ひまわりやブログ -中原淳一の美しい言葉-
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生誕の日に思う

 

 

 

毎年、バレンタインデーが過ぎると

 

 

すぐに淳一さんの生誕日がやってきます。

 

 

 

 

人生100年時代のいま、

 

 

生きていたら108歳、と思うと、

 

 

淳一さんが生きた時代は

 

 

とても昔のことのようにも、

 

 

自分が生きた時代と重ね合わせて振りかえれば

 

 

手が届くところにあるようにも、思えます。

 

 

 

 

そうして、こんな日には

 

 

時代が変わっていくということの

 

 

意味も少し、考えてみたりもします。

 

 

 

 

そしてやっぱり心に浮かぶのは

 

 

淳一さんの「新しいということ」という文章です。

 

 

 

 

新しいことを追いかけることも必要だけど

 

 

日本の古いものの中に、新しさをみつけてみるのも

 

 

心をほっとさせるきっかけになるかもしれません。

 

 

 

 

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人生を、スカートの長さや

ヘアスタイルのようには考えないで下さい。

 

何千年もの長い年月を生きてきて、

その積み重ねから、人間を一番幸せにする

基本のようなものが出来上がってきて、

それから今日まで続いているものなら、

それは、人間という動物の本質的なものだとも

いえるのではないでしょうか。

 

だから、

ちょっとした興味本位な思いつきや、

無責任に作り上げられた風潮で

「そんなの古い」と

片づけてしまえないものも

沢山あるはずです。

 

「いつまでも古くならないもの」

それこそがむしろ

もっとも「新しい」ものだとはいえないでしょうか。

 

人生はスカートの長さではないのです。

 

 

 

1971年

中原淳一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新しい年

 

 

 

あけましておめでとうございます。

 

 

 

きれいに晴れた東京の元旦の空を見て

 

 

 

新しい年が明けたことに、

 

 

 

素直に感謝をいたしました。

 

 

 

 

離れて会えずにいても

 

 

 

空はつながっていて

 

 

 

どこかで皆同じ空を見ています。

 

 

 

 

 

厳しく冷たい風が吹き荒れた昨年は

 

 

 

さまざまな場所で

 

 

 

みなさまから寄せられるお声や

 

 

 

中原淳一を愛してくださるお姿に

 

 

 

たくさん力を与えていただきました。

 

 

 

心より御礼申し上げます。

 

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

まだまだ厳しい日々は続きますが

 

 

 

淳一さんは何度も言っています。

 

 

 

できないこと、持っていないものを嘆くより

 

 

 

できること、持っているものがあるしあわせを

 

 

 

感じる人になりましょう。って

 

 

 

 

つい下を向いて歩いてしまいそうになるけれど

 

 

 

たまには空を仰いでみて。

 

 

 

 

2021年がしあわせな一年になりますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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身のまわりのしあわせを

皆さんそれぞれで考えてみて下さい。

身のまわりのしあわせの中で

まず一番に私の頭に浮かぶことは

空気があることです。

 

そんなことは当たり前だ、

そんなことにしあわせを感じるなんて

バカみたいと思う人がいるかもしれませんが、

もし空気がなかったら

私たちは生きていることは

出来ないのです。

 

太陽も同じことです。

空気や太陽があるしあわせと

同じ様なしあわせを

忘れている人はいないでしょうか。

 

 

中原淳一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

淳一さんオススメの映画★6

「ひまわり」の映画鑑賞のページから

 

 

今も DVDや配信で見ることのできる映画をご紹介する第6弾。

 

 

 

 

 

ずっと以前にもここでご紹介したことがあるのですが

 

 

やっぱり12月の声を聞くと、

 

 

これを観なければ! と思うのが

 

 

この映画。

 

 

「若草物語」です!

 

 

 

 

最近、ストーリー オブ マイライフというタイトルで

 

 

再びリメイクされましたね。

 

 

それも観に行きました。

 

 

昔の「若草物語」以上のものがあるはずはない、

 

 

と思いながら。

 

 

 

でもそれはそれでとても美しい映画でした。

 

 

昔の作品へのオマージュとわかるシーンも

 

 

随所に織り込まれていて、

 

 

そうやって歴史をリスペクトしながら

 

 

新しいものが生み出されて行くのだなって。

 

 

 

 

「ひまわり」で紹介されているのは

 

 

1950年、昭和25年の2月号。

 

 

近々封切られることになりました、とあります。

 

 

原作の Little  Womenは、1869年に出たもの。

 

 

時を経ても変わることのない、美しい物語。

 

 

そして美しい映画です。

 

 

 

「ひまわり」でも「それいゆ」でも

 

 

「ジュニアそれいゆ」でも、

 

 

「若草物語」は何度も題材になっています。

 

 

 

 

 

 

淳一さんがこの物語を愛し、

 

 

若い人に是非知ってほしかった

 

 

ということが伝わって来ます。

 

 

 

 

この映画には、解説は要りません。

 

 

クリスマスが近づいて来たら、

 

 

今年も、観なくては。

 

 

 

 

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「若草物語」の四人の少女は、

それぞれに個性にあった髪型や洋服で

私たちをよろこばせてくれ、

非常に魅力的なものです。

 

メッグ、ジョー、エイミー、ベス、

さあ、皆さんは、この四人の中の、

どのタイプだとお思いになりますか?

 

自分をようく考えてみて、

きっとこの少女だと思い当たったら、

ちょっと楽しみに

こんな風な髪型にしてみたらいかがでしょうか?

