土方美雄の日々これ・・・
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「近藤あき子展」、6月15日より丸木美術館で・・

「オリンピック終息宣言展」で知り合い、私たちの「ラテンアメリカ探訪アート展NOSOTROS 5 Luna」にも来て下さった、アーティストの近藤あき子さんの個展が、6月15日(水)~7月3日(日)の会期で、埼玉県の「原爆の図 丸木美術館」にて、開催される。

近藤さんは、アメリカ・ヒューストンの美術学校で、絵画と美術史を学び、国内や世界各地で個展を開催され、最近では、5月の東京都美術館での「九条美術展」にも、大作を出展されていた。油彩画をはじめ、布を使った作品にも、取り組まれている。

丸木美術館の開館時間は、午前9時~午後5時で、月曜が休館。入場料は900円。東武東上線・森林公園駅よりタクシーで10分。同・東松山駅からはバスも出ているが、本数は1日6便と、少ない(しかも、日祝日は運休)。

とても行きづらい場所だが、常設されている丸木夫妻の「原爆の図」は見応え十分なので、是非是非。私も、何とか、時間をつくって、行くつもり。文字通り、1日がかりだけれども・・ねッ。

ところで、その丸木位里・俊夫妻の作品も出展された「表現の不自由展 東京」の図録が、昨日、届いた。同展は、チケットを持っていながら、「ラテンアメリカ探訪アート展」等と重なり、行くことが出来なかった。

なお、近藤あき子さんの推薦もあって、私は来年の「九条美術展」へも、参加できる見込み。恥をかかずにすむよう、頑張りたい。

 

「アンデス、ふたりぼっち」試写会

7月30日より、新宿K's cinema他にて、順次、ロードショー公開されるペルー映画「アンデス、ふたりぼっち」のマスコミ向け試写会が、渋谷の映画美学校であり、出席した。以前、ペルー映画祭で上映された作品だが、予定が合わず、観ることが出来なかったもの。

同作は、全編、ペルーの少数民族の言語であるアイマラ語で収録された、初の長編映画で、オスカル・カタコラ監督の長編デビュー作にして、遺作となった作品(34歳で急逝したため)。

ペルーの標高5000メートルの高地で、リャマや羊と共に、たった2人で暮らすパクシとウィルカの老夫婦の、過酷な日常生活を描く、劇映画。息子は、都会に出て行ったまま、音信不通で、それでも何とか、たった2人で、頑張って暮らしていたが、夫のウィルカは、マッチがなくなったため、遠方の村まで買いに行くよう、妻に頼まれ、出かけるが、途中、倒れてしまう。何とか、家まで帰り着くが、飼っていた羊が狐に襲われて、全滅し、さらにマッチを買うことが出来なかったため、火種を絶やすことが出来ず、つけていた火で、家が全焼してしまう。そして、気落ちしたウィルカを、病魔が襲う・・。

まるで、不幸の百貨店のような映画だが、オスカル監督は、決して、アイマラ族の惨めな境遇を描いた作品ではなく、過酷な自然の中で生きる、アイマラ族の誇りと文化、そして、先住民の村々を放置する国家の棄民政策への批判を込めた作品であると、その製作意図を語る。

同作は、ペルーの地域映画(シネ・レヒオナル)の傑作として、高い評価を受けたが、監督は長編第2作目を撮影中に病死し、本作が、残念ながら、遺作となった。ペルー映画の日本での配給を手がける、ブエナワイカの自信作でもある。是非、観て下さい。

 

 

もうろくジジイに、なっちまったぜぇ&鈴木大拙展???

私は、やはり、えらく、もうろくしているようだ。今日、外苑前の「アートスペース morgenrot」へ、行った。今週末で終わりの「岡田杏里・山増ちひろ2人展」を観に行こうと、そう思っていたのだが、着いたら、鍵がかかっていて、ガラス張りのお店なので、店内は丸見えなのだが、照明は消えている。

その時点で、当然、気づくのがフツーなのに、何故か、多分、オーナーさんが、ちょっと、お昼休みか何かで、出かけているだけだろうなどと、勝手に、そう解釈して、店の前にしばらく座っていたが、一向に、帰ってくる気配はない。

