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まのっちゃお! season3

真野恵里菜&カントリー・ガールズ&神社巡りが大好きブログ

吉田宿の東側にある東惣門

 

 

ここまでが吉田宿

 

そして、旧東海道は道路を挟んで向こう側へ行くんですけど、現在は中央分離帯があるため、道が無くなっています

 

 

よく見ると、東海道の道標が、中央分離帯を横切る形になってる

 

 

なので、歩道橋を渡って迂回していきます

 

 

歩道橋の上から見ると、この中央分離帯を横切る感じで、道があったみたいです(黄〇が道標)

 

 

歩道橋を渡り、反対側へ進みます

 

 

吉田宿辺りで、ほぼ雨が止んでました…けど、靴下はビショビショだし、靴は水を吸って重くなってるしで、足が重いダウンダウン

 

 

しばらく、国道1号線を歩いて行きます

 

この辺りは、昔の雰囲気は全然ありませんけど、歩道が広いんで、すごく歩きやすい音譜

 

しばらくすると、モンベルのお店が見えます

 

 

このモンベルの向かい側に、飯村一里塚址がありました

 

 

この一里塚跡から左に曲がって、1号線を外れます

 

 

しばらく歩いて、また左

 

 

すると、旧東海道のクロマツ跡というのがありました

 

 

案内を見ると、昔のこの辺りという写真が貼ってありました

 

 

現在の同じような構図で撮ってみた

 

 

もう面影が全然ないですショボーン

 

昭和33年頃には、松の木がいっぱいあったんですねぇ

 

しかし、しばらく歩くと、小さな松の木がずーっと植えられていました

 

 

あと、何十年後かに、松並木が見られるのかも照れ

 

 

この交差点を右に曲がり、

 

 

この交差点を真っすぐ歩いて行き、坂を下ると、

 

 

二川駅に到着~アップアップ

 

 

でも、二川宿は、まだまだ先…

 

写真は、まだ明るく写ってますけど、実際はかなり暗くなってます

 

 

昔ながらの家が見えてきて、宿場っぽくなってきた

 

 

そして、江戸から数えて、33番目の二川宿に到着音譜

 

 

街道アプリによると、二川町道路原票があった辺りから二川宿になってるんですけど、

 

 

地元の案内板を見ると、ここより、もうちょと手前から二川宿になってる

 

 

どうも、この道が急に細くなってる辺りから、二川宿らしい

 

 

どっちが正解なの?と思って調べてみたら、二川宿はもともと、大岩村と二川村で、二村一宿という形で宿駅業務をしていたそうですが、二つ離れていると、いろいろ面倒だという事で、二つの村を合体させて、一つの宿場になったそうです

 

で、上の写真の場所が旧大岩村の西の端

 

そして、二川町道路原票がある、枡形の道がちょっと曲がってる場所が、旧大岩村の東の端であり、旧二川村の西の端ということみたいです

 

 

なので、同じ二川宿なのに、ここを境に大岩町と二川町に町名が分かれてました

 

ちなみに、この場所にお菓子屋さんがありまして、ちょっと覗いたら、美味しそうなお菓子があったので買ってみました

 

「中原屋」というお菓子屋さんで、昔からあった老舗っぽい

 

 

「ふくかさね」というお菓子、やわらかい饅頭を、パリパリのせんべいで挟むというお菓子で、めっちゃ美味しい!

 

 

食べた事のない、新しい食感びっくり

 

絶対オススメのお菓子ですキラキラ

 

 

先へ進むと、本陣があった場所に、二川宿資料館がありました

 

 

…が、時間が遅くなって閉館してるわけじゃなく、11/2まで休館中でしたダウンダウン

 

 

という事で、後日行ってきました爆  笑

 

 

中へ入ると、駐車場に、高札場が復元されてました

 

 

入館料は400円

 

 

本陣を見る前に、資料館から見学

 

 

当時のいろんな資料や、

 

 

東海道を含む五街道や、いろんな街道を動画で紹介&説明してるところもありました

 

先ほど説明した、二川宿ができるまでの説明やジオラマなどなど

 

 

そして、浮世絵体験ができる場所がありました

 

 

興味津々で体験してみた!

