ダウンタウンの松っちゃんのお気入りの人物でもある「黒田如水」。

松っちゃんの口から彼の名を聞いたときは「おぉ」と思った。


なかなかの男前(?)です。。。
hideのブログ

実は筆者も大好きな人物の一人だ。

しかし、知名度は他の戦国武将に比べて極めて低いが、その功績は戦国一かもしれない。

なぜなら、彼は参謀役で輝かしい武者働きというのは少ない。

後に天下統一を果たした徳川家康の本多正信のように歴史の表舞台には出にくい存在である。

しかし、天地人でいまや時のスター直江兼次などよりよっぽど凄い人なんだ!!!

そんな彼を何回かに渡って語ってみたい。。。


彼は1546年、現在の兵庫県、姫路で生まれた。

本名は黒田官兵衛孝高、世に知られている黒田如水は出家後の号に由来する。

黒田職隆の嫡男として生まれた。先祖は備前(現岡山県)の福岡郷に住み、

祖父重隆の頃に、当時姫路を治めていた御着城主の小寺家に仕えるようになった。

如水のその天才的な武勇が発揮された最初が青山・土器山の戦いであった。

永禄12年(1569年)、播州館野城の赤松氏が三千余の軍を率いて姫路城に攻め入って来た。

対する官兵衛の兵力三百足らずであったが、城外に討って出て、赤松勢を破った。

この頃から、小寺家での家老の地位を確固たるものにしていく。


織田信長の畿内進出に伴い毛利家の支持論の強かった主家小寺家を説得し、

織田家の傘下に入る。

そのときに羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)に属し、行動を共にするようになる。


上の2行は当たり前のような文章になっているが実際には凄いことである。

当時の織田家は足利家を奉じて都に入ったものの、まだまだ、出来星であった。

それに比べて、毛利家は中国の覇者としての地位を確固としており、

その名声は織田家を遥かに凌いでいた。

その家中が毛利家を支持するのは当然の流れであるが、

如水は主家を織田家に仕えさせた。

その先見性には驚くばかりだ。


続きは「其の二 」で…


播磨灘物語〈1〉 (講談社文庫)/司馬 遼太郎
黒田如水の魅力を知るにはまずこの一冊から…。。。