11/3は、竹内街道(たけのうちかいどう)を歩いてきました
竹内街道とは…『大阪府堺市から東へ向かい、二上山の南麓・竹内峠を越えて、奈良県葛城市の長尾神社付近に至る約26 km の日本最古(正確にはこの国が日本と名乗る事となった難波宮以前)の街道である。かつては丹比道(たじひみち)と言われた。』【Wikipediaより】
日本最古の街道!
全長約26キロ!
ということで、奈良県の葛城市から、大阪の堺市まで歩くという、何時間掛かるんだ?というウォーキングに行ってきました
古道を歩きのが好きで…というか、知らないところを歩くのが好きなんですよね~
過去の、山辺の道・葛城古道・旧東海道に続く、古道を歩くシリーズ第4弾!
地図は、大阪市のウォーキングマップに載ってますので、コチラから印字して持って行きました
地図は三分割されており、磐城駅から上ノ太子駅まで、上ノ太子駅から河内松原駅まで、河内松原駅から堺駅まで…となってます
【磐城駅~上ノ太子駅】
【上ノ太子駅~河内松原駅】
【河内松原駅~堺駅】
とりあえず、スタート地点の最寄り駅、奈良県の近鉄磐城駅へ
只今の時間は、5:47です
まだ真っ暗だ
ここから、真っすぐ南に100メートルほど歩いた所に、長尾神社(ながおじんじゃ)があるので、そこまで歩いて行きます
竹内街道は、ここからスタートみたい
長尾神社に寄って、道中の無事をお願いしてから歩いて行けばよかったのに、とにかく早く歩きたくて、まだ暗いし、とにかく急いで歩いて行くか~って感じになっちゃって、長尾神社には寄らずに、先へ進んじゃいました
ちょっと後悔
画面は明るい感じですけど、実際はかなり暗い道
最初は、普通に住宅街の中を通って行きます
道は、旧道という事もあってか、やっぱ狭い
所々に、道案内の看板や、竹内街道の説明をしている石板などがあります
しばらく歩くと、大きな道に出て、
目の前には、菅原神社(すがわらじんじゃ)がありました
最初に、長尾神社でお参りしてこなかったので、ここで、道中の無事をお願いしていきます
この大きな道は、国道166号線
菅原神社辺りから、坂を登って行くような感じになります
しばらく歩くと、国道166号線と旧道の分かれ道がありました
左側の道を歩て行きます
旧道は、全然車が通りませんね
途中で、南阪奈道路が見えます
しばらく歩いて行くと、奥に階段が見える
階段を上がって行くと、公園のような感じの所に出ました
そのまま先へ進むと、道標があり、『従是東 奈良縣管轄』と書かれてる
つまり、奈良県と大阪府の県境までやって来たー!
竹内峠を越えた!
大和国と河内国の境目
県境って、なんかいいですよね~
昔は、ここに関所があったみたい
近くに、緑の一里塚がありました
一里塚とは、1里(約3.927キロメートル)毎に設置してある塚の事
緑の一里塚は、2013年、竹内街道敷設1400年を記念して、大阪市・堺市・松原市・羽曳野市・太子町の街道沿いに整備されているそうです
なので、この先、ちょこちょこ緑の一里塚が出てきます
竹内峠を越えると、ひたすら坂道が続きます
歩道がほとんどない所が多い上に、車がかなりのスピードで走って行くので、かなり注意して歩いて行きます
遠くに大阪の街が!
こんな風に、歩道が広い所もありました
しばらく下って行くと、道の駅 近つ飛鳥の里太子があります
道の駅から南へ行くと、小野妹子(オノノイモコ)のお墓があるみたい
太子町は、聖徳太子(ショウトクタイシ)ゆかりの地ということで、顔出しパネルも聖徳太子
まだ早朝なので、道の駅は開いてなかったので、トイレ休憩だけして出発!
裏の飛鳥橋から進みます
この辺りも、旧道らしく道が細い
しばらくすると、なにやら珍しい屋根の形をした家が見えてきた
瓦屋根の上に、茅葺屋根が乗ってる
旧山本家のお宅で、大和棟という造りみたいです
現在は、竹内街道交流館になってます
ここから、ずーっと南へ下ると、聖徳太子のお墓があるという叡福寺(えいふくじ)があります
どんどん進みますよ~
この【六枚橋東】という交差点、どこに行けばいいのか、最初はちょっとわかんなかった
住宅街の中を歩いて、
緑の一里塚がありました
しばらく住宅街を歩いて行くと、
近鉄上ノ太子駅がありました
ここで、1枚目の地図が終わり
【その2】へ続く