こんにちは、ひでちぇろです。

 

こんなのができたら幸せだろうな~、

という妄想で書いてみました。

 

■名称

クラシック音楽コミュニティビレッジ軽井沢

 

■クラシック音楽のコミュニティ構想

中国、コロンス島がモデルです。

ここでは弦楽器、ピアノの奏者と、

木工の楽器職人のコミュニティがあります。

 

専門家同士が相互に高めあっている環境です。

 

元は中国の富裕層と西洋人に作られた

洋館で作られた街ですが、

今も文化は存続しています。

 

注目すべきは、

クラシック音楽の作り手のコミュニティが、

相互に価値を高め合っていることです。

 

これが新たな価値を世の中に供給できるのであれば、

日本国内にももっとすごい

理想郷を作ることができるのではないか

と考えます。

 

■場所、土地

理想は軽井沢です。

西洋人のための保養所であったころには、

天井のないホスピタルと言われた、

最高の土地です。

 

しかも新幹線での東京へのアクセスが良いです。

 

今は下火のゴルフ場の跡地等が良いと思います。

 

■収入

アマオケ奏者は、

ネットビジネスで自力で価値を生み出して、

収入を得ます。

 

プロ奏者は、

みずからの演奏会やレッスンで価値を生み出して、

収入を得ます。

 

楽器製作者は、

楽器の新規製作、メンテで価値を出します。

 

建築家は理想的な室内楽ホールや、

音楽と調和した家作りで収入を得ます。

 

■音楽のコミュニティ

アマ中用のアマオケ、

室内楽コミュニティを作ります。

 

プロ用のプロオケ、

室内楽コミュニティを作ります。

 

コンテストも企画します。

 

音楽祭もやります。

 

■その他のコミュニティ

高齢音楽家のケアとして、

音楽家専門のコミュニティ性を持ったホームを作ります。

 

学校はこのコミュニティ独自の

音楽家を育てる環境を提供します。

 

 

と、

こんなところに住んでみたいな

という妄想でした~。

 

それでは。

 

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こんにちは、ひでちぇろです。

 

私はサラリーマン生活を始めて

かれこれ27年ちょっとですが、

 

会社というのはヒエラルキー

(組織の階層構造)が非常に明確です。

 

完全なピラミッド型で、

以下の様な感じです。

 

株主やオーナー

社長

取締役

管理職(部長、課長、次長)

従業員(主任、社員)

(パートナ会社社員)…無い場合も有り

 

という感じです。

 

会社は、

 

まず株主がお金を投じるところから始まって、

従業員が価値を生み出してお金を増やし、

最後に株主が利益を売る、

 

っていうのが目的なので、

社長がピラミッドの頂点にいます。

 

一方、オーケストラのヒエラルキーは、

どうなっているのでしょうか。

 

私が考えるのは、

以下の様な感じです。

 

演奏者

パートリーダー

コンサートマスター

指揮者

(マネージャーやホールといった器)

聴き手

 

という、

 

会社では底辺の従業員である、

演奏者が頂点に来る、

会社とは真逆のヒエラルキーです。

 

お金の流れを起点に考えれば、

この順序にはなりません。

 

しかし、どこのオーケストラも、

まず最初にお金を稼ぐことありき

ではないと思います。

 

まず、各演奏者に

自分達の伝えるべき音楽が有って、

そこから組織が運営され、

代表が選出され、

 

指揮者を呼んできて、

(場合によってはホールを探し、)

 

最後に聴き手であるお客さんを集めて

演奏会を開催する

 

という順番で成立していくのかと思います。

 

アマチュアオーケストラをやっていると、

 

団員を上から目線で部下扱いする様な

リーダー的団員をよく見かけます。

(長年サラリーマンをやっていた感じの

人に多いです)

 

たぶん会社のヒエラルキーと同じに

ふるまっているんでしょうけれど、

 

