村井秀夫刺殺事件の真相を追って -22ページ目

村井秀夫刺殺事件の真相を追って

村井秀夫は何故殺されたのか?徐裕行とは何者なのか?
オウム真理教や在日闇社会の謎を追跡します。
当時のマスコミ・警察・司法の問題点も検証していきます。
(2018年7月6日、麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚らの死刑執行。特別企画実施中。)

徐裕行と東日本大震災



2011年3月11日。
この日、東北地方を中心に、東日本大震災が発生し、
巨大津波や家屋の倒壊などで、2万人近くの人たちが命を落とした。

更に、津波の影響で福島原理力発電所の放射能漏れ事故が発生し、
40万人以上の避難民が、極寒の中避難生活を強いられた。

自衛隊、消防隊、企業・民間ボランティアなどが現場へ駆けつけ、被災者の救助やがれきの撤去、炊き出しなど復興支援をした。

その中で暴力団が被災者に炊き出しを行う光景が見られた。
一部のマスコミは彼らを「任侠道」だと持ち上げた。

殺人犯・徐裕行にとっては、東日本大震災は「濡れ手で粟」の出来事であった。
復興支援の様子をブログに公表すれば、人殺しでも更生しているように誤摩化しがつくからだ。
自分の利益のためなら、オウム被害者も、拉致被害者も、被災者も、骨の髄までしゃぶり尽くす。それが徐のスタンスなのだ。

徐は早速、支援団体「G-rise日本」へ向かった。

「G-rise日本」は静岡県富士宮市猪之頭に拠点が置かれた組織である。
かつてはこの付近にオウム真理教「富士山本部道場」や「第4サティアン」が所在しており、徐が刺殺した村井秀夫にとっても縁のある地域だった。

この地域を支配していたのは山口組系二次団体・後藤組である。
組長は、後藤忠政(本名:後藤忠正)。
2008年に山口組から絶縁され解散状態となっていたが、水面下で活動を続けていた。
そして、この後藤忠政が、「G-rise日本 憚りながら支援者後援」の主催者だったのである。

徐は公判で裁判官に対し「暴力団との付き合いは絶つ」と宣言していたが、約束を反故にした。

徐は後藤の援助で、ワゴン車や10tトラック、4tトラックをかき集め、大量の水や食料、缶入りのガソリン、防寒具を車内に詰め込んだ。





「G-rise日本」の代表は夏井辰徳。野村秋介の門下生であり、その縁で後藤と関係を持つようになった。(夏井は袴田事件冤罪運動の一貫として、後藤組長と共に映画『BOX袴田事件-命とは』の制作。脚本に関わっていた。)
徐は「G-rise日本」の副代表を務めた。メンバーは10名余だった。


(メンバーのブログサイト)


横断幕には「朝霧ビバレッジ㈱」の社名

彼らは南相馬市やいわき市へ向かい、被災者に支援物資を配った。



徐と握手を交わす南相馬市長・桜井勝延氏。しかしその右手は村井をあの世へ送った血なまぐさい手でもある。非常時とはいえ如何なものか


取材を受ける夏井、徐裕行

ここまで読むと、殺人鬼とはいえ、徐裕行の行動は正当であると感じた方もいるだろう。
しかし、現地では被災者と暴力団のトラブルが問題になっていたのだ。
以下、「社会VS暴力団暴対法20年の軌跡」より抜粋。


被災地における暴力団犯罪

警察庁は「平成24年度上半期の暴力団情勢」(以下「平成24年度情勢」という)において、東日本大震災に復興事業に絡み、暴力団が、被災者を対象とした貸付制度を悪用して貸付金を搾取したり、被災地の復旧・復興工事に労働者を違法に派遣するなど、震災の復興事業に介入している実態がうかがえる」とする。

福島県における暴力団による犯罪は具体的にはどのような事件が発生しているか、地元新聞である「福島民報」の報道から調査を行った。また、調査期間は平成23年4月1日~平成24年10月31日とした。



⑴暴力団による傷害・恐喝・窃盗事件

①平成23年の事件
住吉会系暴力団のとび職ら6人が傷害容疑で逮捕(いわき、6月9日)。
住吉会系暴力団組長が住宅侵入容疑で逮捕(いわき、7月20日)。
稲川会系暴力団組員が、言いがかりをつけて30万円を恐喝で逮捕(郡山、8月26日)。
住吉会系暴力団組員4名を拳銃不法所持容疑で逮捕。福島県警と宮城県警の合同捜査(拳銃27丁銃弾43発が相馬署管内で発見されたことによる)(12月27日)。

②平成24年度の事件
原発仮払保証金を受けていた双葉郡の男性から100万円を脅し取った容疑で、住吉会系暴力団組員2名を逮捕(郡山・双葉、1月18日)。
郡山の会社員への貸付に関する貸金業違反容疑(法定利息の60倍)で、稲川系暴力団組員を逮捕(郡山、1月20日)。
顔見知りの男性を暴力団幹部が金属バットで殴り、左肘を骨折させた傷害容疑(会津若松、3月3日)。
郡山うねめ祭りの提灯(1,500円相当)を盗んだ窃盗容疑で逮捕(郡山、9月5日)
住吉会系暴力団組員が経営する人材派遣会社の従業員男性が無断で震災復旧工事の仕事を辞めたことに因縁をつけ、自宅で825万円を脅し取ろうとした容疑で、同組員ら7人を恐喝未遂で逮捕(郡山、12月23日)

