ひまわりやブログ -中原淳一の美しい言葉-
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宝塚!手塚治虫記念館にて

 

 

 

やってきました、宝塚!

 

 

最近は地方都市の駅前が、コンビニや量販店で

 

 

どこも似たような景色なのだけれど

 

 

ここは違いますね。

 

 

駅前からすでに宝塚に来た!という雰囲気です。

 

 

 

 

 

 

 

「花のみち」を進んで

 

 

宝塚歌劇大劇場の前を通り過ぎると・・・

 

 

すぐそこに見えてくる、目的地・手塚治虫記念館。

 

 

 

 

入り口に鎮座する火の鳥を見ただけでもわくわくします。

 

 

 

 

 

 

実はもう何年も前から、

 

 

一度ここで展覧会ができたら、と思っていたのです。

 

 

 

 

中原淳一と手塚治虫。

 

 

雑誌と漫画、分野は違うけれど、

 

 

同時代に文字通り生命を削って信念に従った仕事をし、

 

 

後世に大きな影響を残したふたり。

 

 

その仕事やメッセージを、

 

 

同じ場所で観る、ということを実現させたかったのです。

 

 

 

 

入り口を入ると、床からもうすっかり手塚ワールド。

 

 

 

 

 

 

ふたりに面識があったのか、

 

 

お互いをどのように意識していたのかは

 

 

なんの文献も残されていないのでわかりません。

 

 

 

でも、今から37年前、中原淳一が亡くなった翌年の

 

 

「中原淳一回想展」という原画展の会場に

 

 

手塚先生の姿がありました。

 

 

 

あの殺人的な忙しさの中で時間を割いて、

 

 

お一人で展覧会を観に来てくださったのです。

 

 

 

特にペン画の作品を、とても時間をかけて観ていらした

 

 

その背中を、いまも覚えています。

 

 

 

 

 

企画展の会場は2階。

 

 

 

 

階段を上がると、中原淳一展が始まります。

 

 

 

 

 

 

 

中原淳一と手塚治虫、2人の接点といえば、宝塚歌劇。

 

 

退団後に中原淳一の妻となる葦原邦子の現役時代、

 

 

トップスターだった時の舞台を、

 

 

幼ない手塚少年が母に連れられて観ていたのです。

 

 

 

もちろん、当時淳一さんも葦原邦子の舞台を観ていましたから、

 

 

同じ劇場の中にいた、なんてこともあったかも・・・なんて

 

 

つい妄想がふくらんでしまいます。

 

 

 

今回の展覧会では、手塚先生の遺品の中にあった、

 

 

昭和10年宝塚公演「美しき千萬長者」のパンフレットも

 

 

展示されています。

 

 

 

 

これが、「美しき千萬長者」ダニロ役の葦原邦子です。

 

 

 

 

そのほかにも、淳一さんが宝塚歌劇のために描いた

 

 

公演宣伝の絵葉書やチケットをはじめとする

 

 

歌劇と中原・手塚それぞれのゆかりの品を見ていただける

 

 

この企画展ならではのコーナーもあります。

 

 

 

 

中原淳一の原画はもちろん、たっぷりと見ていただけるのですが、

 

 

嬉しいのは、手塚先生の原画も展示されていること。

 

 

最後が「現代への2人からのメッセージ」のコーナーで、

 

 

なんと、「リボンの騎士」の原画が。

 

 

淳一展にちなんで、手塚先生が描いた女の子の原画が

 

 

紹介されているのです。

 

 

その中には「ブラック・ジャック」も!

 

 

整形手術をせがむ女の子をブラックジャックが

 

 

大切なのは見かけではない、と諭す貴重なシーンです。

 

 

 

 

やはり、原画から伝わってくる感動は格別なもの。

 

 

同じ空間の中でふたりの仕事を見ることができて幸せでした。

 

 

 

 

展覧会の最後を飾るのは、

 

 

2人の仕事が現代にも形を変えて伝えられていることを示すコーナー。

 

 

おなじみの中原淳一ぱたーん版スーパードルフィーの2人が

 

 

「リボンの騎士」の本を手にしています!

 

 

 

 

 

 

そして今年の新作というサファイア!