オーケストラにおける

リーダーは別に偉いわけではないので、

会社と音楽の区別がついていなくて

みっともないだけだなと感じます。

 

自分は今たまたまそういう立場では

ありませんが、

チェロのパートリーダーをやることが

多いので、

 

リーダー特有のおごりに囚われない様、

注意していきたいと思います。

 

それでは。

 

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こんにちは、ひでちぇろです。

 

アマチュアオーケストラに行って、

よく他の奏者の姿勢を観察していますが、

 

弦楽器、

なかでもチェロの人は猫背の人が多く、

もったいないな~、と思います。

 

ここで、

演奏での姿勢の教科書的なものといえば、

アレキサンダーテクニークかと思います。

 

著作やホームページを見ると、

大雑把に言えば、

・頭(首、あご)を緩めて頭が自由に動けるようにする。

・頭が上に送られ、背中が広がる様な、

身体を上向きに持ち上げる意識の方向性

 

が自然にできる様になると、

身体のコントロール度がアップして、

傷めたりすることも減る。

というものです。

 

開発したアレキサンダー氏自身が、

シェークスピア劇の舞台俳優でしたが、

身体の使い方が悪くて

声が出なくなってしまい、

それを乗り越える為に開発したものです。

 

これが出来ているお手本ですが、

やはり元祖チェロの巨匠である、

カザルスでしょう。

 

写真や動画でしか見ることが出来ませんが、

デフォルトの姿勢で、

背筋がすっと真っすぐになっていて、

いかにも身体が効率よくコントロールされていそうです。

 

また、ウィーン国立歌劇場のチェリストの方々。

年間300回程度の公演を軽やかにこなしている

様に見える彼らも、

必要に迫られてか、

頭が自由でかつ上向きな方向性が維持されていて

姿勢はものすごく良いです。

 

日本のアマオケでも、

管楽器奏者の方々は、

呼吸を使い、

自分の身体を楽器として使う度合いが高いので、

姿勢がいい人が多いですが、

 

同じアマオケでも、

弦楽器奏者の方々は、

フォルテシモで首が完全に固まり、

ピアニシモで首が縮まってしまっている人が多いです。

 

運動性が下がるだけでなく、

身体からのフィードバックが

遮断されているのではないかと危惧します。

(そうでない方も当然いますが)

 

ちょっと持論ですが、

 

「頭を自由」にした姿勢と、

「上向きの方向性」を意識することは、

運動性や身体情報のフィードバックだけでなく、

 

上から(無意識領域の神に近い)

の情報が得やすいのではないかと感じます。

 

逆に、首を固めて下向きになると、

下から(無意識領域のより原始的な動物に近い)

の情報が入りやすいのではないかと思います。

 

クラシック音楽を演奏するなら、

やはり「上」からの情報で演奏したいと思います。

 

 

また、話は変わりますが、

姿勢を保つ上で大切なのが、

基礎的な筋肉でしょうか。

 

私自身はここ3年くらい

週二で筋トレをやっている効果もあって、

最近は姿勢を保つことが苦でなくなりましたが、

姿勢を保つのは、最初はつらいかもしれません。

やはり、疲れても意識して姿勢を維持する訓練も

必要かと思います。

 

アレキサンダーテクニークの

姿勢はまた、

演奏上の利点だけでなく、

 

心が前向きになったり、

身体の色々な情報に気づきやすくなったり、

声が通りやすくなって話に説得力がでたりと、

普段の生活でも色々とご利益があります。

 

姿勢の改善、

すぐに、しかも無料でできるので、

おすすめです!