 

黒インクからスタートして、

 

 

赤→緑→青と塗り進めると…できた!

 

 

ちょっと赤と青が薄くなってしましたけど、こうやって浮世絵ってできていくんだなーって体験できて、すごく面白かった音譜

 

 

先へ進むと、御殿様が乗るような駕籠があり、

 

 

中を覗くと…

 

 

意外とくつろげそうな内装になってるびっくり

 

 

大変勉強になった資料館を後にして、今度は本陣へ

 

 

当時のままの姿で保存されてます

 

 

本陣とは、大名など、身分の高い人が泊まる宿

 

なので、中がすげー広い!

 

まるで迷路みたいスター

 

一番奥へ進むと、一段高くなってる上段の間がありました

 

 

大名なんかは、ここで休んでたんですねぇ

 

上段の間の裏には、お偉いさん専用お風呂と、

 

 

トイレがありました

 

 

トイレは畳敷きなんですねチュー

 

お風呂も広々してる

 

で、他の一般の風呂とトイレもありましたけど、やっぱ狭く作られてるあせる

 

 

トイレは、この他に3ヶ所ぐらいありました

 

 

この本陣では、抹茶が飲めるお部屋があり、庭を眺めながらゆっくりできそうです

 

 

本陣を出て、すぐ隣にある「晴明屋」という旅籠屋へ

 

 

ここは、一般の人が泊まる宿

 

資料なんかが展示されていました

 

 

当時のご飯を再現

 

 

外に出て奥へ進むと、蔵があり、中へ入れました

 

 

蔵の中にも、いろんな展示がされていました

 

 

本陣資料館を後にして、先へ進みます

 

道が枡形で、ちょっとカクカクしてるところ辺りが、街道アプリでは二川宿が終わりみたいですけど、地元の説明図を見ると、もうちょっと先みたい

 

 

で、この枡形の角に、「駒屋」という商家さんがあるんですけど…

 

 

残念ながら、時間が遅すぎて閉まってた汗

 

 

という事で、後日行ってきました

 

 

入館は無料になってます

 

 

先ほどの本陣もですけど、昔の家って、趣があっていいですねー

 

 

奥には蔵もあり、中ではカフェが営業されてます

 

 

夜に歩いてた時は、全然気づかなかったんですけど、二川宿には、二つの神社がありました

 

旧大岩村側には、大岩神明宮(おおいわしんめいぐう)と、

 

 

旧二川村側には、二川八幡神社(ふたがわはちまんじんじゃ)の2社

 

 

両社とも同じ日に例大祭をするみたいなので、後日行ってきました

 

まず、大岩神明宮

 

 

当日は人がいっぱいで賑わってました

 

 

大岩神明宮の御朱印

 

 

そして、二川八幡神社

 

 

こっちは、あんまり人がいなく、ちょっと寂しい感じ

 

 

二川八幡神社の御朱印

 

 

二川八幡神社から先へ進み、ちょっと道が曲がってる辺りに、二川一里塚があり、

 

 

ここで、二川宿が終わりみたいです

 

 

この日歩いた歩数は、約38000歩でした

 

 

約6時間歩いてたみたいですけど、実際掛かった時間が8時間ぐらいだったので、休憩や雨宿りなどで、2時間ロスしてたんですねぇ汗

 

雨で、ビショビショになった服は、最後はほぼ乾いていましたけど、靴は濡れたままで、足が重くて結構大変な旅でしたあせる

9/28に、旧東海道を歩く旅に行ってきました

 

今回は、御油宿から二川宿までの東京方面へ

 

まず、前回の御油宿からスタート

 

ちなみに、後日取り直した写真が含まれてますので、御朱印の日付や天気が合ってないところがありますけど、あまり気にしないでください照れ

 

 

この、御油橋辺りまでが御油宿

 

 

前回来た時は、桜が満開だったのに、もう葉も落ちて寂しい景色汗

 

 

御油橋を渡り、旧東海道を歩いて行くと、

 

 

すぐ十字路に出ます

 

 

ここは、御油の追分という、東海道と姫街道(ひめかいどう)の分岐点

 

 

交差点の角には、道標などがありました

 

 

姫街道とは、御油宿と見付宿(現在の静岡県磐田市)を結ぶ街道

 

東海道は、浜名湖の南側を通るルートですが、姫街道は、浜名湖の北側を通るルート

 

本来は、本坂街道(ほんざかかいどう)と呼んでいたそうですが、なぜ「姫街道」と呼ばれるようになったのか?

