能登の地名 由来を探す 桜井の旅

5月31日8:57分、桜井駅前ターミナル

寺川に架かる橋

梅雨前で川が干せ上がってます

R165谷東交差点

谷区自治会掲示板

石仏

若櫻神社注連縄

東光寺88ケ所巡り

善法香風先生の碑

取り残されつつある祈りの心

掃除がなされていない

落葉が散り積もったまま

能登遠征 復興支援を 無事終える

「能登ふるさと讃歌6番」

我ら大和民族 能登人よ

震災復興成し遂げて

22世紀の子や孫に

誇れる人生生きようよ

えんむすびーちの鐘

見附の森

吼木山「法住寺」跡

空海は三杵を求めて佐渡より能登沖を通られた時、波の音と共に法華経を誦する声が聞こえて来たので島を頼りに着岸された

村人たちの案内により山の桜の樹に探し求めていた三杵の一つ五鈷杵が光り輝き、白夜法華経を唱えていた

ここに一宇を創建され吼木山「法住寺」と名付けられた

それより島を見附島と呼び、縁結びの神を祭り、海難の守り神と共に小社を安置し、舟を繰り出し島上に登り祝詞を奉じてきた

これで予定を全て消化、大阪へ向け帰路に着いた

徳光PAで買物休憩

刀祢Pトイレ休憩

車内で兄が採ったウドを分けた

八木君がコシアブラを天ぷらにと兄に渡したそうだが、うっかり忘れてしまったようだ

北陸道、名神菩提寺まで順調に走行

白山麗姿

草津IC手前から大渋滞で大阪駅に22:20着となった

近江平野夕陽

半分ほどになった見附島だが、その先に雪嶺の立山連峰が見えた

大阪駅22:20分着、渋滞で大幅遅れで疲弊されていたにもかかわらず、最後車内点検では一片のゴミも残されていませんでした<m(__)m>

会計幹事役でご協力くださった幸師に感謝<m(__)m>

終始安全運転を心がけてくださった長田ドライバーに感謝<m(__)m>

素晴らしいチームワークで支えてくださった皆様に感謝<m(__)m>

三成は 豊臣思い 筋とおす

石田三成像

長浜市に生まれた三成は、当時長浜城主だった豊臣秀吉に気に入られ部下となります

織田信長が本能寺の変で亡くなったあと、天下人となった秀吉のもとで三成は、ついには五奉行と呼ばれる重臣に登りつめます

戦乱を治め、世の中の平和を実現しようと太閤検地など多くの政策に携わったといわれ、制度を整えていった時代の立役者でした

その心は、旗印に掲げた「大一大万大吉」にも表れていました

秀吉が亡くなると、徳川家康が次の天下人になろうと動き出しますが、豊臣家を支え続けた三成は、忠義の心から家康の天下取りを阻止するために立ち上がり戦いを挑みます

長束正家:居城の水口城が落城したため長束村に在し、その地名を取って長束を称した

丹羽長秀の家臣であったが経済通を買われ秀吉側近となる

豊臣のために筋を通そうとする三成に心を打たれ西軍に味方した

最期は敗軍の将として処刑されましたが、三成の生き方には強い信念が感じられます

それは「相手を思いやる心」と「自分のやり方を貫くこと」

三成の叶えたかった夢は何だったのでしょう

三成の魂は今の時代にも受け継がれています