株式の底値は買い時である。

これは当然だが、意外に難しい。

少なくともその企業が苦しいときから、

立ち直れる底力のある企業であることが必須だ。


そこで今日は「いすゞ自動車 」に注目したい。



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本日の報道で、トヨタとのディーゼルエンジンの

共同開発を打ち切ると流れた。

事実関係はいまだに不明だが、そういう動きはあるのかもしれない。

トヨタはF1の参戦は続けるものの、傘下の富士スピードウェイは7日、

2010年以降、隔年で予定していた「富士スピードウェイ」での

F1日本グランプリの開催中止を発表している。


つまり、今はトヨタはすぐにお金にならない事業は

廃止の方向である。

しかし、自動車メーカーの1位であり続けるには

ハイブリッド、電気、水素、ディーゼル…、と幅広い分野に

投資していかなければならない。

しかも傘下にはトラックの日野自動車も抱える。

その場合の提携先はいすゞ以外にはありえない。

今回の発表は一時的なものと筆者は見ている。


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(13時、コード7202)続落。一時は前日比11円(7.1%)安の

144円まで下落し、後場は8円安の147円近辺で推移している。

円相場の上昇で輸出関連として自動車株を売る動きが出たほか、

7日付の日本経済新聞朝刊が「トヨタ自動車はいすゞ自動車と

進めている乗用車向けの小型ディーゼルエンジンの共同開発を

打ち切る方針を固めた」と報じたことを売り材料と見る向きもある。

報道によると、いすゞ子会社のいすゞエンジン製造北海道が

新工場を建設して2012年をメドに生産を開始する予定だったが、

新車需要の急減を受けて計画を打ち切るという。

いすゞはきょう前引け後、

「現時点で新たに決まったものは何もない」とのコメントを発表した。

 一方、クレディ・スイス証券の岡部史アナリストは

「ディーゼルエンジン開発への期待感は既に薄れていた。

トラックの生産状況は底入れしたとみており、

PBR1倍割れの株価水準には割安感が出てきた」と

話している。                        (NQNより)

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年初来高値は195円、年初来安値は88円と現在の148円は

中間点にあるといえる。10年来高値は720円と爆発力は十分である。


株価チャートを見てもここ3カ月の底値に近い、

140円割れは買いだと筆者はみている。


心配な人は8月に発表される第1四半期発表を待ってからでも

いいですが…。。。。。


いすゞメモリアル―1953→2003 大好き!個性きらめく相棒たち (ヤエスメディアムック 209)






アマゾンドットコムといえば、日本でも有名なインターネットサイトですが、

東京国税局から140億円の追徴課税の処分を課せられていた。

アマゾン側は不服を申し立てている。


アマゾン側の言い分は日本法人は単なる倉庫業務で、

実際の販売や運営は米国法人であったため、

支払義務はないとしている。


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インターネット小売り最大手の米アマゾン・ドット・コムの関連会社が、

日本での事業を巡り東京国税局から2005年12月期までの3年間で

計140億円程度の追徴課税処分を受けていたことが5日、分かった。

アマゾン側は処分を不服とし、現在、日米の税務当局間で協議中だ。

 アマゾンの08年年次報告などによると、同社の関連会社は

03~05年の所得に対し、日本の税務当局から加算税や延滞税を含め

計約1億1900万ドル(05年末時点で約140億円)を課税された。

                          (2009/7/6 日本経済新聞より)

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今後は日本政府と米国政府間での話し合いが行われるようです。

これまでの力関係では日本側の譲歩で終わるケースが多かったですが、

日本の援助なしで立ち直ることの難しい米国政府の対応はどうでしょうか。

この事件の審判で現在の政府の力関係がわかるでしょう。

注目です!!!


アマゾン・ドット・コムの光と影/横田増生

ダウンタウンの松っちゃんのお気入りの人物でもある「黒田如水」。

松っちゃんの口から彼の名を聞いたときは「おぉ」と思った。


なかなかの男前(?)です。。。
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実は筆者も大好きな人物の一人だ。

しかし、知名度は他の戦国武将に比べて極めて低いが、その功績は戦国一かもしれない。

なぜなら、彼は参謀役で輝かしい武者働きというのは少ない。

後に天下統一を果たした徳川家康の本多正信のように歴史の表舞台には出にくい存在である。

しかし、天地人でいまや時のスター直江兼次などよりよっぽど凄い人なんだ!!!

そんな彼を何回かに渡って語ってみたい。。。


彼は1546年、現在の兵庫県、姫路で生まれた。

本名は黒田官兵衛孝高、世に知られている黒田如水は出家後の号に由来する。

黒田職隆の嫡男として生まれた。先祖は備前(現岡山県)の福岡郷に住み、

祖父重隆の頃に、当時姫路を治めていた御着城主の小寺家に仕えるようになった。

如水のその天才的な武勇が発揮された最初が青山・土器山の戦いであった。

永禄12年(1569年)、播州館野城の赤松氏が三千余の軍を率いて姫路城に攻め入って来た。

対する官兵衛の兵力三百足らずであったが、城外に討って出て、赤松勢を破った。

この頃から、小寺家での家老の地位を確固たるものにしていく。


織田信長の畿内進出に伴い毛利家の支持論の強かった主家小寺家を説得し、

織田家の傘下に入る。

そのときに羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)に属し、行動を共にするようになる。


上の2行は当たり前のような文章になっているが実際には凄いことである。

当時の織田家は足利家を奉じて都に入ったものの、まだまだ、出来星であった。

それに比べて、毛利家は中国の覇者としての地位を確固としており、

その名声は織田家を遥かに凌いでいた。

その家中が毛利家を支持するのは当然の流れであるが、

如水は主家を織田家に仕えさせた。

その先見性には驚くばかりだ。


続きは「其の二 」で…


播磨灘物語〈1〉 (講談社文庫)/司馬 遼太郎
黒田如水の魅力を知るにはまずこの一冊から…。。。