 

前に行った、赤坂宿の大橋屋さんで聞いた話によると、東海道の新居宿(現在の静岡県湖西市)には関所があり、いわゆる「入鉄砲に出女」で、江戸方面から来る女性は厳しい取り締まりがあったそうです

 

先日、再放送の水戸黄門を見てたら、丁度、新居宿が出てきて、そこでも厳しい取り締まりをしている光景が描かれていまして、服を脱がしたりまでして、取り締まってたそう

 

そんな新居の関所を通りたくない多くの女性が、浜名湖の北側のルートを通るようになり、そこから姫街道と呼ばれるようになったそうです

 

いつか姫街道も歩いてみたいですねー音譜

 

 

御油の追分からすぐの場所には、大社神社(おおやしろじんじゃ)がありました

 

 

大社神社の御朱印

 

 

御朱印と一緒に、おせんべいも頂きました

 

 

しばらく歩くと、御油一里塚跡がありました

 

 

東海道を歩いていると、よくみる秋葉山の石灯籠

 

 

一里塚跡を越えると、国道1号線に出ます

 

 

で、本当は、橋の左の道へ行くのが正解なんですけど、

 

 

現在は道が消滅しちゃってるので、橋を渡って迂回します

 

 

橋を渡ると、右に曲がる道が出てくるので、ここから右に曲がって、1号線を離れます

 

 

しばらく歩くと、行き止まりになるので、迂回します

 

 

T字路を右に曲がると、橋に上がる階段があるので、その手前の道を左

 

 

で、また左にすぐ曲がると、スゲー細い道に出ます

 

 

一応、歩行者と自転車が通れる標識がありますけど…

 

 

雑草だらけガーン

 

 

奥まで進むと、もう歩くの大変なくらいジャングル状態になってましたあせる

 

なんとか歩けたけど、自転車は絶対無理ですね

 

なんとか反対側に迂回して、旧東海道に戻ってきました

 

 

よく見たら、先ほどのT字路を左に曲がると、1号線に出るみたいなので、そっちを通った方がいいかも…

 

 

気を取り直して歩きます

 

 

しばらくすると、速須佐之男神社(すさのおじんじゃ)がありました

 

 

神社の隣に公園があり、ちょっと休憩してると、ポツポツ雨が雨

 

まぁ、大した雨でもなかったので、雨宿りもせずに、先を急ぐことに…

 

 

途中、伊奈一里塚跡がありました

 

 

更に歩いて行くと、迦具土神社(かぐつちじんじゃ)がありまして、

 

 

この辺りから、雨が激しくなってきたあせる

 

 

しばらく雨宿りさせてもらいました照れ

 

 

途中のスーパーで、雨宿りがてら、雨に濡れてちょっと寒かったので、温かい豚キムチスープを買って休憩

 

 

体も温まり、小雨になってきたので歩き始めたら、また雨が激しくなってきた!

 

幸い、また神社が近くにあったので、雨宿りをさせてもらうことにしました

 

…ってあれ?ここは、ずーっと前に来た事がある、菟足神社(うたりじんじゃ)じゃないか~

 

 

で、鳥居をくぐって境内に入ったものの、拝殿まで遠く、そこに着くまで雨が凄く激しくなり、参道の途中にある神輿庫の前で雨宿り

 


 

最初はよかったんですけど、どんどん雨が激しくなり、小さい屋根の神輿庫の前では危なくなってきた

 

 

参道が川の様になってきたよぉ~ガーン

 

で、鳥居の横にある大きな木の下なら、雨が防げるかも!と、なぜか思って、激しい雨の中を走って行ったら…ズコッ!