 

 

白馬にまたがり、愛らしくも凛々しい姿です。

 

 

 

 

 

手塚先生のキャラクターも、中原淳一のスタイル画も、

 

 

どちらも今までにスーパードルフィーとして

 

 

再現されるという共通のご縁があったので

 

 

今回このような形になりました。

 

 

 

 

「中原淳一展」ではあるけれど、

 

 

手塚先生とのつながりを見ていただこうとする初めての試み、

 

 

是非、多くの方にお楽しみいただけたらと願っています。

 

 

 

 

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どんな人にも楽しみというものがあります。

 

(中略)

 

一つの楽しみも、あなたが、

あなた自身のなかから引き出してきたものでないかぎり、

長続きしないし本当に面白くはないのです。

 

読書の楽しみにしても、

本当に自分の好きな本にめぐりあうまでには、

無駄なたくさんの本を読まなければならず、

また人の意見を聞いたりして、

余分な労力を払わなければなりません。

 

このことは、楽しみにでも、

努力や、修養が要ることを教えてくれるようです。

そしてその努力や修養が、少しも苦しみにならず、

むしろ、あなたの力を

はっきりとみせてくれることにもなるのです。

 

あなたは、あなた自身の力に満足しながら、

いよいよ高い楽しみを

味わうことになるでしょう。

 

 

中原淳一


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘉麻市の織田寛喜美術館を訪ねて

 

 

 

福岡県嘉麻市にある織田寛喜美術館で

 

 

いよいよ10月1日より、中原淳一展が始まります。

 

 

 

昨年の春の開催予定がコロナの影響で延期となり、

 

 

本当は9月18日から開始のはずが、またも

 

 

緊急事態宣言のために延期となりました。

 

 

 

だから「いよいよ!」という気持ちが強いのです。

 

 

 

 

 

 

 

初めて訪れる嘉麻市は、福岡県のほぼ中央に位置していて

 

 

福岡空港から美術館まで電車を乗り継いで1時間半あまり。

 

 

 

遠くに臨む山々と田園風景に心癒されながら

 

 

着いた美術館は、モダンな外観。

 

 

そして中は、外観とはまたイメージの違う、

 

 

天井が高くて大理石の白が際立つ

 

 

素敵な空間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

織田寛喜さんは1914年生まれ。

 

 

淳一さんと1歳違いですから、同じ時代を生きたわけですが、

 

 

98歳まで絵を描き続けた生粋の画家です。

 

 

 

日本人離れした、シャガールを思わせるような

 

 

幻想的な絵の数々をゆっくり拝見させていただきました。

 

 

 

 

 

 

女性像は赤が印象的。

 

 

赤い帽子の絵が特徴的なので

 

 

今回のポスターは淳一さんの赤い帽子の絵を使っていただきました。

 

 

 

同時代を生きて、淳一さんよりあとに

 

 

パリにも行った画家。

 

 

ご縁を感じます。

 

 

 

 

美術館のお庭はまた、ずっと眺めていたくなる風景!

 

 

 

 

 

 

 

美術館という異空間は、いつも現実を忘れさせてくれて

 

 

心を穏やかにリセットできる場所だと再確認できました。

 

 

 

 

予定より短い開催期間となりましたが、

 

 

近隣のかた、是非いらしてみてくださいね!

 

 

 

 

 

 

 

 

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季節と結びつけて色を駆使することは、

色調の効果をさらに美しいものにするわけである。

 

もうひとつ欲をいえば、

季節ばかりでなくさらに

「季節」と「自分がいまいる周囲の風物」とを

計算に入れてほしいことだ。

 

たとえばピクニックに出かける時は、

「樹々の緑」を念頭に、それにふさわしい色を選び、

真夏の海辺で遊ぶには「真青な空」と

キラキラ光る「海の色」と

自分の服の色との調和を。

スキーなら「雪の純白」に配する

自分の服の色を忘れないように。

 

もちろんこうした特殊な例ばかりでなく、

日常においてもいわれることだが、

季節と色との関係は

装いの美しさをひとしお感じさせるもので、

この関係がしっくり上手にいった時こそ、

その人の美しさは一段とすぐれたものに見える。

 

 

中原淳一


 

 

 

 

草野心平さんの文学館

 

 

 

関東の梅雨明け宣言が出たその日、

 

 

福島県いわき市の

 

 

草野心平記念文学館にお邪魔しました。

 

 

いわき駅から車で20分ほど、田園風景を見ながら

 

 

さらに上がっていくと、文学館の入り口が見えてきました。

 

 

なんと、まず出迎えてくれたのは、

 

 

こんなに沢山のひまわり!