⑵暴力団による詐欺事件

①平成23年の事件

被災世帯貸付制度を悪用し、貸付金をだまし取った(10万円)容疑で山口組系暴力団組長を逮捕。  
同貸付制度は、暴力団緩傾斜は利用できないが、福島県社会福祉協議会に身分を偽って申請。他に、100件の不正利用がある模様。

②平成24年度の事件
損保会社から交通事故に伴う休業補償金を騙し取った118万円容疑で警視庁は、郡山市の山口組系暴力団組長を逮捕(2月2日)。

平成23年4月に、福島県会社服し協議会の被災者向小口と区別貸付制度を暴力団関係者を騙して20万円を騙し取った容疑で、相馬市の住吉会系暴力団組長を逮捕。(2月21日)

暴力団関係企業が原発事故被災中小企業向融資制度を悪用しようとこれまで9件、12,500万円の申請を行っていたが、県産業復興センターから相談を受けた福島県警が審査段階で未然防止。(9月19日)

これらの詐欺事件等について、福島県警の幹部は「限りなくグレーだが、暴力団と確認できざ検挙できなかったケースも多い。逮捕できたのは一部に過ぎない」と話すといった報道(平成24年10月28日朝日新聞)もあり、捜査の困難性が窺える。

⑶暴力団関係者の違法派遣等事件

東日本大震災の復興において、原発事故作業と放射能の除染作業に多額の資金が投入されているが、その資金を狙って作業請負等に暴力団が介入する可能性があるため、前者では、平成23年7月19日に警察庁の働きがけを受け、東京電力は工事元受23社と「福島第一原発暴力団等排除対策協議会(以下「東電協議会」を設置し、その協議会を通じて下請けとの確認文章の締結の徹底や反社会的勢力企業の排除)情報共有を図ることとした。また、後者では、平成24年3月13日に環境省でも除染作業から暴力団を排除すべく「環境省除染事業等暴力団排除対策協議会」(以下「環境省協議会という)を発足させ、暴力団排除の徹底を図ろうとしているが、多重請負体質を逆手に取った暴力団のお介入が引きも切らないという大きな課題に直面している。

①平成24年度の事件
原発復旧工事で、平成23年7月以前に暴力団関係者の男性が就労していたことが、福島県警及び福島県議会政調会で明らかにされた。東電協議会の設置以降は、暴力団関係者の不法就労は確認されていないとのこと。

この恐喝事件にかかわって、平成23年5月から7月にかけて、原発原子炉建屋内外でケーブル施行工事に関してて違法覇権を行っていた。元浮が設定した作業員の日当は4~5万円なるも、末端は1万円程度しか支払われておらず、多重請負構造によって下請け各社が利益を差し引いている。「原発事故以前から原発作業は金のなる木で暴力団が群がる。」と捜査当局は指摘していたが、作業員の確保が難しい現状を逆手に、組員らを定期的に派遣し、資金源にしていた。(5月23日)

自称人材派遣業である暴力団幹部が、平成23年5月から7月の間、原発復旧工事に作業員として違法覇権を行っていた容疑で郡山署に逮捕される。また、同容疑者は平成19年から4年にわたって原発作業員の日当を不法に詐取し、その合計額は数千万に上るとのこと。これらの貸金は上部組織に納めら、暴力団の資金源として裏付けを進めている。(5月24日)

(参考文献:社会VS暴力団暴対法20年の軌跡)



被災者の戸籍が大量に乗っ取られる危険な事態になっている

「死んだはずの人間」が、よその県で次々と他市町に転入届が出されている。
最も危険なのは住民基本台帳が失われた宮城県南三陸町だが、東日本大震災で被害に死者を出した県はすべてが「要注意区域」となって、現在、警察と公安の監視下に置かれている。
何が起きているのか明白だ。誰かが「戸籍乗っ取り」をして「なりすまし」を行おうとしているのである。