 

それでは。

 

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こんにちは、ひでちぇろです。

 

クラシック音楽は

どのように役に立つのかというのを、

ネットで調べてみました。

 

すると、

 

・癒される(エンドルフィン分泌)

・痛み、悩みが軽減される(エンドルフィン分泌)

・やる気、集中力がアップする(ドーパミン分泌)

・リラックスする、緊張が緩和される(α波)

・不安が軽減される(コルチゾール抑止)

・犯罪抑止に効果がある

 

等の様な、若干のパフォーマンス向上や、

苦痛の軽減に役立つという様な情報が目立ちます。

 

しかし、それらっていうのは、

即物的な低次元の効果かなと思います。

 

クラシック音楽の内容は、

もっと高次に抽象的なもので、

 

本当に役立つのは、

人生のもっと深い次元

に対してなのではないかと

思います。

 

芸術の目的は、

それによって幸福を得ること、

感じることです。

 

人間の行動は、

苦痛を避けるか快楽を得るかの2種類しかなくて、

 

苦痛を避けるのが仕事、

快楽を得るのが芸術なのではないでしょうか。

 

そして、西洋人が究極の幸福、

快楽を追求したのが、

クラシック音楽です。

 

現代でも人を惹きつける、

普遍性のあるパワーがあり、

真理を捉えているものと感じます。

 

よくネットで書かれている、

役立つっていうのは、

部分的な話なのかと思います。

 

そういう意味も込めて、

今、シュタイナーが音楽について書いた本を

読んでいます。

 

読み終えたらまたご紹介します。

 

それでは。

 


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こんにちは、ひでちぇろです。

 

今日はモーツアルトについてです。

 

クラシック音楽史上の作曲家に

優劣をつけるのはなかなか難しいですが、

 

あえて比較するならば、

バッハとモーツァルトが

突出しているのではないでしょうか。

 

中でも天才肌という意味も込めて、

モーツアルトが一番かと思います。

 

モーツアルトの曲の特徴をあげると、

 

・美しい

・単純

・分かりやすい

・自由自在で囚われが無い

 

などでしょうか。

 

特に、

オペラでの音楽の美しさは尋常ではなく、

ストーリーは貴族を茶化したような内容ですが、

音楽はまるで天国から降りてきたかの様に

感じられます。

 

私自身、

オペラ、交響曲、カルテット、

ピアノやバイオリンの協奏曲の

チェロでの演奏経験があります。

 

どれも強く印象に残っていますが、

 

特にオペラでの、

音楽の面白さ、変わり身の速さ、

神がかった美しさに

強く心を惹かれました。

 

聴く方では、

オペラ「魔笛」を、

最高峰と思われる、

ウィーン国立歌劇場で聴いたのが、

最高の体験でした。

 

異次元の説得力、迫力、美しさに

圧倒されました。

 

このモーツアルトの凄さは、

本当に言葉にするのが難しいです。

 

一番神に近いとしか言いようがないです。

 

宗教なら、バッハと並んで、

ブッダ、キリストレベルかもしれません。

 

これ以上の音楽家は、

音楽のジャンルを問わず、

もうこの世に二度と現れないのではないかと

思えます。

 

モーツアルト以降の作曲家は、

モーツアルトがあまりに神に近づいたので、

また、もう一度人間界に戻って、

別のルートで神を目指しているのでは

ないかと、

勝手に想像しています。

 

などと書いていたら、

またモーツアルトが聴きたくなってきました。

 

それでは。

 


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こんにちは、ひでちぇろです。

 

突然ですが、

皆さんは輪廻転生について、

どのような考えをお持ちでしょうか。

 

科学で証明されていないし、

存在する訳が無いとか、

 

臨死体験の報告や退行催眠の証拠などから、

当然有るに決まっているとか、

 

はたまた、前世を覚えてるよ、とか、

 

色々ご意見をお持ちのことと思います。

 

結局は自分で死んでやっと確認

できることなのですが、

 

私は、輪廻転生はあるものとして生きています。

 

これまで私は、

心理、宗教、精神世界の本を

2~300冊くらい乱読してきました。

 

この乱読の中で、

自分なりの輪廻転生のモデル

を作っていますので、

ご紹介します。

(あくまで自分用のモデルです)

 

まず、心は自我と真我でできています。

自我は、ユングで言う個人的意識の領域です。

そして、真我は個人的無意識と集合的な無意識です。

 

