橋脚跡の撤去と文鎮の続編
どうもです。
前ブログ にて書きました、「高尾アパート 大将軍駅跡」 の解体の進行と
外されましたレールの文鎮についての続編とか書いてみます。
現在の 「高尾アパート」 を遠目から見たところ、前ブログ にて貼りました
アパートの北側に面します 壁面の画像 と比べても違ったところといえば
アパート壁面を覆っていました足場の全体に防音、防護シートが貼られ
南側は壁面を覆いかけています足場が少し高くなったくらいでしょうか。
しかしながら、近くで見てみると、何かがなくなっている事に気付きます。
10月も終わろうとしていた頃、終業後に姫路モノレール跡へ着く頃には
太陽も沈んで撮影するには難しい季節となってしまいました。
あたりもかなり暗くなり、バリケードで囲まれていっそう暗い現場の中を
組まれた鉄パイプの間から撮影するのも、なかなか難しいものです。
ところがある日の終業後、毎度のように 「高尾アパート」 へ行ってみると
開閉式のバリケードと、その横のバリケードとが外されていたのです。
バリケードがない日が続き、自分には撮影しやすくてよかったのですが
再びバリケードが囲まれた時、アパートの東側 ( 姫路側 ) にありました
橋脚跡と、建物から少しはみ出ていました軌道桁がなくなっていました。
今回のアパート東側の橋脚跡の撤去については、敷地内という事もあり
撤去工事は10月26日と27日の昼間に行われたそうです。
バリケードが外されていたのも、クレーン車が入って作業しやすいように
橋脚跡と軌道桁の撤去の前後の期間だけ、外されていたという事です。
てなわけで今日の写真は
撮影日は画像右下に記載しています。
終業後の夕方、「高尾アパート」 へ行くと開閉式バリケードがなくなって
まわりを足場に囲まれました、橋脚跡最後の姿。
軌道桁の出っ張りもなくなり、すっきりしてしまいました。
撤去のため、2分割されました橋脚跡の上部分と根元の部分。
立てられたままの橋脚跡の真ん中部分。
橋脚跡は地面ギリギリではなく、余裕を持って切断撤去されたようです。
2基あるうち、今回撤去されました橋脚跡はアパートから近い事もあって
解体のじゃまにもなってくるだろうし、撤去されるだろうと思っていました。
今回の橋脚跡の撤去作業の手順について、関係者さんに聞いたところ
これまでの 橋脚跡撤去 のように、橋脚跡を根元から切断し倒してから
分割するのではなく、上から吊りながら真ん中で分割し上部分を撤去。
そして残った胴体部分を吊りながら切断撤去と、手順が違っていました。
これは作業をするスペースがないため、根元から1本物で切断した場合
倒す場所の確保が難しく、このような手法をとったのかもしれません。
もちろん、これまでに撤去作業を行ってきました業者さんとも違いますし
業者さんが違ってくれば、やり方が違ってくるのかもしれませんが…。
そして話が変わり、前ブログ にも書きましたレールの 「文鎮」 について。
確かな所?からの情報によると、レールを加工して記念品を作っている
というのは確実なようで、それが文鎮になるか?は不明との事。
せっかく姫路市が作る記念品的な公式?アイテムになる予定ですから
切断して磨いて終わり、なんて中途半端な事はして欲しくないですね。
レールの錆を完全に落とすのは当然、切断面はきれいに研磨加工して
年月日や 「大将軍駅」 のレールとわかるよう彫金やレーザーで刻印。
個数限定ならばシリアルナンバーも入れて、化粧箱まではやり過ぎ?
半端に加工するくらいなら、今まで自分が頂いてきましたレールのように
錆びたまま 切りっぱなし の レール の方が、自分にはずっといいかな。
もちろん、儲けは度外視でのお値段は控えめ、という事でお願いします。
それではまた。