もしかして・・と、ようやく、カバンの中を引っかき回して、2人展のDMを探す。ありましたぁ~、月・火・水は休廊・・って、き、休廊が3日に、増えていたぁ~(汗)。ガーン。多分、休廊は月曜だけだろうなどという、自分勝手な思い込みで、DMをキチンと、チェックすらしていなかった。何という、バカだ。

這うようにして、外苑前の地下鉄の駅まで戻って、そこで、完全に、気力が尽き、目についたスタバに、飛び込んで、しばらく、ボーッとしていた。せっかくなので、少し、休んだら、ワタリウム美術館へでも寄っていこうと思っていたのだが、少し休んだら、もう、その気力も、完全に、失せた。結局のところ、スタバには、ウダウダと、2時間近くいて、それから、イヤイヤ、帰宅。

ハイ、スイマセン。でも、ガラス越しに、岡田さんと山増さんの作品は、チラッとだけど、見ましたぁ~。週末までに、再訪できなかったら、ゴメン。

ところで、ワタリウム美術館の次回の展示は、「鈴木大拙展」だってば・・よッ。鈴木大拙は知っているし、同館が、鈴木大拙の研究会とかを、以前、やっていたことも、知っているが、それと、現代美術とが、どう結びつくのか、よく、わからん。それとも、大拙の書とかを、展示するのか???えッ、岡倉天心???木喰???西田幾多郎???坂本龍一とか、ヨーゼフ・ボイスとか、ナムジュン・パイクの名も、出展者一覧の中には、一応、入っているけれども、これはもはや、単なる現代アートの展覧会を超えているなぁ・・と。

 

 

 

裁判の話

昨日は、午後1時半から、東京地裁・高裁前でビラまき、2時半から公判、終了後、近くの日比谷図書文化館に移動して、報告集会。以上。

ビラまきは、受け取ってくれる人は、10人か20人に、1人くらいの割合。つまり、ほとんどの人は、ビラなど、受け取ってはくれないのだ。特に、若い人や、スーツをビシッと決めた人は、ほぼ、受け取ってくれない。

公判は、皆さんは、裁判というと、ドラマの法廷劇のようなものを想像されているかも???ですが、実際の裁判は、準備書面や答弁書等、書類の提出が主で、それこそ、あッという間に、終わってしまう。それでは傍聴してくれた方に悪いので、原告側弁護人が、提出した準備書面等の内容を要約して、あえて法廷で、読み上げている。国などの被告側は、もちろん、そういったリップ・サービスとは一切無縁なので、つまりは、終始、何もいわずに、席に座っているだけ。裁判官に聞かれた時だけ、立ち上がって、ハイとか、短く答えるのみ。

報告集会では、弁護士が、その日の法廷で何が行われたのかを、詳しく説明し、質疑応答を受ける。法廷では、前述のように、書面でのやりとりが主で、しかも、話す場合も、マイクなどは使わないので、要は、傍聴席に座っている人には、進行がサッパリ、わからないことが多いのだ。特に、耳の遠い老人には・・ねッ。

私は原告なので、時々、柵内の原告席に座ることもあるが、ほとんどの場合は、傍聴席に座っているので、その場合は、補聴器をつけていても、ほぼ、話は聞こえない。つまり、情けない話だが、報告集会で弁護士の話を聞いて、はじめて、その日、法廷で何が行われたのかを、知ることが出来るのだ。もっとも、昨日は、柵内の原告席に座ったので、弁護人の話は、バッチリ、聞こえた。ただし、柵内の原告席は、5人分くらいしかないので、たいていは、遠慮して、傍聴席に座っている。

 

 

「鋼の錬金術師 完結編 復讐者スカー」

5年ぶりに公開される「鋼の錬金術師」実写版の続編。荒川弘の人気コミックの映画化だったが、前作はハッキリいって、凡作だった。

完結編の前編「復讐者スカー」は、曽利文彦監督に、山田涼介ら、その前作とまったく同じ、スタッフ&キャストでの映画化とあって、正直、何の期待もしていなかったが、前作に比べ、少なくとも、CGとかは、格段に進歩している感じ。

復讐者スカー役に新田真剣佑、キングブラッドレイ役に館ひろしといった新キャストを加えて、大長編の残りのストーリィを、前・後編のたった2作でまとめるという荒技だが、昨日行ったシネコンは、日曜の昼間というのに、私を含めたった3人しか、観客がいないという超閑散ぶり。だ、大丈夫か???「鋼連」。シネコンそのものは、大勢の観客で、賑わっていたというのに・・ねッ。みんな、「シン・ウルトラマン」や「コナン」「シンちゃん」「ドクター・ストレンジ」に、行っちゃったのか???