自我は身体と結びついて、

身体からの情報(自動プログラム)

に影響されつつ、

肉体を維持して生きようとします。

 

真我は、全人類の心とか地球とか宇宙とかの、

すべての情報と繋がりつつ、

個性を保っています。

そして、自我を常に観察しています。

 

死が訪れると、

肉体と共に自我は役目を終え、

真我だけが自我の記憶を保持したまま、

彼岸の世界で覚醒します。

 

真我はすべての存在と繋がっている為、

他の存在の感じることを

ストレートに認識できます。

 

なので、生きている時に

誰かに苦を与えることをすると、

死んだ後にストレートにそれを感じられてしまい、

非常につらい思いをします。

 

次の機会には、

もっと上手く、

自分も他人も幸せになれる様に、

と決心して生まれ変わってくるのです。

 

その生まれ変わりの回数を重ねる度に、

だんだんうまく生きていける様に

なるのが成長なんだ、

 

というふうに、

私は考えています。

 

ここで、音楽の話です。

 

オーケストラでの演奏では、

言語以上に、

音楽を介して情報のやり取りが行われます。

 

音楽を介すると、

その奏者の気持ちがストレートに伝わってきます。

 

これは、自我同士のやりとりではなく、

真我を介してのコミュニケーションに近いです。

 

つまり、音楽によって、

死んだ後にしかできない様な

コミュニケーションを、

生きているうちからできてしまう

ということです。

 

この体験、この感じ、

人の気持ちがストレートに分かるこの感じが、

音楽の価値なんだと思います。

 

この感覚を積極的に、

実際の人間関係の場面で、

 

特に他人に共感していくことに

役立てられるのではないかと思っています。

 

具体的にどう役立てられるのか、

また、私がどう役立てているのか、

ということについては、

また改めてお知らせしていきたいと思います。

 

では。

 

 


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こんにちは、ひでちぇろです。

 

私のついている仕事は、

プラントのエンジニアです。

 

もう少し詳しく言うと、

火力発電プラントの中で、

火を燃やす装置(燃焼装置)

の設計をしています。

 

この火というのは、

燃料やその他条件が毎回違うので、

同じということがなく、

なかなか設計通りに燃えてくれなくて、

なかなか難しい世界です。

 

この、火を設計するとき、

数字を計算するだけでなく、

まだ目の前に見えない現象を、

頭の中でイメージします。

 

頭の中の火のイメージを計算した数字で補正しながら、

条件を決めていきます。

私の周りの設計者も似た感じでやっているみたいです。

 

これに対し、

人間の心についても

同じ様に、モデルをイメージしてみるのが、

最近私の中での流行りです。

 

そのイメージですが、

まず、自我が頭の部分にあり、

身体とつながっています。

 

そして、その頭の上1mくらい上に、

自我とつながっている真我(ハイヤーセルフ)

が光って存在しています。

 

この真我は人間同士皆つながっています。

 

繋がっているので、

真我経由でお互いの心が分かります。

 

真我が繋がっていることを利用して、

例えば目の前にいる人の視野をイメージして、

その人になりきってみると、

 

その人の感じているフィーリングが

真我経由で自分に入ってくる感じがします。

 

臨床心理の世界でも、

意識と無意識の両方向で

コミュニケーションすると考えるのにも、

似ています。

 

オーケストラでの演奏でも同じく、

心をモデル化、可視化して

心を繋げると、

 

他の奏者の気持ちがすごく入ってきますし、

お客さんとも強く共感できます。

 

この、共感の器を今後の演奏経験を通じて、

育てていきたいと思っています。

 

では。

 

 


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こんにちは、ひでちぇろです。

 

私は、アマチュアオーケストラで

チェロを弾く、

一介のアマオケの奏者ですが、

 

そもそも、

世の中に主にクラシック音楽を対象とした、

アマオケに参加する様な、

アマチュア音楽家はどれくらい

いるんでしょうか。

 

