連日暑い日が続いていますねネガティブ

 

今日は少しテイストを変えて、自分がメンタルを崩してしまったからこそ気付けたことを書こうと思います。

 

教師として働き出して10年以上経ちますが、自分がこのように体調を崩すとは夢にも思っていませんでした。

 

そして体調を崩した時は、後悔や将来への不安、それどころかその瞬間を生きるのも辛い(死にたいというわけではありませんでしたが)ことがありました。

 

休職してから少し体調が良くなった時に近所を散歩していると、真っ青な空に白い雲が浮かんでいるのを見かけました。

 

当たり前の風景です。

 

しかし、朝の7時前に出勤し、帰宅が21時頃の自分にとってはその風景が当たり前ではありませんでした。ゆっくり空を眺める時間なんてありませんでしたし、出勤時はまだそこまで青空というわけでもないし帰りは真っ暗です。

 

その空を見ていると、自分がどれだけ仕事でゆとりもなく過ごしていたのかに気付きました。

毎日空は青いんです。雲はただただゆったりと流れているんです。

 

それから毎日、朝、昼、夕方などできる限り散歩することにしました。

4月、5月、6月と月が移り変わるごとに花や植物の種類が変わります。

これも知っていても、自分の目で植物を見る時間なんてありませんでした。

 

せかせか生きてきたことで、得たものももちろんあります。

しかし、見えていなかったこともたくさんあったことに気がつきました。

 

もし自分が体調を崩していなかったら、今もこんな当たり前のことにも気付かずただただ仕事に追われていたと思います。

 

使い古された言葉ですが「全ての出来事には意味がある」

理不尽なことだってあるけれど、そう信じたいです。

 

今回の体調を崩したのも、ただただ「なんで自分がこんな苦しい目に」と思わず、素敵な気づきを与えてくれたものとポジティブに捉えようと思います。

 

2024年5月下旬

体調も4月に比べかなりよくなったので、復職を決意しました。

復職にあたり職場の方にもたくさん協力をいただきました。

 

復職初日、先生方や生徒たちにもとても温かく迎え入れてもらいました。

 

生徒たちに「もう大丈夫?」「めっちゃさみしかった」などたくさん声をかけてもらい本当に涙があふれでそうでした泣くうさぎ

 

大変だけれども、やはり教壇に立って授業をしたり、生徒と話したりしている瞬間がとても充実していると再認識しました照れ

 

しかし、そんな気持ちとは裏腹に帰宅後に押し寄せる不安感。

入浴中、就寝前に以前にもましてその気持ちが押し寄せてきました。

朝には少し収まるので、何とか学校に向かうも1週間もせずに限界を迎え、生徒たちや先生方に申し訳ない気持ちを持ちつつ、6月に入り再び休職することになりました。

2024年4月下旬

オンライン診療を受診し、ついた病名は「不安神経症」でした。

 

もちろん初めて聞いた病名でしたが、何だか自分の状況にぴったりの名前だなと思ったのは覚えています。お医者さんに薬を飲んで治療するか薬なしで治療するかを聞かれ、即座に薬ありを選びました。

 

中には薬に対して強い抵抗感を示す人もいると思うのですが、自分としては薬で症状が和らぐのであれば乱用しない程度に薬は使用する派です。(頭痛持ちなのですが、痛くなったらすぐ薬を飲みます)

副作用なども考えなければなりませんが、我慢することでQOLが下がってしまう方が辛いというのが持論です。

 

さて、話は戻りますがその時に処方されたのは「D(仮名)」という薬でした。

この薬、実は自分には全く合いませんでした泣くうさぎ泣くうさぎ泣くうさぎ

飲んだ約3時間後に起きていられないほどのめまいと吐き気、下痢などの副作用に襲われ1回で服薬はやめたのですが、その後1週間以上にわたり腹部の膨満感と吐き気がおさまらず体重が1週間で5kg減少しましたネガティブ

 

※お医者さんの話では、薬はたくさん種類があり合う合わないはあるということだったので、自分には合わなかったのだと思います。もしかしたら我慢して続けていたらあっていたのかもしれませんが副作用が衝撃的すぎて続けられませんでした。

 

この副作用に苦しんだ1週間、思い返せば本当に地獄でした。

ゴールデンウィーク中ということもあり、病院にも行けませんでした。

ゼリーや経口補水液、おかゆ2、3口という食生活で心も体もボロボロ。

生まれて初めてゴールデンウィークが早く終わってほしいと思いました。

ご飯を食べられることのありがたさも感じました。

 

何とか乗り切りそこからは一旦薬なしで過ごしました。

体調もだんだんと戻っていって5月の下旬には「治った?」と思うくらいまで回復しました。

 

1ヶ月も休んだし、ここまで治れば来週から復職してみるか。

そう決意しました。

2024年4月下旬

拭えない不安で出勤が出来なくなってからネットで近隣の心療内科を検索し続けました。

多くの病院が初診を受け付けていなかったり、予約が取れても半年以上先だったりしました。

 

それでも自分の中の不安は消えてくれません。

病院に行けない不安も相まって夜もなかなか寝付くことができませんでした。

 

どうしようもないそんな中、目についたのは

 

 

オンライン心療内科

 

 

の文字

 

