ピラティスは、一生終わらない学び
このブログは、「正しいピラティス」を伝えるためのものではありません。
私が20年以上ピラティスを学び、指導する中で見えてきたこと、感じてきたことを、一人の指導者として綴っています。
身体に絶対の正解はありません。だからこそ、問い続け、学び続けることを大切にしています。
毎日のようにピラティスをして、
毎日のように身体について考えています。
それでも私は、いまだに「ピラティスがわかった」とは言えません。
むしろ、学べば学ぶほど、
身体はそんなに単純ではないことを知ります。
だからこそ、ピラティスは一生終わらない学びなのだと思っています。
よく「ピラティスって何ですか?」と聞かれます。
そのたびに、少し困ってしまいます。
もちろん説明はできます。
姿勢を整える。
体幹を鍛える。
呼吸を大切にする。
身体をコントロールする。
どれも間違いではありません。
でも、それだけでは伝えきれない。
なぜなら、ピラティスは人によって感じるものが違うからです。
身体も違う。
生活も違う。
考え方も違う。
だから、同じエクササイズをしていても、得られるものは一人ひとり違います。
私自身、もともと身体の左右差が大きく、動けば動くほど歪みが強く出てしまうような癖があります。
「運動すると気持ちいい。」
そんな感覚よりも、
「なんでこんなに思うように動かないんだろう。」
そんな思いの方が強かった時期が長くありました。
本当は身体を動かすことが好きなのに、
思うように動けない。
だから、運動は時々、楽しさよりも試練のように感じることもありました。
でも、ピラティスだけは少し違いました。
できる・できないではなく、
「今日はここが硬いんだな。」
「今日は呼吸が入りにくいな。」
「この動きになると、いつもの癖が出るんだな。」
そんなふうに、自分の身体を知る時間になっていったのです。
ピラティスを学んでいるというより、
私は、自分自身を学んでいるのだと思います。
身体は、ただ骨や筋肉だけでできているわけではありません。
仕事で疲れた日。
睡眠不足の日。
心配事がある日。
嬉しいことがあった日。
同じ身体でも、その日の状態はまったく違います。
そして、長年積み重ねてきた生活習慣や考え方、身体の使い方が、今の動きにつながっています。
だから、「歪んでいるから治しましょう」というほど簡単な話ではありません。
身体はもっと奥深く、もっと面白いものです。
だから私は、今でも学び続けています。
新しい知識を学ぶことももちろんですが、
昨日より今日、
今日より明日、
ほんの少しでも自分の身体に気づけたら、それだけで新しい学びになります。
そして、その積み重ねが、いつか誰かのお役に立てると信じています。
私は、「みんなピラティスをしてください。」と言いたいわけではありません。
ピラティスだけが正解だとも思っていません。
ただ、
「こんな身体との向き合い方もありますよ。」
「こんな選択肢もありますよ。」
そう、お伝えしたいのです。
身体には絶対の正解はありません。
だからこそ、自分の身体と対話する時間には、大きな価値があります。
もしその一つの方法として、ピラティスが皆さんのお役に立てるなら、これほど嬉しいことはありません。
そして私自身も、これから先もずっと、学び続けていきたいと思っています。
ピラティスを学ぶことは、自分自身を知り続けること。
だから、ピラティスは一生終わらない学びなのです。
身体に絶対の正解はありません。
今日の内容も、現場で学び続ける私自身の一つの視点です。
「ピラティスは、するものではなく、生きるもの。」
「ピラティスは、動きを学ぶことではない。身体との対話を育てることである。」