原発と売春
 福島第一原発周辺の地域に根を張る「兄弟分」の依頼で、原発事故直後から、現地に作業員を送っている東日本のさる組織の幹部(54)が言う。
「事故当初は1人の日当から10万~30万、月に数千万抜けたので、かなりのシノギになった。だけど被曝線量の管理がけっこう厳しく1人あたり2カ月ちょっとしか送り込めない。1カ月ほど休ませて、また行かせるわけだけど、オレたちが労働者を送る場所はいわば“最前線”。だから、あれが『ぶらぶら病』ってやつかな、帰ってきても一日中ボーッとしていたり使い物にならなくなる」
 そこで目をつけたのが、津波などによる「行方不明者の存在」だという。「これは兄弟分が関わっている手口だが」と前置きして、この幹部が続ける。
「漁師などにも多いが、被災3県には、博打や女で借金作っている被災者がけっこういて、中には闇金から多額の借金しているのもいる。借金で首が回らず、震災のドサクサに紛れて逃げたのも多いけど、オレたちは逃げた人間を捕まえるのが商売という面もある。見つけて『型にはめる』んだ。彼らを震災の『行方不明者』や『死者』ということにしてしまうんだ」
「詳しい手口は明かせない」と慎重な口ぶりだが、「ヒントは教えよう」と言って、さらにこんな話をする。
「今回の震災では、警察の捜索記録などの書類がそろわなくても、行方不明者の死亡届が受理されるようになるなど、手続きが簡素化された。原則、死亡届は行方不明者の親族が出すことになっているけど、今回は一家全滅なんてケースがたくさんあるので第三者が死亡届を提出する『方法』はある。そして死んだことになって、いったん闇金からの借金が棒引きされ、追い込みから解放された元多重債務者を、今度は偽名で原発作業員として送り込む。確かに作業員として採用する際には、住民票や健康診断書の提出が必要だけど、あくまでこれらの書類は事前に提出するもの。実際に作業の当日、大勢の作業員が現場に集まった時にいちいち名前と本人を突き合わせるわけじゃない、と言えばわかるだろう」
 そして、現場で2カ月半、「山田太郎」として働いたら、今度は「高橋一郎」名で働いてもらうという。
「まったく同じ現場で働くこともあるから、同一人物が別名で働いていることが現場の上長にバレることもある。だけど文句を言われたことはない。ひどい人手不足なんだから暗黙の了解なんじゃないかな。働かされるヤツは放射能を浴びまくって、かわいそうだけどね」
 彼らの間ではこのような人間を“ゴースト”と呼んでいるそうで、この幹部に言わせると、その数は延べで2桁ではきかないほどはびこっているという。



「南国で働こう」と巧みに誘い
 一方、被災地の夜の盛り場では水商売の女性たちがターゲットになっている。というのも、一時「震災バブル」とまで報じられた東北一の歓楽街、仙台・国分町の状況が一変したのだ。
「ガレキ撤去などの復旧工事が本格化して、昨年の一時期、建設関係者を中心に景気が急上昇。キャバクラでは女のコが足りないほどでした。それが年明け以降、パッタリ客足がとだえ、今じゃ歩いているのは、スカウトばかりなんです」(国分町の某クラブのオーナー)
 また震災前はトップクラスの売れっ子ホステスも、生活環境は悪化し、客も減って稼ぎも激減、ここにヤクザが着目したのだという。
 被災地周辺地域に拠点を構える、別の某組織系列幹部(41)が話す。
「例えば、家も仕事もなくなったホステスに風俗で働かせて儲ける手もある。だけど客がいないから必然的に東北以外の土地の盛り場に売ることになる。今年の冬は特に寒かったから『南国リゾートで働かないか』と、沖縄や九州のキャバクラに送り込む。女のコにはおいしい話ばかりするから、みんな喜んで行くよ。沖縄あたりじゃ、色白のコが多い東北のコは珍しがられ、また、同情も買って人気だそうです。中には、そうした土地で売れたホステスを同地域の別の店に次々と“転売”し、支度金を何度もせしめる人間もいると聞くよ」
 仮設住宅を舞台に被災者を狙った詐欺事件の被害も甚大だという。その手口は模倣されやすいということで詳細は報じられていないが、地元紙記者が明かす。
「最近確認されているのが、簡単に言えば、役所の人間や弁護士、警察官を装い、仮設住宅の住民たちに“調査票”を渡し、資産や預金額などの個人情報を記入させる。そして、『預金がこんなにあると被災者向け給付金を取得しにくくなるから預金の一部をいったん我々に預けてくれ』と言って根こそぎダマし取る。複数による詐欺で、組織的な犯行の可能性も高い」
 復興への懸命の努力が続けられる被災地では、生き残りをかけた裏社会の悪質なビジネスも、ますます横行しそうな情勢なのだ。



最初に仁義に厚いところをみせて、徐々に利権に浸透していく。これが暴力団の典型的手口である。


2013年5月27日。
オウム真理教幹部・上祐史浩と、オウム真理教村井秀夫幹部を刺殺した徐裕行の対談本「終わらないオウム」が出版・全国に販売された。煽り文句は「殺す/殺されるはずだった「絶対に会うはずのない、会ってはいけない二人」がいま出会い、事件の真相を徹底討論した「覚悟の書」緊急出版!」。
出版社は鹿砦社。

鹿砦社とは
主に新左翼系の書籍、暴露本を出版していることで知られる。各業界から名誉毀損・プライバシー侵害で訴えられることも多く、社長が逮捕される騒ぎも起きるなど、悪質な企業体制が問題となっている。鹿砦社は暴力団とのつながりを指摘されているが、これは子会社のエスエル出版会の契約社員であるハイセーヤスダ(編集/ライター)が、2010年からやくざ雑誌「実話ドキュメント」(マイウェイ出版)に関わっていることが起因している。近年は、「反原発」の色彩が強く、原発推進者をたたき斬るマガジン『NO NUKES voice』に力を注いでいる。