 

 

 

中原淳一


 

 

 

 

 

 

 

ぬりえをしましょう●その7

 

 

 

以前は11月の声を聞くと、七五三の月だなと思い、

 

 

晴れ着を着たちょっと得意そうな女の子や男の子の手をひく

 

 

ご家族の姿をみかけたものです。

 

 

 

今年はこの時勢に合わせて、あまり派手に集まらず、

 

 

神社の作法も簡略化しているとか。

 

 

 

でも子供がいるかどうかに関わらず、私たちにとっても、

 

 

起源をさかのぼれば平安時代からという

 

 

子供の成長を祝うこの行事が

 

 

いつまでも受け継がれていくような、

 

 

そんな平和な時代がこれからも長く続くことを

 

 

祈るきっかけにできたらいいですね。

 

 

 

 

久しぶりのぬりえは、子供たちの絵です。

 

 

淳一さんは戦前から子供服の本を出版したり、

 

 

「それいゆ」にも、たびたび

 

 

子供服のデザイン画を載せたり、

 

 

しつけについてのアドバイスを書いたりしていますが、

 

 

一度病気をして療養生活を経た後の1960年代に、

 

 

ふたたび子供服の仕事に力を入れて、

 

 

百貨店で子供服のファッションショーを開いたりしています。

 

 

 

 

この絵は、ずっと昔にファンの方からいただいた

 

 

スクラップブックに貼られていたもので、

 

 

いつ、どの本に描かれたものなのか、長くわからずにいたのです。

 

 

 

 

でも、あるとき、名古屋でイベントを開催していたときに、

 

 

お客様が教えてくださったのです。

 

 

名古屋にあった子供服の店の包装用の紙袋の絵だ、って。

 

 

淳一さんは、頼まれると

 

 

お店用にデザインを描いてあげたりもしていたのです。

 

 

その方は、とても可愛くて印象に残っていたそうで、

 

 

また出会えるなんて! と喜んでくださいました。

 

 

こんなふうに、わからなかったことが紐解かれていく、

 

 

そんな出会いを持つことができるなんて、

 

 

それこそ、私たちにはとても嬉しいことでした。

 

 

 

「子供服」のぬりえのダウンロードはこちら

 

 

 

 

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日本ではお正月とか、七五三のように、

特別な時以外は、子供をあまり着飾らせない習慣が

あったようです。

 

それは「すぐに汚してしまうから」

「すぐ着られなくなってしまうから」など

そんな考え方があったように思うのですが、

なるほどどれも尤もなことのようで、

もし「どうせ子供だから」と云っていたら、

娘時代にも

「どうせすぐ年をとってしまうのだから」と

同じことになるわけで、

それでは一生 美しくなれない。

 

自分の子供がどうすれば可愛くなるかを知っていて、

一つ物を買っても、また同じことをしても、

「子供を一番可愛く見せるコツ」を知った上でするのと、

いいかげんな気持ちでするのとでは

結果が大変に違ってくる、ということを

知ってほしいものです。

 

 

中原淳一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追悼・高田賢三さん

 

 

 

 

 

いつもの通勤路を歩いていたら

 

 

マスク越しにもふと匂ってきた花の香り。

 

 

見上げれば、金木犀の花が満開でした。

 

 

いつのまにか、秋が来ている・・・

 

 

 

そんなことを感じた日、

 

 

思いもかけず飛び込んできた高田賢三さんの訃報。

 

 

しかもコロナが原因だなんて。

 

 

お会いしたことはなかったけれど

 

 

あまりにも悔しく、悲しいニュースでした。

 

 

 

 

上の写真は36年も前の、雑誌の切り抜きです。

 

 

賢三さんは小学校5年生のころ、

 

 

お姉さまが読んでいた「それいゆ」や「ひまわり」で

 

 

中原淳一に出会ったそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょうど淳一さんがパリに住んでいた頃で、

 

 

「僕がパリに住んでいるのは、

 

 

もしかして”それいゆ後遺症”のせいかもしれない」

 

 

と、ここには書いてあります。

 

 

 

 

そのパリで亡くなった賢三さん。

 

 

お会いしたことはなかったけれど、

 

 

18歳で初めて東京に出ていらした学生の時、

 

 

東京駅からその足で、当時江古田にあった

 

 

中原淳一の家を訪ねた、という話を

 

 

ことあるごとに雑誌や新聞でしてくださっていたので、

 

 

勝手に身近な存在に感じていました。

 

 

 

 

家の前まで行ったけれど、呼び鈴を鳴らす勇気がなく

 

 

遠くから眺めて、ここにいらっしゃるんだなと思って帰った、という

 

 

初々しい少年の話です。

 

 

 

 

心から、ご冥福をお祈りします。

 

 

会うことのなかった淳一さんに、

 

 

どうか天国で出会って、と夢見つつ。

 

 

 

 

 

 

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パリに来て、まず目につくものの一つは、

夫人の帽子の美しさだ。

 

ひと昔も前に作ったような流行遅れの晴れ着を着た

裏街のふとっちょのおかみさんも、

終生着るつもりの黒い服をまとった

針金のようにやせ細ったおばあさんも、

またそれぞれにそれらしい帽子をかぶり、

その帽子には羽根や花やリボンが

飾られてあるのだから、

シャンゼリゼやコンコルド広場を

モードに身をつつんで、ファッションショウを気どった

そぞろ歩きの貴婦人達は云うに及ばず、

その帽子が一段と華やかに全身を引き立てている。

 

太陽の薄い、ほの暗いパリの街で

婦人の帽子はひどく華やかで

色彩的な印象を残している。

 

 

 

1951年 巴里にて

中原淳一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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