アマオケの数は、

首都圏で500くらいで、

全国だと1000くらいあるそうです。

 

ということは、

一つのオーケストラでだいたい30~40人の

メンバーがいたとすると、

全国で3~4万人のアマオケ奏者が

いることになります。

 

この中には、

プロに近いレベルで弾ける人、

広い人脈を持つ人、

楽器が作れる人、

オケ以外色々な分野での専門家、

等々の方々がいると思われます。

 

これだけの人たちが集まれば、

何か世の中に影響を与える何かができるのでは?

と最近思う様になりました。

 

そのきっかけになったのが、

中国のコロンス島です。

 

ここは昔、

西洋人の居留地だったのですが、

 

残された洋館に、

弦楽器やピアノの奏者、

木を使った楽器の職人たちが住み、

一つの島の中でコミュニティを形成しています。

 

そして、そのコミュニティの中で、

影響を与え合い、レベルを高め合いながら、

次の世代も育っているみたいです。

(ANAの機内誌で読んだだけですが。。。)

 

日本にはこれだけの、

パワーと規模のアマオケ奏者がいる訳ですから、

 

たとえばインターネットビジネスのノウハウと

かけ合わせてコミュニティを作り、

世の中に幸せを届けられる何かができないか、

と思い、アイデア模索中です。

 

まだ思いつきの段階ですが。

 

それでは。

 


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こんにちは、ひでちぇろです。

 

さっそく、昨日の続きです。

 

今日は、マーラーの遺作でもある、

交響曲第10番です。

 

10番で正規に残っているのは

第1楽章だけで、

2~5楽章はマーラーのスケッチ

のみが残されています。

 

このスケッチを用いて何人が、

全5楽章のオーケストラ版への

編曲をしています。

 

この中でも最も有名で、

インバルやラトルも実際に録音している、

クック版を元に話を進めます。

 

マーラーはこの曲を完成させられずに

51歳で亡くなっています。

 

この時期、

妻のアルマの前にグロビウス

という男性が現れて、

妻を失うのではないかという、

恐怖にさいなまれ、

 

しかも自身は心臓病の診断を下されていて、

妻と命の両方(生と性)を失う危機に

あったものと思われます。

 

実際に10番の1楽章では、

あの世から響いてくるようなビオラの旋律に始まり、

(9番の最後のフレーズもビオラ)

 

音階全12音中、9音を使った大音響の

不協和音とトランペットの叫びに至って、

死の恐怖と妻を失うであろう喪失感がオーバーラップした、

狂気寸前の苦しみが表現されています。

 

ここで、私の10番体験なのですが、

 

2011年の3月、

ちょうど311の頃から、

仕事であまりに矢面に立ち続けた為、

ほぼ、うつの様な状態になっていました。

 

このころに、

ちょうど10番を私のホームオケで練習していたので、

通勤の車の中で聴き込んでいました。

 

その時に、1楽章の9音の大音響不協和音とトランペットの叫びを聴いて、

「あ、まさに今の自分だ!」

と思いました。

 

これだけ苦しんだ人がここにもいたのか!

と驚くと同時に共感しました。

 

その後、

曲は2,4楽章の皮肉めいたレントラーと、

短い煉獄(普通の人が行くあの世)の3楽章

を経て、5楽章に至ります。

 

5楽章は、バスドラムの不吉な打撃とチューバのフレーズが何度かあり、

その後に天から降ってきたようなフレーズがフルートで奏でられます。

 

2011年に聴いた時、

このメロディーは、

死んだ後に戻っていく

魂のふるさとを表している様に感じられました。

 

今がいくらつらくても

最後はここに帰れるのかもな、、、

と少しだけ救われた気がしました。

 

魂の故郷に戻って、

強いなつかしさと温かさを感じ、

自然と涙がこぼれる様な感覚でした。

 

