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まのっちゃお! season3

真野恵里菜&カントリー・ガールズ&神社巡りが大好きブログ

豊受大神社の次は、皇大神社(こうたいじんじゃ)に行ってきました

 

元伊勢三社の一つで、元伊勢内宮とも呼ばれているそうです

 

 

社号標のある階段を上ると、すぐ鳥居があります

 

 

鳥居をくぐり、長い階段を上って、

 

 

しばらくすると、参道の中央に、麻呂子(まろこ)スギと呼ばれる杉の木がありました

 

 

『聖徳太子の御弟(おとうご)麻呂子親王が、丹後国与謝郡河守庄三上嶽(たんごのくによさぐんかわもりみうけがたけ)に棲む英呉(あご)、軽足(かるあし)、土熊(つちぐま)という3人の凶賊を追討された時に、当社に詣でて御手植えになったのが3本杉といわれています。もとは3本杉でしたが、落雷等で枯死し、今は1本となっています。』【皇大神社公式HPより

 

ちなみに、この話は、『麻呂子親王の鬼退治』という鬼伝説になっているみたいです

 

 

さらに階段を上って行くと、しめ縄がされている池があります

 

 

さらにさらに階段を上って行くと、御門神社(みかどじんじゃ)があり、

 

 

その横には、『カネのなる石』というのがありました

 

 

小さい石で、平べったい石を叩くと、甲高い音が鳴ります( ゚Д゚)

 

この近くに、古墳のような小高い山がありました

 

 

参道に戻り、奥へ進むと、黒木の鳥居があり、

 

 

鳥居をくぐると、拝殿と本殿があります

 

 

御祭神は、天照皇大神(アマテラススメオオミカミ)

 

 

『伝承によれば、第10代崇神天皇39年(西暦紀元前59年)に、「別に大宮地を求めて鎮め祭れ」との皇大神の御教えに従い、永遠にお祀りする聖地を求め、それまでお祀りされていた倭笠縫邑(現奈良県桜井市三輪)をお出になったといわれます。まず最初に但波(丹波)へお遷りなり、そのご由緒により当社が創建されたと伝えられています。皇大神は、当地に4年お祀りの後、さらに諸所を経て、垂仁天皇26年(西暦紀元前4年)に、伊勢の五十鈴川上の聖地(今の伊勢神宮)にお鎮まりになりました。』【皇大神社公式HPより

 

 

拝殿の左右には、脇宮と呼ばれる社殿があり、右側には、天手力雄命(アメノタヂカラオノミコト)が祀られ、

 

 

左側には、栲機千々姫命(タクハタチヂヒメノミコト)が祀られています

 

 

他にも、本殿を囲むように、たくさんの境内社がありました

 

 

中でも、ひと際立派な岩長姫命社(イワナガビメノミコトシャ)や、

 

 

ちょっと離れた場所に、天龍八岐龍神社(てんりゅうやちまたりゅうじんじゃ)がありました

 

 

全部で、80以上の境内社があるみたいひらめき電球

 

 

他に、神楽殿もありました

 

 

龍灯(りゅうとう)の杉と呼ばれる御神木

 

 

なんと!樹齢2000年!

 

 

皇大神社の御朱印

 

9/21は、京都府の豊受大神社(とようけだいじんじゃ)に行ってきました

 

京都にある、豊受大神社・皇大神社(こうたいじんじゃ)・天岩戸神社(あまのいわとじんじゃ)の三社を、元伊勢三社と呼んでおり、ここ、豊受大神社は、伊勢神宮外宮の元宮と言われているそうです

 

 

 

社号標から、50メートルほど歩くと階段があります

 

 

階段を上って行くと、左手に、樹皮がついたままの木を使った、日本最古の鳥居形式である、黒木鳥居があり、

 

 

鳥居をくぐって、右に曲がると、神楽殿がありました

 

 

神楽殿の前には、階段があり、

 

 

階段を上がると、正面に拝殿と本殿があります

 

 

御祭神は、豊受姫命(トヨウケビメノミコト)

 

 

豊受大神社では、参拝する順番があるみたいひらめき電球

 

 

拝殿の右側にある、土宮(つちのみや)

 

 

拝殿の左側にある、多賀宮(たがのみや)

 

 

境内の左手にある、御幸神社(みゆきじんじゃ)

 

 

境内の左奥にある、月宮(つきのみや)

 

 

本殿裏にある、龍燈(りゅとう)の杉

 

 

境内の右奥にある、風宮(かぜのみや)

 

 

他に、本殿を囲むように境内社がありました

 

 

境内には、龍燈の杉の他に、龍登(りゅうとう)の桧という木があります

 

 

龍燈の杉を黒龍さん、龍登の桧を白竜さんと呼んでるみたいです

 

 

豊受大神社の御朱印

 

首途八幡宮の次は、建勲神社(たけいさおじんじゃ)に行ってきました

 

一般的には、建勲は「けんくん」と読まれてるそうです

 

 

社号標のある場所から、200メートルくらい先に大鳥居があります

 

 

鳥居をくぐり、階段を上がると、

 

 

大平和敬神(だいへいわけいしん)という神石がありました

 

 

元々、建勲神社の本殿があった場所みたいです

 

 

参道に戻り、更に階段を上がります

 

 

階段を上がると、左手に社号標

 

 

参道を奥へ進むと、階段があり、

 

 

階段を上がると、拝殿と本殿があります

 

 

御祭神は、織田信長公(オダノブナガ)

 

 

『明治2年(1869)、明治天皇より戦国乱世において天下統一、朝儀復興などの事業を進めた信長公の御偉勲に対し特に神社創立の宣下がありました。明治3年(1870)「建勲」の神号を賜り、明治8年(1875)別格官幣社に列せられ、社地を船岡山に賜りました。明治13年(1880)、社殿を新たに造営し、御嫡子信忠卿を配祀し、明治43年(1910)本殿以下諸舎を山麓から山上の現在の社地に移建しました。
以来、稀代の英雄織田信長公の正気芳魂は、国家安泰・万民安堵の神としてこの船岡山の山頂に鎮り給います。』【建勲神社公式HPより

 

 

大鳥居のすぐ先に、朱色の鳥居があり、

 

 

真っすぐ階段を上がって行くと、義照稲荷神社(よしてるいなりじんじゃ)と、

 

 

その横に、稲荷命婦元宮(いなりみょうぶもとぐう)がありました

 

 

この他にも、境内社があります

 

 

建勲神社は、船岡山にあり、

 

 

境内からは、京都市内が望めます

 

 

建勲神社の御朱印

 

 

他にも、色んな御朱印がありました