まず少し前置きをさせてください。
私は20年以上、ピラティスを学び、指導してきました。
振り返ってみると、この20年で一番変わったのは、エクササイズの知識ではありません。
「身体を見る」ということへの考え方でした。
学び始めた頃は、「この動きができる」「このエクササイズが正しい」ということばかりを追いかけていました。
けれど、経験を重ね、多くのお客様と向き合い、さまざまな先生方から学ぶ中で、一つ感じるようになったことがあります。
身体は、そんなに単純ではないということです。
同じ姿勢に見えても、使っている筋肉は違う。
同じエクササイズでも、得られる感覚は人によって違う。
同じ「腰痛」という言葉でも、その背景は一人ひとり違います。
だからこそ、「これが正しい」「これが本物」と簡単には言えないのが、身体のおもしろさであり、難しさでもあると思っています。
最近は、ピラティスが広く知られるようになり、本当に多くの情報を目にするようになりました。
それは素晴らしいことです。
一方で、動きや形、資格や流派といった「見えるもの」が先に語られ、その奥にある身体との向き合い方や、
なぜその動きを選ぶのかという「見えない部分」が置き去りになっているようにも感じることがあります。
もちろん、それが間違っていると言いたいわけではありません。
私自身も、今もなお学び続けている途中です。
だから、このブログで「正解」を伝えようとは思っていません。
私が現場で感じてきたこと。
お客様から教えていただいたこと。
国内外の先生方から学び、自分の中でつながってきたこと。
そんな一つひとつを言葉にしながら、ピラティスの本質について考えていきたいと思っています。
読む方によって、感じることはきっと違うでしょう。
「そういう考え方もあるのか」と思っていただけるだけでも十分です。
身体に絶対の正解がないように、学びにも一つの正解はありません。
だからこそ、問い続けることをやめたくない。
そんな思いで、明日からこのブログを書いていこうと思います。
「ピラティスは、動きを学ぶことではない。身体との対話を育てることである。」

