲の 「いいじゃないの幸せならば 佐良直美」
 
1969年は、歌謡曲全盛ながら  「風/シュ―ベルツ」   「白い色は恋人の色/ベッツィ&クリス」 のようなフォ-クソングも流行。
 
ただイメ―ジ的には暗めの歌が流行った年でもあります。
 
印象的なのは 「悲しみは駆け足でやってくる/アン真理子」 の歌詞。

 

”明日”  と言う字は  ”明るい日”  と書くのね  
”若い” と言う字は” 苦しい” 字に似てる・・・・・・
 
人生、前向きの歌とは思えない。
1年前に社会問題にまでなったGSブ-ムは、ザ・タイガ-スが何とか人気をキ―プしていたが多くのバンドが解散に追い込まれてしまいました。
 
 
 
意味もなく マイク真木&ザ・マイクス
ユ-チュ-ブで映像みつけてビックリ
   
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