 

 

 

 

 

いつも何かしらを植えているこの場所に、

 

 

今年は淳一展に合わせてひまわりを植えてくださったとのこと。

 

 

ちょうど初日に合わせるかのように

 

 

綺麗に咲きそろったところだそうです。

 

 

植えてくださった方に、本当に感謝です。

 

 

 

 

そしてそして、ご来館いただいたお客様でご希望の方には、

 

 

一人一本、このひまわりを切ってお持ち帰りいただくという

 

 

淳一さんの精神を感じさせる行き届いたお心づかいまで!ラブラブ

 

 

 

 

文学館の中に入ると、ロビーからこの眺め。

 

 

 

 

 

写真では見えづらいですが、

 

 

中央のガラスに、草野心平さんの詩が刻まれています。

 

 

ここから見える右端の方の集落に、心平さんの生家があるのだそうです。

 

 

この素晴らしい景色に、本当に心が洗われる思いでした。

 

 

 

 

草野心平さんは、淳一さんより10年早く生まれ、

 

 

5年後に亡くなった、同時代を生きた詩人です。

 

 

直接のつながりがあったかどうかは

 

 

わかっていないのですが、

 

 

もちろん、お互いの仕事は目にしていたことでしょう。

 

 

 

 

文学館はとても素敵な造りで、

 

 

土の匂いと心平さんへの愛の感じられる

 

 

心休まる場所でした。

 

 

 

 

 

 

淳一さんの作品はこことは別の部屋で

 

 

 

企画展としてご覧いただけます。

 

 

 

 

 

嬉しかったのは、地元の方が

 

 

大切にされている昔の淳一グッズを

 

 

是非展示してほしい、と持ち込んでくださっていたこと。

 

 

 

 

 

このシールたちは「中原淳一の正規商品」という印に

 

 

商品に貼って使われていたものですが、

 

 

右下にある、「それいゆ」と書いてある

 

 

金色のひまわりのシールは

 

 

私も初めて見るものでした!

 

 

 

60年以上という歳月の中、こんな小さなものまでも

 

 

大切に手元に置いてくださっていたことに

 

 

本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 

 

 

 

迎えた初日は、猛暑のスタート日でもありましたが、

 

 

屋上に上がってみると

 

 

本当に雄大な素晴らしい景色と、澄みわたった空気に、

 

 

思わずマスクを外して息を吸い込みました。

 

 

こんなこと、本当に久しぶりです。

 

 

 

短い滞在時間でしたが、

 

 

文字どおり生命の洗濯をさせていただきました。

 

 

文学館の皆さま、暑い中お出かけくださった皆さま、

 

 

本当にありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

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「ひまわり」は、

「それいゆ」の一年あとに生まれました。

美しくて、

かしこくて、

優しくて、

ものを考えることのできる女性であってほしいと思って

「それいゆ」は生まれたのですが、

そんな女性をつくるためには、

それにふさわしい少女のための雑誌が

なければならないと思ったのです。

 

音楽が好きで、

読書が好きで、

詩が好きで、

優しくて、

ちょっぴりおしゃれの少女が

たくさんいてほしかったのです。

 

 

中原淳一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

FASHION IN JAPAN

六本木の国立新美術館で

 

 

いよいよ始まります!

 

 

展覧会「ファッション イン ジャパン 1945-2020ー流行と社会」。

 

 

内覧会は中止になってしまいましたが

 

 

出品者による撮影会の時間を設けていただき、

 

 

一足先に見に行ってまいりました🎵

 

 

 

 

 

戦後の日本のファッション史をたどるこの壮大な企画、

 

 

昨年の3月の開催予定が延期となり、

 

 

ついに入場制限をかけながらの開催が実現します。

 

 

 

 

 

会場入り口に立つだけで、ワクワクします。

 

 

 

淳一さんのファッションにおける功績を

 

 

展示していただいているのは四ヶ所。

 

 

 

 

 

まずはここ、日本の洋装の始まりの部分。

 

 

戦中の「モガ」時代の写真や着物の展示を見ながら進むと、

 

 

1940年に中原淳一が初めて出版したスタイルブック

 

 

「きものノ絵本」の現物と、裏表紙の原画が、

 

 

「少女の友」の原本やその他の書籍と一緒に展示されています。

 

 

 

そして、戦後、1945年から50年代の部屋には、

 

 