史上まれなる対談

鈴木 ばくが偉そうに真ん中に座ってすみません。緩衝地帯ですから(笑)。世界的にも、自分を殺そうとした人と対談するというのは珍しいと思います。万が一、記憶がフラッシュバックするかもしれませんし、ぼくが上祐さんの立場だったら、まず対談を引き受けないです。それを引き受けてくれた上祐さんは感謝しますし、偉いなあと思います。同時に、徐さんも、いろんなプレッシャーがあったでしょうけど、よく来てくれました。

 実は上祐さんとの対談はいかがですかという話は、鈴木さんだけじゃなくて、いろいろと来たんです。それが可能ならば、ぼくもいろいろと上祐さんに問いてみたいこともあるので、ぼくはいいですよと言ってきたんですが、なかなか実現できなかったんです。今回、鈴木さんにこういう場を設けていただいて、上祐さんと直接お話ができることになり、素晴らしい機会だと思っています。

それと、ぼく自身がなぜ村井秀夫を殺した(一九九五年四月二十二日)のか冒頭に述べると、つきつめれば、当時のオウム真理教の一連の犯罪に対する怒りだったんです。オウムの行った殺人はいけないことだと、今でも考えています。ぼくのやったことも、法的にも論理的にも道徳的にもやってはいけないことです。しかしそれを超えてしまうオウムへの怒りが、当時のぼく自身の中にもあったし、社会全体にもあったと認識しています。

鈴木 徐さんは十二年年間刑務所に入って殺人事件そのものについては謝罪していますし、また殺人という形でしか問題提起できなかったという反省もあります。今回は、二度とオウムのような凶悪犯罪が起きないようにするために、また同じような宗教団体が現れた時に、同じように暴力でそれを阻止しよう、問題提起しようという人が現れないように、お二人とあの事件の闇をもっと話し合いたいと思います。上祐さんとしても不審な点もあるでしょう。
それと、政治的な事件があると、これは本人の意思ではなく誰かに使われたんだ、バックには巨大な権力や暴力団が控えていると言われます。お金や出所後のポストが約束されているだとか。徐さんにもいろんな声があったでしょうけど、最終的には一人で決断したわけで、出所後は所属した組織もやめていますよね。警察はお金の面も徹底的に調べていますけれど、その動きもまったくないことがわかっている。背後関係がどうというのは話としては面白いんでしょうけれど、徐さんの場合は違うと思っています。ところが、村井さんが最期に「犯人はユダ」と言ったというのが大きくなって、背後に巨大な力がいるだろうと思われています。

 ぼく地震も、上祐さんが著した「オウム事件 17年目の告白」(二〇一二年、扶桑社)を読ませていただき、非常に真摯な姿勢で上祐さんが教団自体の犯罪を反省しているんだということがよく伝わってきました。それと、解明している方向もそんなに間違ってなく、おそらくそういうことなんだろうなあということが理解できる内容でした。
そういう中でもっとつきつめて聞いてみたいこともあるし、上祐さんもぼくに対して本当のところはどうなのかということもあると思うんです。そこをお互いにざっくばらんに話し合いたいと思うんですが、安易にこれから仲良くしましょうということだけじゃなく、お互いに疑問点を解明し合うのは意味があることだと思います。
それと、先ほど少し述べましたが、ぼく自身が殺人を起こしたことは非常によくないことだと思っています。多いに反省しています。一方で、当時のオウム真理教が社会に与えた犯罪のことを考えると、それはぼく自身の中でまだ消化できていない部分もあります。例えば、村井に対して謝罪する気持ちはありますかと聞かれます。人の命を奪ったことはいけないと思いますが、素直に頭を下げられるかというとそこは難しい。自分の中ではまだ消化しきれていない部分があるんです。
率直に申し上げているつもりなんですが、村井や上祐さん個人に起こっていたということではなく、オウム真理教という宗教団体に対する怒りがあって、たまたまタイミングが合ってぼくは村井を殺してしまいました。とはいえぼくも生身の人間でして、素直に頭を下げる気持ちにはまだなれない部分もあって、そこをご理解ください。



鈴木 徐さんには後でじっくりとあの時の状況を話してもらいたいんだけれども、八時間くらい現場で待っていたんですよね。はっきり言ってかなり不審な人物ですよね。マスコミ陣や警察に紛れ込んでいるわけではなく、派手な服を着て、時々アタッシュケースの中を見て狂気を確認していた。それが全部カメラに撮られていて、「この人、変だなあ」と気付いているのに、誰も警察に通報しない。
そして徐さんが言うには、マスコミ陣は何かが起きることを期待していた。それは殴りかかるくらいのレベルを予想していたのかもしれないけれど、でも、刺した後も誰も止めようともしない。ですから、きつい言い方をすると、マスコミも共犯だと思うんです。その十年くらい前に豊田商事事件(一九八五年)とうのがあったでしょ。ぼくはその実行者から手紙をもらって難解か文通したことがあるんですけど、その時もまったく同じなんですよ。マスコミは何かが起きることを期待していたんです。
豊田商事事件の時は、帰ろうとしたら「なんだ帰るのか、それだけか!」とマスコミから罵声を浴びせられてーーそれは本人の勝手な思い込みかもしれないけどーー豊田商事の会長宅をとりまいているマスコミに追いつめられて、入口を破って入って会長を惨殺した、徐さんを犯行に向わせたのも、そういうところがあるんじゃないでしょうか。また、こういう話は、テレビや雑誌では無理ですよ。自分たちの首を絞めることになっちゃいますからね。(略)


背景のない村井刺殺事件

上祐 そこで、そういう複雑な立場に私は今あるのですが、そういう混乱を徐々にクリアできる時期に来ているのかなと思っています。そこでまず、私から徐さんにうかがいたい事実の確認として、結局、徐さんの単独犯ということでいいんですか?