 

 

足がもつれたのか、思いっきり転んじゃいまして、服は泥でべちゃべちゃ、右腕の関節が痛い、左目の上を石かなんかにぶつけたのか、腫れてちょっと出血してる…

 

もう、最悪ダウンダウン

 

結局、大きな木の下でも、激しい雨は防げず、また神輿庫の屋根の下に

 

どうしようかと思っていたら、境内の中にある家から、おじいちゃん(宮司さんかな?)がこっちに寄ってくる

 

うわ…勝手に雨宿りしてたから怒られる…と思ったら、「雨宿りしてるんですか?」と聞かれ、「そうです」と答えると、もういらない傘だからと言って、傘をくれました!

 

おじいちゃんが神様に見えたキラキラ

 

何度もお礼をして、菟足神社に参拝

 

 

世の中には、良い人がいるもんですね

 

すごく助かりました!

 

 

菟足神社を後にして、先へ進みます

 

しばらくすると、高橋という橋がありまして、

 

 

この高橋には、こんな話があるそうです

 

昔は、「子だが橋」とも呼ばれていたそうで、先ほど雨宿りさせてもらった菟足神社では、春の大祭で、この街道を歩いて通る若い女性を生贄(いけにえ)にする習慣があったそうです

 

ある年、向こうから若い女性が歩いて来る…が、よく見ると、自分の子ではないか!「いかにすべきか」と悩んだあげく、「子だが止むを得ん」と言って生贄にして神に奉り、そこから「子だが橋」と呼ばれるようになったそうな…

 

 

なんという怖い話ガーン

 

さっきの菟足神社に、そんな怖い習慣があったとは…

 

 

可愛いウサギの神輿が置いてあったのにー!

 

ちなみに、現在では12羽のスズメが贄に替えて神事が執り行われているようです

 

1000年前の話ならまだしも、現在も行われているんですね汗

 

それも怖い話…

 

 

高橋を越えた辺りから、豊橋市に入ります

 

 

先へ進むと、下地一里塚跡がありました

 

 

一里塚を越え、豊川の土手を歩いて行くと、東海道の標識があります

 

 

本来は、この辺りから豊川に架かる橋があったそうですが、現在はもちろんありません

 

 

少し先の豊橋という橋を渡って迂回します

 

 

この豊橋が、現在の豊橋市の名前の由来になってみたいですよ

 

豊橋を渡って真っすぐ歩いて行き、この交差点を左に曲がり、

 

 

この交差点から右に曲がります

 

 

すると、門のオブジェのような物がありました

 

 

西惣門(にしそうもん)というみたい

 

 

ここから、江戸から数えて34番目の宿場、吉田宿に入ります

 

吉田宿は城下町なので、道がカクカクした枡形になってます

 

 

道なりに進むと、本陣跡がありました

 

 

現在は、鰻屋さんになってます

 

 

昔は、この辺りが最も賑わっていた場所みたい

 

吉田宿は、豊橋の街中といった感じで、昔の宿場町という感じは全くありませんでした

 

 

カクカクした旧東海道を、右に左に曲がって歩いて行くと、東惣門(ひがしそうもん)のオブジェがありました

 

 

ということで、吉田宿はここで終わり

 

 

【その2】に続く…

今日は、J2の清水エスパルスvsモンテディオ山形の試合観戦に行ってきましたーアップアップ


静岡県清水区にある、IAIスタジアム日本平





久々のサッカー観戦!

なのに、雨降ってるし、風強いし、寒いし…

でも、試合は熱かった!

清水エスパルスに先制されたけど、1-2でモンテディオ山形が逆転勝ち!

やったね!



プレーオフに向けて、もう負けられないから、先制された時はどうなるかと思ったあせる

今日、清水エスパルスが勝てば、J1昇格が決まる試合だったせいか、今日の入場者数は今シーズン最多だったみたい

今シーズン、ホームで清水エスパルスが負けたのは今日が初めてじゃない?

モンテディオ山形やるなー爆笑


昨日と今日の試合で、プレーオフ圏内にいる3~6位のチームが全部勝っちゃったので、結局7位のままでしたけど、勝ち点が1点差!


まだまだどうなるかわからないですね



只今、「道の駅 掛川」でブログ書いてるんですけど、明日は有休取ったので、ゆっくり休みながら帰ろ~照れ


朝早かったから眠い…


静岡県ってお隣なのに、静岡市は遠いよねあせる