観ての感想は、ソコソコ、面白い。でも、正直いって、もう、「鋼錬」の時代ではないのかも・・しれない。

 

 

「秋篠宮」

明日は、午後2時半から、久しぶりの口頭弁論&報告会。そういえば、関連して、元毎日新聞記者の江森敬治という人が書いた「秋篠宮」(小学館、1500円+税)という本が、話題になっているというので、イヤイヤながら、買って、読んだ。

著者が、親交のあった秋篠宮と面会し、直接、聞いたことをまとめたという、いわば秋篠宮公認(らしい)のインタビュー集。特に、眞子さんと小室圭の結婚に至る経緯が、秋篠宮自身の言葉によって語られ、話題になっているが、まぁ、これといって、新しい情報は何もなし。それより何より、著者の秋篠宮への好意に満ちた思い入れが、やや鼻につき、読んでいて、正直、気持ちのよいものではなかった。ハッキリいって、親交のない兄の天皇より、秋篠宮が好きッ!!!という内容の本。

もっとも、著者自身は、「こう書いていると、新天皇への厳しい姿勢として理解されそうだが、それは本書の本意ではない。むしろ天皇には大きな期待をしている」云々と、言わずもがななことを記しているが、そう書けば書くほど、秋篠宮へのひいき本としか思えない、内容だ。

買って読むほどの価値は、あまりないので、後日、図書館等で借りて読めば、十分。まぁ、それでも買って、すぐに読みたいという方は、買って、読んで下さい。それはあなたの、自由なので・・。

しっかし、著者さま、秋篠宮の発した言葉を、どう読んだら、「護憲」姿勢鮮明・・ということになるんかい、私には、サッパリ、わからん。

明日は、霞ヶ関からの帰路、久しぶりに、丸善にでも、寄ってみよう。最近は、駅の反対側の、八重洲ブックセンターばかりに寄っているが、それは同店内にある「ドトール」が、長時間、滞在するには、居心地がいいからであって、他意はありませ~ん。2軒回ればいいじゃん・・という人もいるだろうが、70のジジイには、歩くのには、少し、疲れる距離。

 

 

 

 

「池田修を偲ぶ6日間 都市に棲む~池田修の夢と仕事~」

6月14日(火)~19日(日)、みなと未来線・新高島駅構内(地下1階)のBankART Stationで開催される「池田修を偲ぶ6日間 都市に棲む~池田修の夢と仕事~」の概要です。

11:00~19:00 参加費1000円(池田さんの本購入者は無料)

 

追悼イベント 19:30~21:00 参加費1000円(要予約、info@bankart1929.com)

6月14日(火) 「池田修の40年」川俣正、山野真悟、村田真

6月15日(水) 「池田修をめぐって」石内都、柳幸典

6月16日(木) 「アーティストからみた池田修」牛島達治、開発好明、磯﨑未道佳ほか多数

6月17日(金) 「Bゼミ時代の池田修」小林晴夫、牛島智子、中川達彦、北風総貴

6月18日(土) 「池田修と街にひろがるBankART」曽我部昌史、佐々木龍郎、秋元康幸

6月19日(日) 「これからどうなるBankART」キックオフ(14:00~17:00、入場無料) 北川フラム等ゲスト多数

 

展覧会形式での追悼式です。献花台も、設けられます。みなさま、どうぞ、ご参加を。ちなみに、私は、初日の14日と、最終日の19日に、行きます。

 

 

 

「BankART Under 35 2022/寺田健人 熊谷卓哉」

BankART KAIKOで開催されている「BankART Under 35 2022」の第2期は、寺田健人さんと熊谷卓哉さんのお2人。20日から6月5日までの、会期である。入場料は、パンフ1冊付きで、200円(2冊購入なら、プラス200円)。

寺田さんは、「想像上の妻と娘にケーキを買って帰る」と題した、写真とインスタレーションをメインにした展示。父親が父親らしくパフォーマンスする場・・をテーマにした、架空の家族写真と、その生活の痕跡を再現した、家具やおもちゃ、衣類等の様々な生活用品を、インスタレーションとして、広い空間に、並べている。