1番から8番、大地の歌、9番で、

色々な喜びや苦しみ、

そして死の恐怖と現実の死を経て、

 

そして最後に10番で

彼岸である魂の生まれ故郷に帰っていくという、

だれもが経験するであろう

ドラマチックな旅が表現されたものが、

マーラーの一連の交響曲なのだと考えます。

 

マーラー最後の3曲、以上です。

それでは。

 


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こんにちは、ずいぶんご無沙汰していました、

ひでチェロです。

 

4月に横浜から長崎に転勤して、

仕事も生活も色々とごたごたとして

エネルギー不足になっていました。

 

再開までに4か月以上かかってしまいましたが、

長崎での仕事と生活にも慣れてきましたので、

また再開しますので、

よろしくお願いいたします!

 

長崎の生活にも慣れてなじんできてしまっていますが、

自分の力で関東に戻ろうという意志が

より強く固まってます!

 

 

それでは、4か月以上前の3月22日の続きです。

 

前回は死を意識したマーラー最後の3曲ののうち、

「大地の歌」の最終曲で東洋的な死が出てきたところまででした。

 

今回はその次の「交響曲第9番」です。

 

この9番は最初から最後まで死がテーマです。

 

マーラーがこの曲を完成させていたのは49歳ですが、

その前の47歳に心臓病と診断されていますので、

死期が近いことを感じながら

作曲したものと思われます。

 

まず、第1楽章、

冒頭は、アメリカとヨーロッパとの往復の船旅での

大海原、波しぶき、船の汽笛を思わせる様な

ゆったりしたメロディーで始まります。

 

しかし、このテーマが終わると

死への恐怖が押し寄せる様な、

不安なメロディーや不協和音がたくさん出てきます。

 

そして2、3楽章でも死との葛藤と戦いますが、

4楽章で葛藤はピークとなり、

最後は死を受け入れて死んでいきます。

 

実際の譜面でも最後の小節の2ndバイオリン、ビオラ、チェロの音に、

「死に絶える様に」とドイツ語で指示が書かれています。

 

ここで私の過去の話ですが、

 

20代の頃に仕事がうまくいかず、

ストレスのあまり廃人の様な状態になって、

 

自分は生きていたいんだけど、

明日会社に行くなら死んだ方がましだ、

と生と死の強い葛藤を抱えていた時期がありました。

 

9番で表現されている死に対する感情が、

その時に自分の感覚ととても似ていて、

そして、最後は救われるので、

この頃から、この曲に強く魅力を感じ、

共感する様になりました。

 

また、臨死体験に関する著作などで有名な、

精神科医のエリザベス・キューブラ=ロスさん

という方がいます。

 

この方の「死の瞬間」という著作で、

死の受容プロセスの5段階

1否認

2怒り

3取引

4抑うつ

5受容

というものを発表されています。

 

9番では、

この5段階のプロセスの順番

そのままではありませんが、

1から4を行き来して、

4楽章の最後に5で受容する感じで当てはまります。

 

つまり、誰にでも当てはまる、

精神面での普遍的な死のプロセスが

この曲では表現されているのです。

 

死と向き合うというのは、

人生の中でも最も孤独なプロセス

ではないかと思いますが、

 

それが、誰にとっても同じものなんだよと、

教えてくれ、

少しだけでも痛みを和らげてくれるのが、

この曲だと感じます。

 

演奏の話ですが、

 

30代の時ホームのオーケストラで

9番をチェロのトップで演奏しました。

 

この曲をトップでやるのが夢だったので、

すごく充実した演奏会でした。

 

そして、演奏が終わった後の、

30秒くらいの永遠にも感じられる様な静寂を体験しました。

 

1000人超のお客さんと100人近い指揮者と団員が、

静寂を介して一つになる時間。

 

これは、演奏生活のなかでも、

かけがえのないものでしたし、

死についての曲にもかかわらず、

生きていてよかったと思いました。

 

 

ということで、次回は10番です。

 


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