飛行機を 乗り継いで来た 宮崎組

宮崎から見えられた応援団

運営を取り仕切る湯地康夫さん

南志見の女子応援団

本部席

有名人からの祝い花

6時頃から見えられた方もありました

本番前に地元の子供太鼓、キリコ太鼓、和太鼓虎之介の演奏が行われました

名舟漁港広場

舞台には有名人からの祝い花

熱気と陽射しで暑い会場

日陰を求めて護岸壁に立見する人が多かった

式典に臨む来賓者

元興寺 国宝薬師 如来像 

吉田蚊帳株式会社

登録文化財「木奥家住宅主屋」

寛政4年(1792)建設の町家を改修した南側の座敷、中央の文政3年(1820)建設の主棟、北側の増築部からなります

特に主棟は、表屋造(※)として奈良町最古とみられるだけでなく、全国的に見ても古例です。正面は長大なつし2階建てで、下屋(げや)を通して一体感のある表構えとし、出格子を4箇所に構え、庇上は黒漆喰壁に虫籠窓(むしこまど)を設けています

華厳宗元興寺 山門

元興寺五重大塔の高さは約49メートルと推定されています。
この大塔は、奈良時代よりこの地にて僧侶たちや、地域の人々に守られ、維持されてきました。度々の修理のために勧進により多くの喜捨が募られました。
しかしながら1859年、修理の最中、近隣火事の延焼で全焼してしまいました

このときの修理の為につくられた実測によると言われる立面図が現存しています。国宝薬師如来立像は炎上の際、この大塔に安置されておりました。近隣の璉珹寺の僧侶に担ぎ出されたと言われ、その際、「お助かりになりたいのなら、早くわたしの肩におつかまりください」と僧が心の中で祈ったところ、簡単に担ぐことができたという逸話が残っています
 

十七の礎石はほぼ完全な形で残り、国指定の史跡として登録され、日本では希少な例となっています

(株)砂糖傳増尾商店 本店

安政元年、増尾傳次郎は現在の元興寺町に大和茶の店を開きました

大和名産の茶の味を、少しでも多くの人々に知っていただきたいと、木津から船に積んで大阪や堺等へ卸に行くうち、戻り船が空で帰るのは勿体無いと、当時貴重品であった沖縄の黒糖、阿波の白下や和三盆を積んで帰って商うようになりました

鹿の舟 囀 (さえずり)は休業していました

庭内にキレイな花が咲いていました

天理市立 黒塚古墳 展示館

ひし池石仏

猿田彦大神

ひし池

穴師山

水路

天理市立黒塚古墳展示館

天理市により、黒塚古墳の周濠だったと考えられる池の東畔の公園内に開設された施設

古墳時代初期の前方後円墳である黒塚古墳から1998年に国内最多の三角縁神獣鏡33面、画文帯1面、大量の鉄製刀剣類、U字形の鉄製品などが出土した

これらの調査成果を公開・活用するために建てられた

石室レプリカ

館内は、1階の吹き抜け下に黒塚古墳の石室が原寸大(長さ8.3m)模型で再現されており、2階の吹き抜け上から1階の石室全体を見渡すことができるようになっている

1階では鉄器など黒塚古墳出土品のレプリカを展示して古墳時代の大和と黒塚古墳についてパネルで紹介

2階では出土した三角縁神獣鏡33面、画文帯神獣鏡1面の精巧なレプリカを展示している

なお出土品の実物は保存処理を施された上、奈良県立橿原考古学研究所にて保管されている