 裁判が終わっているので言えないこともあるんですが、ぼくが村井を刺殺する決断に至にはいろんな影響があったことは明らかにしておきます。事件前には複数の人とオウム事件について話をしました。具体的なことや具体的でないことも含めて、「オウムは許せん」という話をいろんな人としてきたし、「やっつけてやろう」という話もしてきました。マスコミの影響も含めて、日本社会全体が共有していたオウムに対する嫌悪感とか怒りというものが、ぼくにもかなり強くありました。
オウム自身も社会全体を仮想的だとしていたわけですけれど、マスコミも含めてその空気を社会側も正義に受け止めていて、オウムは敵なんだという感覚が社会全体にあったと思うんです。

上祐 つまり、他の人の影響はあったが、徐さん本人の意志でやったものであって、お金や地位などの見返りを約束され、組織の意志を代行したのではないということですね。裁判では、徐さんに指示した人の関与が認定されて、その人自身の裁判では、その関与は否定されたと問いているんですが。

 そうです。警察も背後関係があるんじゃないかと徹底的に調べた上で、そういう結果になっています。

鈴木 テレビや新聞でも「これは単独犯ではない」って書かれてましたよね。「オウムが口封じにやったんじゃないか」とか、「お前はそんなことも知らないのか、その事実はおれだけが知っているんだ」と偉そうに言う人が多いんです。



上祐 オウムに関するものだけではないようですが、最近ますます、陰謀説がはやっているように思います。昨年、関西の読売テレビの「たかじんのそこまで言って委員会」(二〇一二年十一月二十五日放送)に私が呼ばれた時、警察と上祐は取引をしていて、上祐が私刑になるべき案件があるのに、警察は見逃している、オウム事件の闇は深いという主旨のことを言われたんです。それは勝谷誠彦さんという人でしたが、私を眼の前にして、識者とされているテレビ番組のレギュラー・コメンテーターの人が、何の根拠もなく、堂々とそういうことを言うんです。
「この番組はバトル・トーク・エンターテイメントです。実際の事件とは関係ありません」と字幕を出すんだったらそれでもいいんですけれど、そうじゃなくて、ジャーナリスティックな雰囲気で「オウム事件を振り返ります」と始まるから、深く考えない視聴者の一部は、識者とされるコメンテーターの人達が言うことが本当だと信じるかもしれません。もりえおん、ネットでの一般の反応を見ると「コメンテーターの主張は妄想だ」という冷静な反応が多かったので安心しましたが、一部には真に受けているような人もいましたので心配しています。
その番組では他にも陰謀説を主張するコメンテーターの人がいました。宮嶋(茂樹)さんという人ですが、二〇一二年六月十七日の放送では、勝谷さんと一緒になって、「オウム事件には北朝鮮やロシアとの絡みがあるのに、上祐さんあそれを明らかにしていない!」って言うんですよ。しかし、私も、有田さんも、警視庁に確認しましたが、調査の結果としてオウムと北朝鮮の関係はまったくないと判断されています。ロシアとのつながりはあったが、オウムがロシアを一方的したのであって、ロシアと結託して事件を起こしたということはありません。「オウムは北朝鮮とつながっていた」といった陰謀説を目の当たりにすると、多くの陰謀説を説いたオウムと同じように見えてしまい、暗い気持ちにさえなりました(苦笑)。
ありもしないことを言ったら、かえってオウム的妄想になるだけだと思います。「オウムと北朝鮮とロシアの関係を上祐さんはまだ明かしていない。私も言えないけれど……」と、言わない私がまるでまだ反省していないかのように言っていました。それも本当に顔をまっ赤にして言うじゃないですか。

 そんなことはないですよ。向こうはわかっていますよ。カメラの向こうに自分がどう映っているかを計算していて、それで視聴者に対するアピールとしてパフォーマンスしているだけだと思います。
実は、ぼくも宮嶋さんとお会いしたことがあるんです。ある人を介して一緒に食事をしてお酒を飲んで、他愛もない話でワイワイやって一緒に写真を撮ったちもしたんです。番組では彼は「徐に会ったことがある。かたくな男でした」と言ってるけれども、一緒に飲んだ時は事件についてはなんの話もしてないんですよ。それが、「かたくなだ」と言うことによって意味を持たせているわけですよね。ぼくはそれを見て、自分の重要性をアピールするために演技しているんだ、コメンテーターという仕事も大変だなあと感じました。