一方、美術家であり、ディレクターでもある熊谷さんは、広い意味での「彫刻」作品が、メイン。半魚人が剣を持ち、バイクにまたがった「公共彫刻計画〈男性性〉」と題した、3Dプリンターで製作した作品や、ホームセンターで集めた資材や商品のみでつくられた作品、ホテルの客室を再現した空間を、ブルーシートで覆い、まったく、中が見えなくした作品等々、ユニークな「彫刻」作品が、ブース内に並ぶ。ブルーシートで覆われた作品は、その中がどうなっているか、外からでは、まったく、わからないが、パンフレットによると、ネットでは、その内部を観ることが出来るのだ、そうだ。

面白いといえば、面白かった。お2人の展示を観ながら、壁に、いくつもの不穏な映像(たとえば、走る人の目から見た揺れる風景や、その荒れた息づかい、何度も振り下ろされるハンマーのようなもの、飛び散る血、くり返し、急発進する車、しまえながを襲うカマキリ、バスタブからあふれる水と、排水溝まで流されたあひるのおもちゃ、庭のプランタンの枯れた植物等々)が、折り重なるように、流れ、広い展示スペースのほぼ中央に、血染めの新聞紙と、首が引きちぎれそうな、ぬいぐるみ1個のみを置いた展示などを、頭ん中で、妄想してみたりもした。生憎、私は70のジジイなので、Under 35には、混ぜてもらえないが・・。

 

 

 

「オードリー・ヘプバーン」

24歳の若さで、「ローマの休日」で、アカデミー主演女優賞を受賞し、世界的な人気女優となったオードリー・ヘプバーンの生涯を、膨大な映像資料と、オードリーの長男や孫をはじめ、関係者の証言でつづった長編ドキュメンタリー映画である。

栄光の陰での不幸な私生活、しかし、仕事をセーブして、自分の子供たちに愛を注ぎ、晩年はユニセフ国際親善大使として、身を削って、世界の子供たちの幸福ためにも奮闘した、その文字通り、賞賛しかない、孤高な生涯を、母や祖母への、心からの敬愛に満ちた、長男や孫のナレーションで追っていく、感動作。

はじけるような、天使の笑顔と、時折、見せる寂しげで暗い表情。そのどちらも、真実のオードリーなのだと、実感。

有楽町のTOHOシネマズシャンテで、観る。ほぼ満席の観客の大半は、中高齢の女性だった。上映終了後、隣接するビルの喫茶店で休むが、ビル内に、大きな宝塚のショップがあるらしく、こちらも、おそらくは大半、若い宝塚ファンの女性で、ほぼ満席状態。何とか、空席を確保して、しばらく、ボーッとしていた。ただのタリーズなのに、おっさん(イヤ、ジジイです)がいるのが、何か、場違いな世界。そういえば、すぐ目の前が、東京宝塚劇場。1度も、入ったこと、ないけれども・・。

「死刑にいたる病」

暴力映画の巨匠(し、失礼ッ)白石和彌の新作だから観たわけではなく、阿部サダヲがサイコパスな殺人鬼を演じる、映画だったから。

予想通り、阿部サダヲは、メチャクチャ、うまい。見かけは、ごくフツーのおっさんで、愛想がよく、一見、親切な、町のパン屋さん。でも、近くの高校の生徒と、丁寧に、時間をかけて、信頼関係を築いたあと、襲って、凄惨な拷問の末、殺す。そのギャップを、阿部サダヲは見事に演じきって、本作を、世にも恐ろしい物語に、仕立て上げた。

もう1人の主人公、岡田健史演じる「雅也」は、子供のころから、そのパン屋のオヤジと、親密な関係だった。ハッキリいって、親切にしか、されたことがない。ある日、24件の殺人で起訴され、死刑が確定した彼から、話したいことがあるという手紙をもらって、雅也は、刑務所に赴く。死刑囚である、親切なパン屋のオヤジは、24件中23件は、間違いなく、自分がやったものだが、たった1件は「冤罪」だという話をして、雅也に、その事件の真犯人をつき止めてもらいたいと、依頼する。

事件の調査を始めた雅也は、さらに恐ろしい、悪夢の世界に迷い込んでいく・・という、物語。ラストの2重のどんでん返しも見事な、猟奇殺人鬼ものの傑作である。そういう話が好きな人は、観て下さい。

 

 

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