「それいゆ」の原本、戦後のスタイルブックの原本、

 

 

そして「それいゆ」のグラビア撮影のために作られた

 

 

着物や花の刺繍の帯、パッチワークのスカートの展示が続きます。

 

 

 

この着物や帯が展覧会で展示されるのは、

 

 

これが初めて。

 

 

ずっと手を触れることなく保管されて来たので、

 

 

日焼けすることもなく、

 

 

70年の時を経ても色鮮やかです。

 

 

 

 

 

 

この着物が掲載されたのは1957年の「それいゆ」12月号。

 

 

これがその写真です。

 

 

 

 

当時はどこの家庭にもあった洋服のハギレや、

 

 

着古したワンピースやゆかたなど、横長に切った布を集めて

 

 

つないで、そのつなぎ目を黒いテープで隠して、

 

 

一枚の着物に仕立てたもの。

 

 

パッチワークというものはまだ日本に入ってきていなくて、

 

 

残り布を無駄にせず、楽しく再生させるという、

 

 

淳一さんならではのアイディアです。

 

 

 

使われているハギレの一つ一つが、とても可愛いので

 

 

是非是非、近くでご覧くださいね!

 

 

 

 

ファッションを作り手(デザイナー)と受け手(消費者)の

 

 

両方から捉えたという、初めての試みの大展覧会。

 

 

懐かしいTVCMやポスター、アイドルの衣装などもあって、

 

 

細かく見たいところがありすぎて、とても時間が足りません。

 

 

 

 

そう、淳一さんが始めた頃から、現代も、未来も、

 

 

作り手の情熱と受け手の情熱が絡み合って、

 

 

ファッションは、どんな時代にも私たちの暮らしと

 

 

密接に結びついている、そして歴史を作って行くのだと

 

 

改めて実感する時間となりました。

 

 

 

 

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美しさとは、高価なもの派手なものを

ピラピラさせることではない。

 

装うとは身も心も装うことだ。

心美しからざる人がどんな衣裳をまとうとも、

人の魂を打つ美は生じて来ない。

 

(中略)

 

このことは見方を変えれば、

流行や服飾の記事の中からも

その底を流れるものを汲み取ってもらいたいことである。

 

髪の型や衣裳調べの写真を見るだけで感心せず、

この洗練された髪や衣裳を、

十分己のものにできるだけの努力を怠ってもらいたくない。

 

我々の念願とするのは、

1日も早く日本人が、

日本の生活様式とか今の生活環境の中から

新しい服装を作り上げて、

しかもそれが世界共通の美しさであって、

各国人に美を感じさせ、

各国人に誇りうるものであってほしいのである。

 

その一事のために、その目的のために、

「ソレイユ」はいかなる労力も惜しみはしない。

 

 

1947年 

中原淳一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生誕の日に思う

 

 

 

毎年、バレンタインデーが過ぎると

 

 

すぐに淳一さんの生誕日がやってきます。

 

 

 

 

人生100年時代のいま、

 

 

生きていたら108歳、と思うと、

 

 

淳一さんが生きた時代は

 

 

とても昔のことのようにも、

 

 

自分が生きた時代と重ね合わせて振りかえれば

 

 

手が届くところにあるようにも、思えます。

 

 

 

 

そうして、こんな日には

 

 

時代が変わっていくということの

 

 

意味も少し、考えてみたりもします。

 

 

 

 

そしてやっぱり心に浮かぶのは

 

 

淳一さんの「新しいということ」という文章です。

 

 

 

 

新しいことを追いかけることも必要だけど

 

 

日本の古いものの中に、新しさをみつけてみるのも

 

 

心をほっとさせるきっかけになるかもしれません。

 

 

 

 

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人生を、スカートの長さや

ヘアスタイルのようには考えないで下さい。

 

何千年もの長い年月を生きてきて、

その積み重ねから、人間を一番幸せにする

基本のようなものが出来上がってきて、

それから今日まで続いているものなら、

それは、人間という動物の本質的なものだとも

いえるのではないでしょうか。

 

だから、

ちょっとした興味本位な思いつきや、

無責任に作り上げられた風潮で

「そんなの古い」と

片づけてしまえないものも

沢山あるはずです。

 

「いつまでも古くならないもの」

それこそがむしろ

もっとも「新しい」ものだとはいえないでしょうか。

 

人生はスカートの長さではないのです。

 

 

 

1971年

中原淳一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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