上祐 自分の商品価値を高めるためにそれはあるでしょうね。勝谷さんも番組の前にご自身の著書を私のところに持ってきて「よろしくお願いしま~す」とあいさつされていました。その意味で、この番組はジャーナリズムなのかエンターテイメントなのかわからないですね。テレビ局のコンプライアンスとは、本来は、法令を守り、事実・真実に基づいた高いをンウィ意識を維持することだと思いますが、テレビの場合は商業主義によって、視聴率を取るために上祐を出すか、出す際には徹底的に叩いて、自分たちが批判されないようにするという意味にすり替わっているようにも思いました。

 テレビに受け入れられる人たちというのはタレントなんですね。本当のジャーナリストが自分の主張をしようとしたら、エンターテイメントの部分で番組が成り立たないから、鈴木さんみたいにそこに読んでもらえないわけですよ。

鈴木 いやいや、しゃべるのが下手なだけです(笑)。


筆者の見解
当時、筆者は「終わらないオウム」を読んだとき、その内容の酷さに読むのを止めようとしたほどであった。なぜなら、この対談には、オウム被害者や村井の両親への配慮が全くされておらず、犯行側が都合良く押し進める形で終了したからだ。(徐裕行のコメントも少なく、資料的価値も低い。後半に至っては徐の出番はない。)

また、筆者の調査で徐裕行の卑劣な性格が再び明らかとなった。
以下は95年9月26日、東京地裁で徐裕行が残した言葉である。

「事件のキーマンとなる人の命を私の手で絶ってしまった。(その結果)捜査に弊害を与えたこと、村井さんが今後、自己弁護できなくなってしまったことは残念です」

ところが十数年後、「素直に頭を下げる気持ちにはまだなれない」と謝罪を撤回、ここでも醜態をさらけ出した。

鈴木も上祐も、散々徐を持ち上げておきながら、村井刺殺を「マスコミの共犯」だと責任転嫁し、徐を庇うような節も多く見られた。(徐裕行が「たかじんのそこまで言って委員会」での宮嶋氏の発言に注目していたのは不気味に思えた)

更に謎なのが徐裕行が上祐の反省をあっさり認めている点だ。
万が一、徐裕行に義憤があるのであれば、会話の中に上祐への疑問があってもいい筈である。
徐の「怒り」「義憤」「決意」はそこまで浅いものなのか。


公安調査庁はこの対談について以下の見解を示している。

観察処分を免れるため欺まん的体質を維持する上祐派



上祐派は,平成25年を「生き残るための挑戦の年」と位置付け,各種メディアを積極的に活用し,「脱麻原」のけん伝に努めた。特に,上祐は,「オウム事件17年目の告白」(扶桑社,平成24年12月)に続き,「終わらないオウム」(鹿砦社,6 月),「危険な宗教の見分け方」(ポプラ社,11月)を出版し,「麻原への執着は一切ありません」などとアピールした。また,ウェブサイト・「ひかりの輪においても「ひかりの輪」と「Aleph」との違いを強調した上で,「麻原・オウム信仰を脱却し,事件を謝罪して,被害者団体と賠償契約を正式に締結し,その実行に努めている」などと,社会に対し麻原色の払拭と恭順の姿勢を前面に押し出した。しかし,同派は,麻原がその化身とするシヴァ神と大黒天を同列に位置付け,大黒天を崇拝対象として,ひそかに麻原及びオウム真理教の信仰を継続してきたところ,平成 24 年に続き,大黒天を施設の祭壇に掲げ,セミナー(1月,5月,8月)では,上祐が,麻原の行っていたイニシエーション(秘儀伝授)と同種の宗教儀式を実施するなど,依然として麻原の影響下にある実態に変化はなかった。また,事件被害者への賠償についても,組織内では「法的に賠償責任はない」などとの説明を行った。



徐裕行のブログより
徐裕行「印税は全額オウム事件の被害弁済に当てられるそうです」
上祐「法的に賠償責任はない」


「内外情勢の回顧と展望(平成26年1月)」(国内情勢)
http://www.moj.go.jp/content/000118002.pdf

結論



「終わらないオウム」は村井刺殺を封じる自演であり、犯行側のプロパガンダに過ぎなかった。
彼らの思惑によって、村井秀夫は再び殺されたのである。
週刊誌で紐解く・徐裕行の嘘

徐裕行は法廷で共犯者・上峯憲司の存在をほのめかしたために、長く黒幕の存在が指摘されてきた。
また、上峯憲司の人脈をたどると民族派(新右翼)、野村秋介と続き、そのラインは鈴木邦男まで繋がっていた。

その鈴木が村井事件直後から徐を庇う発言を繰り返していた事実は当ブログで既に紹介している。
出獄した徐は暴力団との繋がりで野村秋介の墓前祭に参加、そこで鈴木邦男に合流している。

そして2011年、鈴木の紹介で週刊誌に登場した徐は、事件に終止符を打つべく虚偽の証言を始めた。

週刊金曜日2011.09.16号
スクープ謎に包まれたオウム真理教村井秀夫氏刺殺事件から16年 実行犯が初めて語った真相


前書き
村井秀夫氏刺殺で逮捕された徐裕行氏の動機は、当時さまざまな憶測を呼んだ。徐氏自身は犯行時に右翼団体の名前を語っていたが謎は多い。刺殺事件について、徐氏が「鈴木邦男さんになら」と、初めてメディアに対して重い口を開いた。人の生命を奪うことに正当性はない。彼の口から贖罪の言葉は聞けるのだろうか……。





