ようこそ、ひでちぇろブログへ!
音楽活動されているみなさん。
みなさんは今、どんな目的で活動をされているのでしょうか。
今回は、音楽活動の目的について、私が活動を始めたころから現在までの変遷を書いていきます。
ご参考になれば幸いです。
まず、活動を開始する前にクラシック音楽と出会ったのが、中学生の時でした。
中学一年の夏休みの宿題がビバルディ作曲「四季」を聴いて感想を書けというものでした。
元々文章は得意でなかったので、感想文が書けずに何度も聴いているうちに、突然曲の「良さが解る」ようになり、その後とりつかれた様に何度も何度も聴きました。
これが、クラシック音楽との出会いでした。
高校入学の頃には、既に音楽と言えばクラシックという感じになっていました。
しかも、自分で弾いてみたいという気持ちも高まっていたので、弦楽器が弾ける部活に入ってチェロを始めました。
この頃は、クラシック音楽を「自分でも演奏する」事が目的でした。
大学に入ってからは一気に世界が広がりました。
色々な大学で活動している人と出会い、プロの先生にレッスンについたりと、多くの人と出会い、刺激を受けて一気にチェロも上達しました。
新たな世界を体験しながら、「音楽で自己表現」していくのが楽しく、それが目的で活動していました。
そして、社会人になります。
今度は、仕事そのものと人間関係があまりに辛すぎて耐え難い状態になりました。
よって音楽に求めるものも一転して、救いを求める様になりました。
また、精神世界の本もたくさん乱読して、この分野の知識を大幅に増やしながら、なんとか生き延びました。
この時期の自分にとって、音楽は目的でしたというより、「生き延びる為の手段」でした。
その後、仕事の方もなんとか人並みに対応できる様になると、リーダー的な立場で音楽を楽しむことを覚えました。
所属していた2つのオーケストラの両方でチェロパートのリーダー(トップ)になり、オーケストラの中で自分でチェロパートの音を作り上げるのが楽しくなりました。
また、気の合う仲間もたくさんいて、チェロのトップをエンジョイしていました。
「仲間と一緒に共感しながら自己表現」する事を楽しむのが、この時期の音楽の目的でした。
チェロトップをエンジョイしている期間は長く続きました。
しかしその後、長崎に異動となって思うような活動ができなくなり(最近、横浜に帰って来ました)、母も亡くなりと環境の変化がありました。
また、年齢も五十を越え、少しあちらの世界に近づきました。
そして現在、既に最も好きな作曲家であるグスタフ・マーラーの亡くなった年齢を越えてしまいました。
やはり、巨匠たちの晩年と同年齢になってくると、彼らの感じていたであろう人生の感覚も少し分かる気がします。
衰えることで見えてくるものに、人として共感すら感じです。
生きる時間の貴重さ、ありがたさを感じること。
自然への共感。
自分が存在するという奇跡への感謝。
等の、生き死にレベルの実存的な感覚が、歳を経るごとに明確になっていく感覚があります。
身体の衰えに反比例するかのように。
クラシック音楽が、やっと身の丈に近いところにやって来た感じですね。
なので、最近の音楽活動の目的は、自分を表現するより、
作曲家との共感、
指揮者との共感、
一緒に演奏している人達との共感、
聴きにきたお客さんとの共感、
等、「共感の輪を拡げる行為」が心地好いと感じるようになってきました。
ある意味、やっとスタート地点に来た感じです。

歳を重ねるのもいいものです。
今後、音楽の目的がどう変わっていくのでしょうか。
また身体が衰えて、さらに心の面では色々見えるようになる気がします。
ちょっと、楽しみです。
健康を保って、できるだけ長く表現できる立場でいたいと思います。
それでは。