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まのっちゃお! season3

真野恵里菜&カントリー・ガールズ&神社巡りが大好きブログ

11/24に、丹生川上神社上社(にうかわかみじんじゃかみしゃ)に行ってきました

 

丹生川上神社は、上社・中社・下社があり、下社には2014年の5月に行った事があります

 

下社のレポートはコチラ

 

下社に行ってから、上社と中社に行こう行こうと思いつつ、なかなか行けなかったんですけど、今回やっと行けました音譜

 

 

社号標のある階段を上がって行くと、

 

 

鳥居があります

 

 

さらに階段を上がって、

 

 

正面に拝殿と本殿があります

 

 

御祭神は、高龗大神(タカオカミノオオカミ)

 

 

丹生川上の地は、日本書紀神武天皇即位前紀戊午年九月甲子の条に、「厳瓮(いつへ)を造作(つく)りて、丹生の川上に陟(のぼ)りて、用(も)て天神地祇を祭りたまふ」と記されており、上古より祭祀を行う聖域であったことが知られます。

天武天皇の御代白鳳四年(675)、「人の声聞こえざる深山吉野の丹生川上に我が宮柱を立てて敬(いつ)き祀らば天下のために甘雨を降らし霖雨を止めむ」という神宣により、御社殿が建立、奉祀されました。

それ以降、祈雨・止雨の神として奈良時代には淳仁天皇・天平宝字七年(763)の奉幣祈雨、光仁天皇・宝亀六年(775)の奉幣祈晴をはじめ、室町時代に至るまで数十回の奉幣祈願がなされ、朝廷・国家また人々より篤い崇敬を受けてまいりました。【公式HPより】

 

 

拝殿に、 神雨霑灑(シンウテンサイ)と書かれた扁額があります

 

 

『神の雨がうるほしそそぎ、恩恵をほどこす』という意味

 

 

境内には、境内社がありました

 

 

他に、平安時代祭場跡と書かれた場所がありまして、

 

 

約800年前、本殿が作られる前に使われてた祭場の跡地を再現

 

 

丹生川上三社巡りというのがあるそうで、

 

 

各神社で受けたお守りを矢に付けて巡ると、お札が頂けるそうです

 

 

丹生川上神社上社の御朱印

 

今宮天満宮神社の次は、乎加神社(おかじんじゃ)に行ってきました

 

 

鳥居をくぐり、しばらく歩くと、左手に禊場がありました

 

 

手を清めて、境内の奥に進むと拝殿があり、

 

 

その奥に、本殿があります

 

 

御祭神は、豊岡姫命(トヨウケビメノミコト)・白山比咩神(シラヤマヒメノカミ)

 

允恭天皇の皇妃衣通姫の祈願奉請によって鎮祭されたものと伝えられ、延喜式小社に列している。天智天皇より神領を賜はり嵯峨天皇は神宮寺を建てられ社寺領三百石を賜ったという。江戸時代には太田氏の崇敬篤く、社殿造営のことがあった。大正5年県社に加列する。【滋賀県神社庁HPより】

 

 

境内には、境内社がありました

 

 

この神社の近くに、神郷亀塚古墳というのがあるそうで、ちょっと行ってみる事に…

 

 

拝殿脇から裏道へ歩いて行くと、看板を発見ひらめき電球

 

 

そのまま歩いて行くと、また看板

 

 

ここらしい…

 

ちょっと暗くなってきてたので、はっきり見えなかったのですが、多分この盛り上がってるのが神郷亀塚古墳

 

 

近くまで行こうと思ったけど、畑の中を歩かないと、どうも行けないっぽい感じ汗

 

3世紀前半に造られた、最古級の前方後円墳だそうです

 

 

写真では、まだ明るく写ってますけど、帰る頃には、周りが見えなくなるくらい暗くなってたので、隅々まで散策できませんでした(*´Д`)

市神神社の次は、今宮天満宮神社(いまみやてんまんぐうじんじゃ)に行ってきました

 

 

鳥居をくぐると、正面に拝殿があり、

 

 

奥に本殿があります

 

 

御祭神は、菅原道真公(スガワラノミチザネ)・建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)・天忍穂耳命(アメノオホシミミノミコト)

 

 

創立年代は不詳であるが、当社は佐々木家崇廟として信仰厚く、建保六年再建遷宮の折佐々木信綱公の参詣があった。又、文明十一年本社上葺の折には政綱公の献納があった。明治十三年神楽殿焼失、明治十五年本社再建、明治二十年風害により絵馬堂倒壊する。明治九年村社に加列、同四十三年神饌幣帛料供進指定神社となる。七月十四日末社津島神社の祭礼行事で祇園祭を斎行、各町所有の山車が巡行して盛大に執り行なわれる。【滋賀県神社庁HPより】

 

 

境内には、境内社があります

 

 

立派な拝殿や本殿ですけど、誰もいない静かな神社でしたキラキラキラキラ