徐「私個人の怒りとは別に、そういった行動に至る経緯の詳細に関してはお話しできません
鈴木「そうですか」
徐「だからといって、僕自身の義憤だとか怒りが嘘だということにはならないと思うんですよ」
鈴木「僕も徐さんの個人的な怒りや興奮が基になって事件を起こしたんだろうと思います

徐「今、何かものを書いたり言ったりすることで、当時私の周囲にいた人が「そんなことを今さら言われても」となるかもしれません。また、そういった方々が商売をしていて、私と関係していたこと自体を言われたらご迷惑になるかもしれません。あくまで”たとえば”の話ですよ。すでに裁判が終わっていることと、僕の発言で迷惑をかける人がいるかもしれないということです」


取材側「はぁ!?」

週刊金曜日側の僅かな期待に反し、徐の口から贖罪の言葉は出てこない。それどころか、刺殺の動機正当化するような発言、事件を過去の出来事として封じたがるような発言まで飛び出した。オウム事件を撹乱した当事者でありながら随分と挑発的である。
聞き手の鈴木邦男も異常である。上峯の存在、裁判の記録を無視し、徐の意見を強引までに肯定し続けた。オウム被害者、村井家の両親の傷口を抉る行為が公然と行われはじめた。
徐の暴走はこれだけでは終わらなかった。


週刊新潮
夢の島ヨットハーバーに通うオウム村井刺殺の徐裕行



徐裕行「最大の動機は、怒りでした。いとも簡単に人命を奪い、多くの無関係の人々を傷つけたオウムは非常に凶悪で、自分の身をもって他人の痛みを知るべきだと思ったんです。同時に、オウムという存在を決して社会的に許してはいけないということを社会に対して訴えたい、とも思いました。何か一石でも投じたいと……」



新潮側は徐が嘘をついているのを察した。
そこで上峯憲司の存在についてツッコミをいれると、徐は閉口してしまった。


(新潮の記事内容にケチをつける徐。拉致署名活動を強調してほしかったというが…)




週刊朝日について
2012-07-04 04:42:19
テーマ:ブログ
昨日発行の週刊朝日に記事が載っていないという問い合わせが多かったのですが、記事は、7/5の特別号に掲載される模様です。

また、7/6の週刊金曜日に一水会の鈴木邦男さん、元オウム真理教の野田成人さん、作家・映画監督の森達也さんとの対談記事が載ります。

興味深い対談でした。合わせて読んでみてください。



公判で散々言いながら今更嘘は通用しない。しかし徐はまだ嘘を吐き続けた。


週刊朝日 
17年たった今も真相は闇の中
僕が村井を刺した本当の理由












週刊朝日「共犯として暴力団幹部が後に逮捕され、裁判では無罪になった。だが、謎がたくさん残っている」

徐「この事件はもう判決が出て終わっている。今もお話しできないこともある。だが、なぜ、僕が事件を起こしたか。それは、最終的には『個人の憤り』です。あの当時、社会全体がオウムに対し、異憤りがあったし、僕も『とんでもない連中だ』と強い義憤を感じていた。いろんな要因はあったにせよ、殺害しようと決断したのは僕です。一番の動機をあえていえば、地下鉄サリン事件の映像を見た衝撃で義憤にかられたことです」

上峯の話を出され警戒する徐。その表情は固く、強情な態度も垣間見える。


週刊金曜日
未だに残るオウム真理教の謎





森達也「何故村井(秀夫)さんを殺害したのですか。」
徐「当時のマスコミは、圧倒的な情報量でオウムが絶対悪だと報じてました。友だちとの会話でも「オウム許せないよな」というのがあったりして、いろんな要因があって、これが絶対的な要因だというのは難しい。もしどれか一つにしてくださいというのであれば、義憤です。」
森「組織的な背景は?」
徐「組織的なことはないですよ。


………。

今週号には、徐裕行氏のインタビューを掲載している。
編集長後記
 今週号には、徐裕行氏のインタビューを掲載している。彼はかつての村井秀夫・オウム真理教(当時)幹部を東京・青山の総本部前で刺殺した人物だ。この刺殺事件は動機と背景をめぐってさまざまな憶測を呼んだ。そもそもオウムには謎が多い。村井氏の死により結果としてオウム関連事件の被害者遺族が望んでいる教団の真相解明にブラックボックスができてしまった。その徐氏は意外にも出所して以来、メディアに口を開くのは初めてだった。本人はどう思われようが構わないという様子。だが投げやりではなく紳士的であり、言葉も丁寧に選んで喋る。ただ刺殺に対する悔恨のそぶりもない。そのことに驚いた。テロリスト――という言葉が頭に浮かぶ。当時のオウムに対する世間の怒りや憎しみ。それを背中に受けた義憤だけで牛刀を握れるのか。彼が墓場まで持っていこうとしているものは間違いなく存在する。だがそれは墓場まで行くだろう。徐氏はロバート・B・パーカーの探偵スペンサーシリーズがもっとも好きな本だという。(平井康嗣)週刊金曜日2011.9.16


