山陽中学校横の盛り土
どうもです。
当ブログの読者さんなら、「姫路モノレール跡」 をよくご存知かと思います。
では、「姫路モノレール跡」 と聞いて、どんなモノが思い浮かぶでしょうか?
姫路側から見ていけば、建物の中からにょきっと突き出ています橋脚跡?
現在、足場が組まれ解体が進んでいます 「高尾アパート 大将軍駅跡」 や
「船場川」 沿いには横のレールが撤去されたものの、橋脚跡と橋脚跡とが
軌道跡でつながってモノレールの形として残っている区間もあります。
中には、「船場川」 沿いの 「立建設 ( りゅうけんせつ )」 さん 駐車場内や
「姫路市立水族館」 内の 2ヶ所 に残っています橋脚跡が切断された跡等
近付かないと見つけられない 「姫路モノレール跡」 の痕跡もあったり。
それでも切断跡が残っている橋脚跡なら、まだ見つける事も可能でしょう。
しかしながら、「姫路駅跡」 があった所に 「キャスパ」 さんが建てられたり
「船場川 月見橋」 より水族館までとか、きれいに整備舗装されてしまうと
モノレール跡がどこにあったか、痕跡さえもわからなくなってしまいます。
ほとんど痕跡のわからない 「船場川 月見橋」 より水族館までの区間でも
ある部分だけ、姫路モノレール跡があった痕跡を見る事ができました。
それが、今回のタイトルに書いています 「山陽中学校横の盛り土」 です。
「盛り土」 は 「山陽中学校」 の北側、「カレーハウス CoCo壱番屋」 さんの
駐車場横の田畑の中にあります、いや、正確には 「ありました。」
先週まで変わりなくありました 「盛り土」 が、重機によって田畑ごと削られ
高さ50cm?ほどあった 「盛り土」 が、きれいになくなっていたのでした。
てなわけで今日の写真は
撮影日は画像右下に記載しています。
田畑に重機が入り、すでに 「盛り土」 の跡形もなくありませんでした。
工事関係者さんに聞いてみると、どうやら駐車場になってしまうそうです。
普段は草が生え放題で
「盛り土」 の形もわかりにくかったのですが
草が短くきれいに刈られている時もあって、「盛り土」 もよくわかります。
先週の撮影時に珍しく草が刈られているなぁ、と思っていたところでした。
姫路市が管理の印か?コンクリートの境界杭も打ち込まれています。
関係者さんに話を聞いた時、「盛り土」 と姫路モノレール跡の事を話すと
地主さんや姫路市からも話に聞いていたそうで知っておられました。
それは話が早いと思い、1番気になっていた事を聞いてみる事にしました。
それは、「盛り土」 下にモノレール跡、特に橋脚跡の痕跡があったのか?
自分の目測で、「盛り土」 の長さ30m、幅3~4m、高さ50cmくらいか?
道路側に1基と奥側に1基、計2基の橋脚跡があったと予想したのですが
関係者さんの話によると、橋脚跡の痕跡は一切出てこなかったとの事。
関係者さんが地主さんから聞いたという事で、確かな情報ではないですが
地主さんが 「盛り土」 の幅分の土地を姫路市へ貸す条件を話し合った時
「土地を返す時は完全に撤去をして返す。」 という約束だったらしいです。
だからといって、橋脚跡撤去時に 「盛り土」 の下3~4m?に残っていた
橋脚跡を掘り返し撤去、また 「盛り土」 の形に直したとも思えないし…。
それとも 「盛り土」 に橋脚はなく、上にモノレールがあっただけなのか?
当の地主さんに直接話を聞ければ、謎が解けるのかもしれませんが…。
「盛り土」 の除去から田畑の駐車場化へと、またしても姫路モノレール跡
正確に書くなら、「姫路モノレール跡の跡」 がなくなる事になりました。
「盛り土」 は 「高尾アパート」 のように目立つ存在ではありませんでしたが
姫路モノレールが、そこを通っていたと教えてくれる貴重な存在でした。
田畑に草が生え放題の時は、「盛り土」 もほとんど目につかなかったので
一体、何割の姫路モノレール跡好きさんたちに気付いてもらえたのやら。
それではまた。