 

オンラインということで半信半疑でしたが、藁をもすがる思いで予約をしました。

 

現在は通院という形で別の心療内科に通っていますが、結果としてこのオンライン心療内科をその時選択したことは自分にとって正解でした。

 

その病院は祝祭日やアフターファイブでも診察をしてくださったので、当時ゴールデンウィーク時でしたが何と当日中に診察をしていただきました。

 

 

職業柄、zoomなどを使用したことがあったので同じような形での診察

即、診断書を書いていただき病気休暇が始まりました

薬についても、郵送で受け取りました

 

そして投薬が始まります。

 

 

 

 

 

 

ここから先は自分が受診したオンライン心療内科についての参考資料です

・祝祭日、アフターファイブでも受診可能(むしろ日中は受診できない)

・薬は近くの薬局でも郵送でも受け取れる。ただし、最短でも翌日受け取り

・通院と違い、初めから薬はもらえないことがあったり、処方日数が短かったりする

・診断書はpdfだったため、病気休暇には原本が必要だったため郵送されるのに時間がかかった

2024年3月に持ち上がりの生徒の卒業式を終え、自分の役目もひと段落。

相変わらず体調はすぐれないものの進路の残務処理や部活動に勤しんでいました。

 

4月に入り、新たな役職は教務主任でした。

学校全体の運営に携わる職務です。

もちろん自分自身初めてのポジション。

試行錯誤しながらも何とか新学期のスタートを切ることができました。

 

 

そして数週間後の放課後

 

 

部活指導中に立ち上がれなくなりました。

 

うまく話すことができない。

 

今までのしんどさの中で最大級のものが自分を襲ってきました。

 

何とか職員室に戻り、その日はすぐに帰宅することにしました。

 

 

その時、初めて「休職」というものが自分の頭の中に思い浮かびました。

 

 

翌日は学校を休みました。

その次の日は、何とか起き上がり自宅を出ようと思ったところで、めまいと吐き気に襲われそのまま出勤を取りやめました。

 

 

「もうだめだ」

 

 

そう思い心療内科の受診を決めました。

しかし、新年度はなかなか病院の予約が取れませんでした。何件も断られたり、予約できても半年以上先だったりしました。

そんな中、何とかすぐに診てもらえる病院を見つけます。

そもそもなぜ体調を崩してしまったのか。

その前に、私自身の教師人生を振り返ってみます。(興味ない人は飛ばしてくださいガーン

 

私自身、教師という仕事が大好きです。

子供にも周りの職員にも恵まれ、大変なこともたくさんありましたがそれ以上に幸せなことがたくさんありました。

(もちろん思い出補正も入っていることでしょうが)

 

初任の頃から部活の主顧問を任され、朝練習、放課後練習に授業準備、生徒会、学級の準備など盛りだくさんでした。

帰るのは20時、21時は当たり前、テスト前ともなると日を跨ぐことも珍しくはありませんでした。

 

クラスや学校が落ち着いていたかというとそういうわけではなく、破壊行為や陰湿な陰口、暴力行為などさまざまで

その対応に追われていました。

 

何事に対しても本気で生徒とぶつかっていたのはこの頃が一番だと思っています(笑)

 

授業が何よりも好きで、授業準備には手を抜きませんでした。

行事も大好きで、生徒以上に進んで行動していました。(←生徒の成長を考えるとあまり良くない)

部活も自分の専門以外しか顧問をしたことがありませんが、一緒に常に活動していました。

 

ただダメだったのが、仕事を趣味にしていたこと。

休みの日も授業準備に明け暮れていました。

それだけ遅く帰ってきても、ご飯、お風呂、仕事と自分の自由時間を作ってあげませんでした。

 

若い時はそれでいけていたかもしれませんが、去年転機が訪れました。(悪い意味で)

 

そう、今流行り?の「教師不足」です。

「初めての2つの要職主任兼務」に教師不足により「授業の持ちコマが20」を超えていました。

(自分自身20コマ以上持ったことはありますが、さすがに2つの要職の主任兼務は無理ゲー)

 

 

2023年4月からいきなり残業時間は100時間を超えていましたが、何とか走っていました

 

 

 

が、

2024年に入り、体に異変が、、、、、

 

 

・呼吸がしんどくなる

・家で仕事をしている時に右目が見えなくなる

・頭痛やめまいがひどい

・喋ると吐き気がする

 

 

この辺りで明らかに変なんですが、持ち上がりの3年生をみていたこともあり、意地で走り抜けました。

 

2024年3月今思えば、体はずっと悲鳴をあげていたんだと思います。

気づいていていながら何もしてあげられなかった自分に災難が訪れます。

 

次回へ

はじめまして!!

 

現在中学校の教師14年目のひかりですにっこりにっこりにっこり

今年(2024年4月)から体調(メンタル)を崩して現在、病気休暇中です泣くうさぎ

 

どのような経緯で休暇にいたり、休暇中はどのように過ごしているのか、そして(まだだけど)どのように復職したのかを

ブログで書いていけたらと思っています。

 

自分のパターンが他の人に当てはまるわけではないと思うけれど、

 

こんな考え方もある

 

って少しでも思ってもらえて、少しでも誰かの助けになれれば幸いですビックリマーク