JAPANISM06号 2012.2発刊
オウム真理教村井幹部刺殺犯の「在日、そしてわが祖国」
在日韓国人3世 徐裕行 聞き手・編集部








今度は保守系向け雑誌に登場した徐。
在日社会はごまかしだらけというが、一番ごまかしてきた在日は徐裕行といっても過言ではない。


徐裕行は在日2世?3世?出生の謎



まず、プロフィールには東京生まれの在日3世と記載されているが、他誌の報道では群馬県出身の在日2世と報じられている。





さらに、外国人の身柄で右翼を装ったり、「朝鮮人ならば朝鮮の姓を名乗るべきだ」「君は本名を名乗るべきだ」なんて主張しながら本人は通名を名乗って過ごしてきた事実もある。イベントダイヤル時代の徐は黄色い名刺に田中と記載させていた。



何より卑怯なのは、インタビューで指紋押捺拒否運動をしていたことを隠していたことである。JAPANISM側の責任も大きい。編集部の下調べが杜撰であったため、徐の巧みな虚言にまんまと踊らされてたあげく、デマを流布させてしまったからだ。村井事件を調べれば羽根組の擬装工作やオウム関与説など着眼点はまだある筈であり、在日暴力団の身分であったのだから警戒も必要だった。
JAPANISMの罪は未来永劫残り続けるだろう。
徐は日本国籍へ帰化するとしているが、法務省がこれほど怪しい外国人に許可を与えては、日本もおしまいである。


ブラック・ザ・タブー
元受刑者 徐 裕行 インタビュー


聞き手・吉田 悠軌(とうもろこしの会)
写真・廣瀬 健







日本のタブーThe Max
オウムを殺した男  カメラの眼前で起きた”刺殺事件”の真相
徐裕行が語る”過去”と未来”

(内容は「ブラック・ザ・タブー」と同じ。写真は一部異なるものが使われている。)











なぜオウム真理教・村井秀夫を刺殺したのか

徐裕行「色々な経緯がありますが、根本的なところでは「許せない」という怒りです。その時代の社会の憤りと同等の感情が自分の中にあって「なんとかしたい」という思いがありました。当時の感情を、今になって言葉に表せというのは非常に難しいですよ。
 今までのインタビューなどでも、事件当時の行動原理をを説明しようとしているけど、なかなか難しいです。「義憤だ」と行ってもなかなか納得してもらえないようです。怒りの感情と行動を結びつける論理をみんなに理解できるように説明しろと言われても、僕の力では皆さんに分かるようには説明できないし、皆さんにも分からないかと。

 僕は家族愛というか、両親や兄弟親族への愛情が強い方なんです。家族関係のように愛情で結ばれている人たちが、第三者の犯罪行為によって強制的に離間させられることに対して強い憤りがあるんです。拉致事件でも同じことが言えますが、家族を無理やり引き離すようなことが許せない。そういうことに対する怒りは、サリン事件の時は非常に強かったですね。
 
(12年の刑期を終えた後で)根本的なことに関しては、事件当時と考え方と大きな違いはないですね。仮に今、サリン事件と同じような無差別大量殺人があったとしたら、果たしてどうだろうかという思いがあります。それに対して何をするとか、しないとかではありませんが、強い憤りを感じるのは間違いないでしょうし、やっぱり「許せない」という気持ちは強いでしょうね。そういう意味においては、やはり事件当時と性格や考え方の違いはないと思います。」


実話時報・明日への提言






聞き手は新右翼活動家・蜷川正大である。対談は横浜中華街「香港路 龍城飯店」で行われたと思われる。会話では村井秀夫の名前は伏せられている他、殺人行為を「正義の鉄槌」と担ぎ上げるなど完全に徐の都合にあわせた内容となっている。

蜷川「いまの徐さんの肩書きって何になるのかな?」
徐「うーん、現在は浪人中みたいなものですからね。なんとか食いつないではいますけど(笑)。もしかすると浪人というのもおこがましいかもしれません。浪人見習いとしてください」




全く下手な冗談である。

ここで徐は朝鮮総連足立区支部で活動していたことを少しだけ触れている。


また、東日本大震災の復興支援についても言及しているが、徐はこの時、頭痛やけいれん、体のしびれをに悩まされたといい、放射能汚染が原因かと考えたと蜷川との対談で語っている。

しかしTwitterでは原発事故について、全く正反対のコメントを残している。




「韓国は福島原発の放射能汚染された水が流出したことを受けて、福島産はおろか千葉県の水産物も輸入しないと高らかに宣言したが、ぼくらは千葉で釣った魚はその場で刺身にしたり、家に持ち帰って塩焼きにしたりして食ってます。マジで旨い。」


酷いダブルスタンダードである。被曝が嫌なら、朝鮮半島へ移住するべきではないだろうか。


木村晋介著:サリンそれぞれの証






徐が最後に寄稿した記事。以降徐は雑誌・書籍での活動をしていない。